(5)捉えどころのない宰相

 宰相執務室に隣接した応接室で、大叔父であり自国の宰相であるルーファスと久しぶりに顔を合わせたカイルは、傍目には分からないながらもかなり緊張していた。


「殿下。こちらの都合に合わせて足を運んでいただき、恐縮です」

「いえ、多忙な宰相殿のお時間に合わせるのは当然の事です。お気になさらず」

「それでは時間が勿体無いので、早速本題に入りましょう。殿下は来月18歳となり、成年祝賀行事を行わなくてはいけませんが、それは再来月開催予定の建国200年記念祝賀式典で兼ねることになりました」

 挨拶もそこそこに、それなりに重要事項である筈の内容をさらりと告げられて、カイルは半ば唖然としながら言葉を返した。


「……そうですか。成年祝賀行事を他の行事と同時開催とは、なかなか新しい発想ですね。宰相の発案ですか?」

「こんなカビの生えた年寄りに、そんな新しい発想など思い浮かびますまい。ランドルフ殿下の発案と聞いております。加えて、周辺各国から招いた大使達に観覧してもらう武術大会も開催してはどうかと提案されたようですな」

 そこまで聞いたカイルは、思わず声にかなりの皮肉が混ざるのを止められなかった。


「へえ……。ランドルフ兄上が、ですか」

「はい。剣を振り回していれば満足な、相変わらず短絡志向なお方らしい発想かと」

(うん、いつも通り辛辣だな。しかし相変わらず眼光が鋭いし、変に相槌を打っても不興を買いそうなのが怖いし、本当に読めないのが困る)

 一応自制したのに、相手が淡々とそれをはるかに超える辛辣な物言いをしている状況に、カイルは思わず遠い目をしてしまった。しかし、なんとか気合を入れて話を続ける。


「今日の話はそれだけでしょうか?」

「その武術大会に、カイル殿下もご参加ください。アスラン殿下とランドルフ殿下も参加されます」

 その要請に、カイルは納得しつつも疑問を覚えた。


「ああ……、なるほど。それは分かったが、ランドルフ兄上はともかく、アスラン兄上は参加できないのでは? リトビアス国との国境地帯の紛争に駆り出されて、まだそちらに張り付いておられる筈だ」

「先週、我が軍の方が勝利を収め、敵方の主だった指揮官を捕虜にして、来週にも帰還を始めます。それで建国記念祝賀会に合わせて、リトビアス国との調印の場を設けます」

「……そうか」

(アスラン兄上もご苦労なことだな。本当の戦闘が収束早々、ガキのお遊びに付き合わされなければいけないとは。王都でぬくぬくと無役で過ごしている俺は、言える立場ではないが)

 前々から敬愛している異母兄の苦労を思って、カイルは溜め息を吐きたくなるのを堪えた。するとルーファスが唐突に話題を変えてくる。


「ところで……、殿下付きに推挙した面々は、きちんとその務めを果たしておりますか?」

「勿論だ。寧ろ優秀過ぎる彼らが私などについてくれて、申し訳なく思っている」

「殿下。以前、私が進言した内容を覚えていらっしゃいますか?」

(うわ、しまった。つい、この人をこれまで何回も怒らせてきた言い回しを)

 自分の失言に即座に気がつき、カイルは慌てて撤回と謝罪をしようとしたが、ルーファスは相変わらず容赦がなかった。


「申し訳」

「謝罪は結構。王族たるもの、常に臣民の誇りとなり、崇拝の対象であらねばなりません。故に、『私など』と自らを卑下する物言いは改めた方がよろしいでしょう。これが単なる謙遜であれば放置するところではありますが、殿下の場合はそうではありませんからな」

「以後、留意します」

「そのようになさいませ」

(言っていることは正論だし、理解もしているんだがな。だが俺みたいに加護があると言われても、それが何か分からないまま成長するだなんてレアケースもいいところだし。多少の愚痴を零しても、大叔父上相手なら後々問題にもならないと思って、少し油断したな)

 ピシャリと自分の発言を遮り、厳めしい顔つきで断言してきた大叔父に、カイルは逆らう気は毛頭なかった。しかし相手の顔色を窺いながら、考えを巡らせる。


(ちょうど聞きたかったこともあるし、話題を変えるか。この人を、余計に怒らせるだけかもしれないが)

 そこで腹を括ったカイルは、以前からの疑問を相手にぶつけてみることにした。


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