17話、仕方ないので

「サニー、そろそろ着くぞ」


「えっ? ……うわぁ~っ!」


 私が合図を出した数秒後。小波や大波を打っていた多色の山々が途切れ、景色が一気に様変わりした。

 目の前に現れたのは、どこを見渡しても一色単に広がる純白の花畑。

 あまりにも広すぎるが故に、地平線の彼方で屈託の無い花の白と、混じり気の無い空の群青が重なっている。

 穏やかな風が吹けば、花びらが舞い踊る様に一斉に飛び立ち、風の通り道を可視化させていく。

 その風が私達の元まで来れば、一緒に運んできた花の柔らかな匂いを教えてくれた。


「すごいすごいっ! ずっとしろ! ずーっとしろっ!」


「……おかしい。ゴーレムの姿がまったく見えないな」


 この花畑地帯唯一の住人にして、最初で最後の管理者である『ゴーレム』。通称『使用人式万能型石人形』。ここに住んでいるゴーレム達は全員、不完全物とみなされて放棄された人工物だ。

 放棄された理由には、ある共通点がある。それは人工物の使用人には不必要な、心と意思を持ち合わせている事。


 普通のゴーレムであれば、主人の命令に善し悪しの判断を付けず、何の疑問を持たぬまま聞き入れ、的確に実行する。

 しかしここに放棄されたゴーレム達は、人間と同じ様に思考能力があり、言葉の意味を理解し、命令の善し悪しを自己判断。そして明確に従わない意思を見せつけ、命令に背く事が出来るのだ。

 それ故に、使用人としては不完全。最悪、仲間と結託して暴れる可能性もある。だが、廃棄は困難を極める。なので誰も文句を言わない、この迫害の地に放棄された。


 勝手に創られ、心と意思を持ったせいで不完全物だと扱われ、壊されぬまま廃棄された者達。それが、ここに居るゴーレム達の経緯だ。

 十年以上前に来た時は、少なくとも五十体以上のゴーレムが居た。が、今はどこを見渡してみても、その姿は欠片も見当たらない。

 引っ越したのか? あるいは新参者に殲滅させられたのか? はたまた、たまたま周りに居ないだけで、別の場所で偏っているのか?


「……まあ、どうでもいいか」


「なにが?」


「何でもない、適当な場所に行くぞ」


 原因を頭の中に並べてみるも、ここに訪れた目的とは一切関係無い事なので、考えるのやめて一蹴する。

 今日の目的は、目新しい物の捜索。サニーに花畑の絵を描かせる事だ。ゴーレムはまったくもって関係無い。居ようが居まいがどうでもいい。

 三百六十度花に囲まれた場所を目指し、奥へと進んで行く。山岳地帯すら見えなくなってきた頃。白に染まった花畑の一角で、茶色の点が見えてきた。


「あれは……、ゴーレムか」


 目を細めながら近づいて行けば、その茶色の点は複数のゴーレムだと分かった。様子がおかしいので、更に近づいてみる。

 ゴーレムの数は四体と確認。地面に開いている穴を遠めに囲い、全員が手をあたふたとさせていた。穴の中を覗いてみたいので、真上まで移動する。

 中を見てみると、そこには空を見上げて棒立ちしているゴーレムが一体。ピクリとも動いていなく、そことなく死を覚悟した雰囲気を醸し出していた。


 水が膝まで貯まっている所を見ると、地下を流れている水脈が周りを削り、地面を陥没させたのだろう。そこにゴーレムが落ち、為す術がなく死を待っている状態か。

 底がかなり深いので、周りに居るゴーレム達も近寄れず、仲間を助けられない。八方塞がりだ。仲間の死ぬ瞬間を拝む事になるだろう。


「したにもおっきいのがいるね」

 

