(7)ちょっとした喜劇

 夕食のスープに毒を仕込んだ騎士達は、その夜、何の疑問を覚えずに就寝した。

 その翌朝、寝起きが良い一人が天幕から抜け出し、大きく両腕を上げて背筋を伸ばしながら独り言を呟く。


「ふぁあぁ~、良く寝た~。気持ちの良い朝だが、朝から一仕事しないといけないのがな~。始末が面倒だな~」

「何が面倒なんだ?」

 ふいに背後からかけられた不思議そうな声に、彼は何気なく振り返って仰天する。


「何がって、そりゃあ連中の死た、うわぁあぁぁぁぁっ!!」

「え? おい、どうした?」

 振り向くなりもの凄い叫び声を上げられて、声をかけたアスランは面食らった顔になった。更に、突如上がった悲鳴に、天幕の中から一人二人と騎士達が寝ぼけ顔で出てくる。


「なんだよ、五月蠅いぞ。どうし……」

「もう少し寝れると思ったのに……」

「ああ、すまない。背後から声をかけたから、彼が驚いて声を上げてしまったみたいだ。眠りを妨げて悪かったな。だが、そろそろ起きても良い時間だと思うが」

 天幕から出て来た彼らは、例外なくアスランの姿を見て固まった。そんな彼らに、アスランは怪訝な顔になりながら起床を促す。そんな中、一人がまだ幾分動揺しながらも問いを発した。


「ああああのっ、アスラン殿下!」

「俺はもう、殿下ではないが?」

「ええと、その……、アスランさん? お元気ですか?」

 その間抜けすぎる問いかけに、アスランは呆気に取られながらも真顔で返す。


「勿論、元気だが。それがどうかしたのか?」

「あ、いえ……」

「別に、大した事ではありません」

「お騒がせして、失礼しました」

「いや、構わない。そろそろ朝食の準備が始まるから、しっかり目を覚ましておけよ?」

 アスランは何事も無かったかのように、その場を離れていった。その頃には、他の騎士やカイルの側近達も続々と天幕から出て動き出し、朝食の支度や天幕の撤去作業に取りかかる。しかし、予想外の事態に狼狽した彼らは、それどころではなかった。 全員が天幕の中に集まり、声を潜めて言い合う。


「おいっ!! なんで連中がピンピンしてるんだよ!?」

「寝ている間に、俺たち以外は全員死んでいるんじゃなかったのか!?」

「俺が知るかよ! 確かにあの量なら、全員死死ぬと聞いていたのに! お前達だって、ちゃんとスープに混ぜたのを見たよな!?」

「確かに見たが、お前、本当に毒を混ぜたのか?」

 彼らは事情を知らない他の騎士達に、「さっさと起きて天幕を撤収しろ」と苦言を呈されるまで、不毛な論争を続けたのだった。




「おはようございます。アスランさん、昨夜はお疲れさまでした」

「ああ、おはようリーン。何やら連中が騒いでいるようだが」

「そのようですね。いきなりあなたに声をかけられて、相当動揺したとみえます」

 信頼が置ける複数の騎士と、一晩中交代で不測の事態に備えていたアスランは、明るくなると同時に怪しい一団の様子を見に行った。リーンはどうやらそれを見ていたらしく、少し離れた場所にある連中が引っ込んだ天幕を眺めながら、不敵に笑う。それを見たアスランは、小声で確認を入れた。

 

「君達が加護持ちなのはあの時に教えられたが、どんな加護持なのかまでは聞いていないからな。君の加護は、連中の話している内容が遠くからでも分かるのか?」

「さあ? どうでしょう?」

 すっとぼけたリーンに、アスランは少々困り顔で応じる。


「そこら辺はどうでも良いが、危険性だけは情報共有してくれ。取り敢えず、昨晩は問題なかった。連中はすっかり油断していたようだな。連中が企んでいたのは、俺達の毒殺か?」

「するつもりがあっても、上手くいくとは限りませんからね」

「無毒化系の加護持ちか? 食事に行った時の様子から見ると、それはメリアか?」

 アスランは真顔で探りを入れたが、リーンがおかしそうに茶化してくる。


「本人に教えて貰っては? というか、あの宣言をして以降、あなたとメリアの距離が一向に縮まっていないように感じるのは、私の気のせいでしょうか? 避けられていないと良いですね?」

 完全に面白がっているとしか思えない笑顔に、アスランは彼らしくなく、肩を落として溜め息を吐いた。


「それについては、あまり触れてくれるな。この間、色々ありすぎて、本当に忙しかったんだ」

「それはそうですよねぇ……、今後の活躍に、乞うご期待といったところでしょうか」

「茶化すな。他人事ひとごとだと思って」

「他人事ですし、他人の色恋沙汰は立派な娯楽です。それでは失礼します」

 思わずアスランは渋面になり、文句を口にした。しかしそれで恐れ入るようなリーンではなく、苦笑しながらその場を離れる。


「俺とさほど年が変わらないのに、カイルの側近だけあって食えない奴だな」

 アスランは愚痴っぽく呟いてから、自身の荷物をまとめる為に天幕に戻って行った。

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