33話、娘と新たなる地帯へ

 秘薬を飲んだ事により、左目が治ったヴェルインの助言の元。十字架の首飾りにはめ込んだマナの結晶体に刻んだ呪文の調整、改良を重ね、少しずつ不具合を無くしていった。

 作業にして、約十五日間以上。ここまで長くなるとは思ってもみなかったが、より完璧に近いものになっただろう。


 最後に危惧していた、魔法壁の連続展開時間。これはヴェルインが言った通りだった。いくら待っても魔法壁が消えなかったので、サニーから脅威が去り次第、解除されるよう調整。

 それとついでに、気になった事も全て試しておいた。それは、木や障害物といった物にぶつかるかどうか。

 結果。ヴェルイン以外の物は全てすり抜け、いくら魔法壁が展開していようとも、何の気兼ねもなく移動する事が出来た。

 これは非常に大きな結果だ。逃走がかなり容易になる。私がサニーの傍に居る限り、脅威になる者を殲滅しかねない可能性もあるが。


 しかし、これでようやく準備が整った。後はサニーと一緒に新たなる地帯へ行き、様々な景色を見せ、自由に絵を描かせてやるだけだ。

 もちろん、別にやりたい事があればそちらを優先してやらせる。叶うわがままも聞いてやろう。全ては、私の娘であるサニーの為に。










「よし、漏れは無いな」


 水と氷がたっぷり入った大きめの容器。昼食用の野菜を挟んだパン。大量の画用紙と色棒。予備の秘薬。地面に敷く大きな一枚布。そしてサニーの為に購入した、つばが広く白い帽子。

