(15)ロベルトの過去

「さて、もう一度聞くぞ? どうして何も言わずに、突然近衛騎士団を辞めた?」

「長年分からないままだった、俺の加護の内容が判明したからです。サーディン様は、俺の生家をご存知ですよね?」

 話が変わった気がしたものの、取り敢えずサーディンは頷いてみせた。


「ああ。王都内にある、大きな靴屋だ。工房内に職人を大勢抱えて、今もすこぶる評判が良い。家は弟が継いだようだな」

「そうですか。それは良かった……」

「あれ以来本当に、一切の連絡を絶っていたようだな。それで?」

 心なしか安堵の表情になったロベルトを見て、サーディンは僅かに眉根を寄せながら話の続きを促す。


「子供の頃、親父が大枚をはたいて神殿での加護認定を受けさせ、俺が加護持ちだと判明しました。両親は親戚一同の誉れだと歓喜し、どんな加護が授かっているか分かるよう、俺にできるだけの教育を受けさせてくれました。その事に関しては深く感謝しています。『商人の子どもに、武芸なんてさせる必要があるのか?』と周囲から白眼視されながらも、師匠のところに通わせてくれました。その人が推薦してくれて、近衛騎士団に入団できたんです」

「そうだったな。入団後、あの方から『商家の息子だが、筋は確かだ。よろしく頼む』と手紙を貰った」

 話題に出た人物とは旧知の間柄だったらしく、サーディンが重々しく告げる。それを聞いたロベルトが、驚いたように問い返した。


「師匠をご存じでしたか?」

「引退前は、俺の上司だ。依怙贔屓などど言われかねないから、周囲には黙っていたがな。あの方は、お前が出奔した二年後に病で亡くなったぞ」

「そうでしたか……」

 ここロベルトは痛恨の表情になったが、すぐに気を取り直して話を続けた。


「俺が育った商家街では、俺同様に子供の頃に加護認定を受けた者がいました。俺の四つ下で、リリアナという女です。両親の交流もあり、俺達が共に加護持ちで釣り合いが取れると言って、自然と許嫁いいなずけになりました」

 そこまで聞いたサーディンが、怪訝な顔になる。


「近衛騎士団にいる間、お前からそんな話を聞いた記憶はないが」

「騎士団に入ってサーディン様の下に配属される頃には、もう関係が怪しくなっていましたので」

「どういう事だ?」

「彼女の家は仕立て屋でしたが、彼女は《なんでも美しく輝かせる》加護持ちでした。彼女が仕立てた木綿のドレスが最高級の絹のように光沢を放ち、彼女が縫い付けたガラス製のビーズが、最高級の宝石に負けない位に光り輝くと言えば、想像できるかと」

 サーディンはそこで、率直な感想を述べる。


「それは凄いな……。これ以上、仕立て屋に相応しい加護はないのではないか?」

「はい。彼女が少しでも手を加えただけで、衣装全体がそうなりました。低価格で高級店の衣装と遜色がない物が購入できるとあって彼女の生家は大繁盛し、職人を大勢雇い入れて店の規模を数倍にしました。一方の俺は、全くどんな加護を授かったのか、分からないままでした」

 そこで、これまで同様の身の上で身につまされたカイルが、思わず口を挟んでしまう。


「ロベルトと言ったな。まさか、それが問題になったのか?」

「はい。リリアナが稼ぎ頭になって暫くしてから、相手の家が『未だにどんな加護を持っているか分からないとは』とか、『うちの娘欲しさに、神官に賄賂を贈って嘘の加護認定をさせたのでは』とか、周囲に言い出し始めました。加護認定を受けたのは俺の方が先で、リリアナがそんな加護持ちになるなんて、両親は知る筈もないのですが」

「…………」

 それを聞いたカイルは無言で顔を顰め、サーディンは不機嫌そうに問いを重ねた。


「随分と傲慢な物言いだな。当の本人はどうだったのだ?」

「小さい頃は何をするのも一緒で世話を焼いていましたが、その頃になると冷ややかな目で俺の事を見てきました。リリアナが二十歳になろうとする頃、両親が『そろそろ子供達を一緒にさせようか』と話をしても、『今、大事な仕事を抱えているから』などと、のらりくらりと先延ばしされていました。単なる一騎士で、どんな加護なのか不明な男に嫁がせるのは勿体ないと、向こうの家では考えていたんでしょう。でもそもそも許嫁の話を持ちかけたのは向こうでしたから、周囲の目もあって突っぱねられなかったんでしょうね」

「それで、どうなったのだ?」

 ここまでの話で、どう考えてももくでもない展開としか思えないため、周囲の者達は皆一様に口を閉ざし、話の続きに耳を傾ける。


「俺が二十四、リリアナが二十の時です。彼女が男爵家の跡取り息子に見初められたと言って、相手の家が許嫁の解消を一方的に申し入れてきました。加護持ちを妻にすれば貴族として泊が付く上、今後見栄えのする衣装を安く仕上げられます。末端貴族の財政的に厳しい男爵では、平民を嫁に迎えても十分メリットがあったんでしょう」

「貴族の縁談があるから、平民のお前に嫁ぐなどもってのほかだと言うわけか」

「そうです。挙句の果て、付き合いのある周囲の商家達に加えて、両親と俺にまで挙式の招待状を寄こしました」

 憮然としながら話を聞いていたサーディンだったが、それを聞いて激高した。


「なんだそれは!? 無神経にも程があるぞ!」

「ええ。両親は激怒しまして、届いた途端、その招待状を破り捨てました。俺は列席しましたが」

「はぁあ? その挙式に、のこのこ出向いたのか!? お前、そんなにその女に未練があったのか!?」

 呆れ果てたといった表情で、サーディンは未だに気に縛り付けられたままのロベルトの胸倉に掴みかかった。しかしロベルトは、幾分困ったような表情になりながら告げる。


「いえ、そうではなく……。確かに許嫁で、いつかは結婚するとなんとなく思ってはいましたが、リリアナを女性として愛していたかと言われたら、自信はありません……。許嫁を解消された時も、ああ、そうか位にしか思えなかったので。ただ、昔から一緒にいた妹みたいな存在でしたから、純粋に結婚を祝ってやろうと思っていたんです」

「どこまで人が良いんだお前は!!」

 サーディンの叫びにその場に居合わせた全員が同調し、揃って無言で頷く。しかしその直後、ロベルトは表情を険しくして核心に触れてきた。


「ですがその挙式で、とんでもない事態になったんです」

「……何があった?」

 一気に緊迫感が増す中、ロベルトの驚くべき告白が続いた。




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