11 嘘と真実
ネイが目を覚ました時には、すでに部屋にタニシャの気配はなく、隣でヨルが大いびきをかいているだけだった。どうすれば寝ている間に上下が逆転するのか。顔に押しつけられた足をどけると、ネイは寝床から抜け出した。
廊下に出ると、窓から日の出直後の朝日が射し込んでいた。追っ手を避けるために暗いうちに移動していたので、こんな時間に起きるのは出発して以来だ。
「起きたのか」
「こっちの台詞だよ。人の顔に何度も蹴りを入れておいて」
ヨルがこの世の終わりのように絡み合った髪の毛を手櫛で梳きながら隣にやってくる。見る間にさらさらと流れるようになっていくのだから不思議なものだ。
「フン。寝言で母の名を何度も呼んでおったくせにの」
「寝言はどっちだ」
「なんじゃあ、照れずとも好きなだけ甘えていいんじゃぞ。どれ、膝を貸してやろうか。天上の眠りを約束してやろう」
「お構いなく。悪夢を見たくないからね」
ヨルはまだ言い返してくるが、無視する。
「昨日の司祭の話、聞こえてたよね。どう思った?」
髪を梳く手を止めて、ヨルの顔が真剣なものに変わる。
「母は自分の
ネイは言葉に詰まった。ダミデウスは竜を殺す手管をネイに教え込んだが、人間を殺す方法は教えなかった。竜を殺すとはその乗り手を殺すことだから、それは大部分欺瞞でしかなかったが、おそらく承知の上で、師は弟子に対人戦闘を教えず、弟子もまた教えを請わなかった。
何より、相手は魔術を使う法院の司祭で、場所は法院の
確実に勝てる自信がなかった。
もちろん、タニシャのことを考えもした。結果は関係なく、二人が争いになったことそれ自体が彼女を不幸にしただろう。だがそこに打算が存在したのも事実だった。
「図星じゃな」
「だからって……実の父親がそこにいるんだ。タニシャには真実を知る権利がある」
ザイルの話に混ぜられていた嘘の一つは、タニシャの父がザイルであることだ。法院の掟ゆえ、タニシャは私生児として生まれるしかなかったのだろう。タニシャの母が死んだ理由まではわからないが、彼女の死後、ザイルは何も言わぬままタニシャを引き取ったのだ。
「真実を知る権利のう……。ぬしは本当に嘘が嫌いじゃな」
ヨルの口調には棘が含まれていて、ネイはたじろいだ。
「魂胆は見えておるぞ。自分が嘘を吐きたくないから――自分が言ったことを嘘にしたくないから、代わりに母に言わせようというわけじゃな。それがぬしの真実じゃろ」
そこまで言って鼻を鳴らす。
「〈大地母竜〉を侮るでないぞ」
ネイは黙り込んだ。ヨルの言ったことが事実だったからだ。
「……ごめん。言うとおりだ。私は狡いことをしようとした。アンタにも、タニシャにも」
沈黙の後でネイがそう口を開くと、ヨルはため息をついた。
「まったく。本当に嘘がつけんのじゃな」
そう言ってやわらいだ彼女の表情は、幼い頃、ネイが寝つくまでかたわらに座っていたダミデウスの顔つきによく似ていた。ネイはなんだか悔しくなって、
「アンタだって嘘はヘタクソだろ」
「うるさいわ。この話は仕舞いじゃ」
そう言ってヨルは歩いていく。いまだあちこちから寝癖が跳ねさせた女をネイは追いかけた。その小さな背中には朝の陽射しが白く、斜めに降りそそいでいた。
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