 サニーも穴の中を覗き、状況を把握していないながらも、感じた事をそのまま言う。


「そうだな」


「なにやってるのかな?」


「助けを待ってるんだろう」


 あっけらかんに言うと、サニーは私に顔を移し、きょとんとさせている目を数回瞬きさせた後。穴に顔を戻す。


「じゃあ、まわりにいるおっきいのがたすけるんだね」


「無理だな。あいつらも穴に近づけば、穴に居る奴と同じ運命を辿る事になるだろう」


 あえてサニーが理解出来ぬよう、遠回しに状況の説明を入れる私。このまま会話を続けていると、面倒臭い展開になりそうな気がしてきた。

 やはり理解したがっているのか、サニーは再び私の方へ顔を向け、意味を教えろと言わんばかりに首をかしげる。


「あなにいったらまわりのおっきいのは、どうなっちゃうの?」


 この質問に答えてしまったら、サニーの顔色が変わるだろう。そして、私に頼ってくるに違いない。

 無視してこの場から飛び去るのもありだが、後味の悪い結末が待っている気がする。それはそれで面倒臭い。最早、数分先の未来は決まった様なものだ。

 私が単独でここに来ていれば、間違いなくこいつらを放置する。だが、今はサニーが居るし、サニーがそれをさせてくれない。


 先読みした決して抗えない未来のせいで、私は肩を落とした。


「誰にも助けられる事無く、共に死ぬだろうな」


「しぬって、なに?」


 だんだんと確定した未来が近づいて来る。二歳児の少女に、死の概念について教えるのもどうかと思うが。サニーは知りたがりだ。なるべく砕いて教えよう。


「もう二度と会えなくなってしまうという意味だ」


「にどと?」


「ああ、二度とだ。死んだ者とは二度と会えなくなる。どんなに会いたいと願おうとも、決してな」


「えっ……」


 分かる様に意味を教えてやれば、サニーの顔に悲壮感が帯びていく。サニーがもう一度穴に顔を戻せば、未来はもうすぐそこだ。

 数秒の間を置いて、サニーがもの寂し気な表情を私に見せつけ、未来が目前まで迫ってきた。


「まま……」


「私が助けろと?」


 予想通りの未来が私の体をすり抜け、一秒ずつ過去になっていく。私が無粋に問い掛けると、サニーは大袈裟に二度うなずいた。


「なぜ、私が助けないといけないんだ?」


 二歳児には、あまりにも酷な質問を繰り返す私。ゴーレムを助けるのは別に構わない。ただ、サニーがどうしてゴーレムを助けたいのか、理由が知りたかった。


「だって! まわりのおっきいのがむりだし、サニーもむりだから……。ままならって……」


 サニーが返してきた言葉の中に、先に自分でゴーレムを助けようとしていた意思が見える。なら、その助け方はどうなのか? 気になった私は更に問い質す。


「どうやって助けるつもりだったんだ?」


「わかんなかった……。さにーも『ふわふわ』ができたらなぁ……」


 一応自分なりに考えてみて、今の自分にとって、一番合理的な答えを導き出している。私もゴーレムを宙に浮かすか、魔法で地面をせり上げるかの二択を考えていた。

 既にゴーレムを助けるつもりでいる私は、もう二つだけ気になった事が出来たので、最後に二つの質問を投げかける。


「なんで助けたいと思ったんだ?」


 私が助けないと思っているのか、サニーはしょぼくれている顔を下げていく。


「しぬの、やだから……」


「あいつらは、たまたま出会った奴らなんだぞ。それでも死なれるのは嫌か?」


 最後の質問に対し、サニーは力無くうなずいた。死の概念を簡単に覚えれば、それに直面している赤の他人さえも救いたくなると。

 これで私がゴーレムを助けてしまうと、今後サニーの目の前で、魔物や獣を無闇やたらと殺せなくなってしまうだろう。

 しかし、頻繁にサニーと行動を共にする訳でもない。仕方ない、今回だけはゴーレムを助けてやるとするか。


「分かった」


「えっ?」


 短い返事で了承すると、サニーは呆気に取られている顔を私に見せた。表情から察するに、私がこれから何をするか分かっていないだろうから、行動で教えてやる事にする。

 私はサニーから顔を逸らし、穴にやった。そして指をパチンと鳴らし、詠唱を省いた土魔法を発動。

 すると、穴の周りにいるゴーレム達の体が僅かに震え出し、それと呼応する様に穴から轟音が鳴り出す。

 同時に穴の底がせり上がり始め、数秒もすると、振動に耐えかねて尻もちをついていたゴーレムが、地上に姿を現した。


 周りに居る四体のゴーレム達は、何が起こったのか理解していない様だが、穴に落ちていたゴーレムは、しっかりと私の姿を見据えている。


「もう二度と穴に落ちるなよ」


 そう警告すると、やっと私達が居るのが分かったのか、四体のゴーレム達も空中に居る私達に顔を向けてきた。

 全てを理解したようで、ゴーレム達は何か言いたげに手を振るも、ここに用が無くなった私は、それを無視して反対方向に飛び去っていく。

 あっという間にゴーレム達の姿が見えなくなれば、背後を見送っていたサニーが、微笑んでいる顔を私に移した。


「ままっ、ありがとっ!」


「なんでサニーがお礼を言うんだ?」


「おっきいのをたすけてくれたからっ!」


「……そうか」


 喜びを顔と声で表現しているサニーが、ゴーレム達が居た方向に顔を戻す。


「あのおっきいの、またあえるかな?」


「あいつらはゴーレムという名前だ」


「ごーれむさんっていうんだっ。またあえるのかな?」


「さあな」


 会うつもりは二度と無い。が、サニーが会いたいと言うならば、次の機会にでも会わせてやるとしよう。

 そう思いつつ私は、ゴーレム達が居ない場所を目指し、飛んでいる速度を速めていった。

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