 今日は、ヴェルインに宣言した通り『砂漠地帯』へ行く。とある魔物が爆発的に増殖したせいで、砂丘等に下りれなくなっているが、比較的安全な水場がある。

 そこまで飛んで行き、小休憩を挟んだ後。サニーの自由にさせてやろう。私は確認し終えた物を全て布袋に詰め、横に居たサニーの頭に、白い帽子をポスンと乗せた。


「ふあっ、なにこれ?」


「帽子だ。今日行く場所で必要になるから、ちゃんと頭にかぶってろ」


「行くばしょ?」


 まだ何も知らないせいか、サニーは帽子を両手に持ちながら首をかしげる。

 が、すぐに理解したようで、「あっ!」とワンパク気味に声を出し、目を輝かせながら私に詰め寄って来た。


「もしかして、おでかけするの?」


「ああ、そうだ」


「うわぁ~っ、やったー!」


 帽子を片手に持って、満面の笑顔で飛び跳ねるサニー。ここ最近、私のせいでまともに遊べていなかったのだ。ここまで喜ぶのも無理はない。

 だからこそ、サニーをもっと楽しませてやらねば。私はやや重い布袋を肩に下げ、ゆっくりと立ち上がる。

 そのまま無言でサニーに右手を差し伸べると、その手に気が付いたサニーは飛び跳ねるのを止め、左手で私の手をしっかりと握った。


 私もサニーの手を覆う様に握り返し、扉へ歩き出す。


「今日はどこにいくの?」


「砂漠地帯に行く」


「さばく……。絵本で見たことがあるけど、はじめて行くばしょだっ。お花さん、いっぱいある?」


 サニーの弾んでいる質問に、私の視界が若干狭まる。


「……無くもない」


 どっちとも付かない返答をする私。ごく僅かだがある。嘘はついていない。しかし花畑地帯を想像してしまうと、あまりの花の無さにサニーがしょげてしまう可能性がある。

 砂漠地帯の花は希少だ。ひいでた解毒作用があるので、新薬を開発する際にはかなり世話になっている。


 岩場に生えている花は見せない方がいいな。見た目が悪すぎる。全体が毒々しい紫色で、花びらには青色のまだら模様が走っている。そんな花、サニーは描きたがらないだろう。

 逆に見せるとしたら、やはり水場にある花だ。景観に映える鮮やかな赤一色。形も綺麗に整っているから、絵を描く意欲も湧いてくるはず。


 サニーに見せる花を選定しつつ、扉を静かに開け、花びらが雪の様に舞い踊っている外へ出る。

 扉を閉めると、近くで花の手入れをしていたクロフライムと目が合い、会釈してから笑みを送ってきた。


「おはようございます、お出掛けですか?」


「ああ、サニーと一緒に砂漠地帯へ行ってくる。もしヴェルインがここに来たら、そう伝えといてくれ」


「分かりました、砂漠地帯ですね。気を付けて行って来て下さい」


「クロフライムさん、行ってきまーすっ!」


 やっとクロフライムの名前を覚えたサニーが、元気よく大袈裟に手を振る。クロフライムも微笑みながら手を振り返してきたので、私も小さく手を振っておく。

 ヴェルインもそう。一歳半頃は『もじゃもじゃさん』と呼び。二歳からは『うぇあうるふさん』。三歳になってよくやく『ヴェルインさん』と呼ぶようになった。

 どれで呼ばれてもあいつは返事をしていたが、初めて名前を言われた時は、尻尾をはち切れんばかり振り回していたな。相当嬉しかったのだろう。


 私はクロフライムに振っていた手を止め、漆黒色の箒を召喚。いつもなら『ふわふわ』でサニーの体を浮かせて箒に乗せていたが、たまには普通に乗せてやるとするか。

 そう決めると、私は箒をサニーの腰辺りまで下げ、手を離す。


「サニー、箒に跨ってみろ」


「自分で乗ってもいいの?」


「いいぞ」


「わーいっ!」


 許可を出せばサニーは声を上げながら箒に跨り、柄の部分をしっかりと握り締め、私も後を追って箒に跨る。

 鼻をふんふんと鳴らし、興奮気味にサニーは待っているが、今回は帽子をかぶっているので、出発する前に顎紐を結わかねば。


「サニー、帽子の紐は顎に結んだか?」


「やってないよ」


「ちゃんと結んどけ。じゃないと風で飛ばされてしまうからな」


「わかった!」


 サニーの意識が顎紐に向いた隙を突き、私は箒の先端に布袋を下げつつ、落下防止としてサニーの体に風魔法の『ふわふわ』をかける。

 横に傾いていた体勢を整えたと同時に、顎付近で動いていたサニーの両手が、再び箒の柄を握り締めた。


「ちゃんと結べたか?」


「うん、できたよ」


「息苦しくないか?」


「だいじょうぶ!」


 念には念を入れ、サニーがかぶっている帽子の両つばに手を添え、そっと持ち上げてみる。僅かに浮き上がるも、すぐに顎に引っかかって動かなくなった。

 丁度いいゆとりがある。これなら不意の突風が来ても、帽子が飛んでいく事はないだろう。一応、帽子にも『ふわふわ』をかけておくか。


「よし、じゃあ行くぞ」


「オーッ! ふわふわっ、ふわふわっ」


 サニーの言っている事から察するに、これから徐々に高度を上げていくと思っているのだろう。残念だったな、少し驚かせてやる。

 そう悪巧みを考えた私は、サニーの体を覆うような形で箒を握り締め、体を密着させる。そして高度を上げず、いきなり飛び出した。


「わっ!?」


 速度は一気に限界。花の手入れを再開しようとしていたクロフライムの頭上をギリギリで通り過ぎ、急上昇していく。

 三秒後に後ろを向いてみれば、私達の家は既に見えなくなっていた。


「び、びっくりしたっ、びっくりしたっ!」


「作戦成功だな」


 あえて企みを晒してみれば、サニーは頬を膨らませ、口を尖らせている顔を私に見せつけてきた。


「もーっ、びっくりしたじゃんかっ! ふわふわしてよっ」


「すまん。帰りにやってやるから許してくれ」


「ぜったいだよ? “やくそく”だからねっ!」


「むっ」


 約束という言葉の意味はまだ教えていないのに……。私が居ない間にヴェルインが教えたのだろうか? 不意を突かれて私も驚いてしまった。

 しかし覚える必要が無い事や、教育上よろしくない余計なものまで教えてなければいいのだが。後でヴェルインに注意しておこう。


「……ああ、約束だ」


 約束。これは厄介な知識だ。もし約束を破ってしまったら、サニーは落胆し、私を嫌いになる可能性だってある。

 これから先、サニーには沢山の嘘をついていく事になるだろう。さて、どう上手く誤魔化していこうか……。

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