15話、論される魔女

「ああ~、生き返ったぜ~!」


 味付けして焼いた肉を振る舞うと、ヴェルインは至福の表情を浮かべながら舌を垂らし、満足感を得た腹を擦った。

 それなりに大きな肉だったのに、まさか一口で平らげてしまうとは。


「お前にとっては少ない量だが、それで足りたのか?」


「量より質だ、最高に美味かったぜ。ほれ、お礼だ。受け取れ」


 ヴェルインが口周りを舐め取ると、丸い何かを指で弾き飛ばす。空中で弧を描いて飛んできた何かを片手で受け取り、握った手を開いてみた。

 私の手の中にあったのは、やや古ぼけた金貨が一枚。その金貨を空いている手に持ち変え、目の前に持ってくると、窓から差し込んでくる僅かな光を浴びて、鈍い反射光を周りに伝わらせていった。


「いいのか? あの肉は、銅貨二枚程度で買える物だが」


「俺が持ってても宝の持ち腐れだ。迫害の地に居る限り、使う機会なんてねえからな。それでサニーちゃんに、もっと美味いもんを食わせてやんな」


 確かに、ヴェルインの言う通りだ。迫害の地に、店と言える建物は一切無い。いくら持っていようとも、金貨、銀貨、銅貨はただのゴミに成り下がる。

 これは素直に貰っておこう。金貨一枚あれば、質のいい食べ物が相当買える。どうせだ、サニーに新しい服でも買ってやるか。


「ありがとう、そうする」


 私の物になった金貨を、銅貨、銀貨が入っている小袋の中にしまい込んだ。


「俺のアジトには、それがまだわんさかあるぜ。飯をくれる度に持ってきてやんよ」


「そうか。なら、もっと美味い物をお前に食わせてやらんとな」


 対価に見合わぬ物を貰ったのだ、せめてそれくらいはしてやらねば。話す事も無くなったので、私はサニーに目を配りつつ、後片付けに取り掛かる。

 ヴェルインも新たな使命を全うする為に、絵を描いているサニーの元へ近づいて行く。

 邪魔にならないよう隣に座ると、気配に気が付いたサニーが描くのを止め、ヴェルインにワンパクな顔を向けた。


「うぇあうるふさん、のせてのせて!」


「お、また背中に乗るかい? ほーれ、気を付けて乗りな」


 わがままを聞いたヴェルインが、うつ伏せの状態になる。無邪気に笑っているサニーは、立ち膝でヴェルインの背中に乗ると、真ん中部分まで行き、ちょこんと座った。


「うぇあうるふさん、いいよ!」


「いいかい? じゃあ立ち上がるぞ」


 行動を起こす前に問い掛けを入れたヴェルインが、ゆっくりと四つん這いで立ち上がる。そのまま歩き出すのかと思えば、不意にヴェルインの右目が赤く色付いた。


「グルァァァアアアアアッッ!!」


「キャーーーッ! わーいっ!」


 なぜ歩き回らず、窓を揺るがす勢いの咆哮を放つんだ? サニー、お前もだ。笑顔なのになぜ、悲鳴に近い声を上げる? それで私は色々と勘違いしたのだからな?

 咆哮と悲鳴の物騒な音楽を聴きながら、後片付けを終える私。早く採取しに行きたいので、濡れた手を雑に拭き取り、久々の出番が来た木のカゴを左手に持った。


「出掛けてくる。サニーのお守りを頼んだぞ」


「ウォォォオオオオ――……、あ? どこ行くんだ?」


 仲間を呼びかねない遠吠えを止め、黒色に戻ったヴェルインの瞳が、私を捉える。


「適当にそこら辺をだが」

 

 曖昧に目的を伝えたせいか、ヴェルインの右目に疑心が宿りつつ細まっていく。


「適当~? おいレディ、行く場所ぐらい正確に言ってくれよ。もし何かあった場合、お前を探し出せないだろうが」


「む……」


 至極真っ当なヴェルインの愚痴に、私は口を閉ざした。言われてみればそうだ。ヴェルインがサニーの面倒を見ようとも、必ずしも安全という訳じゃない。

 この迫害の地には、毎日の様に新参者共が追いやられて来る。力の優劣、暗黙の了解などを一切知らない新参者共が。

 万が一にヴェルインより強い者、それか相性が悪い者が沼地帯に出現し、大いに暴れたとしよう。

 下手すれば、ヴェルイン、サニー諸共殺される可能性だって無くもない。


 私は、また焦り始めていたのかもしれない。限りある自由時間が増え、採取と新薬、新たなる魔法の開発にしか意識が向いていなかった。

 しかし八十年以上前に二度殺された彼を、早く生き返らせたいのも事実。その為には、枯渇気味である材料を採取しに行かなければならない。


 行く場所。まずは安定剤を相当数確保したいので、その役割を果たす薬草が群生している、針葉樹林しんようじゅりん地帯。

 全ての土台となる蜜がある、樹海地帯。解毒作用がある花も欲しいので、湿地帯と砂漠地帯。かなり広範囲だが、一応ヴェルインに伝えておかねば。


「針葉樹林、樹海、湿地、砂漠に行く」


「広っ!! おいおい、勘弁してくれよ。樹海とか行った事ねえし……。一体何しに行くんだあ?」


「採取だ」


 私が目的を明かすと、ヴェルインは呆れた様子で座り込み、背中に居たサニーがゆっくりとずれ落ちていく。


「採取ねえ、ご苦労なこった。どうせならサニーちゃんも一緒に行ける様な、安全な場所ですりゃあいいのによ」


 床に着地したサニーが、ヴェルインの前に回り込み、厚い胸毛に向かって飛び込んでいった。


「例えば?」


「例えば? あ~……」


 何も考えずに私が質問すると、ヴェルインは顔を下に向け、胸毛付近で遊んでいるサニーを抱っこする。

 顔をうずめて頬ずりしているサニーの頭を撫でると、何かを思い付いたのか「おっ」と短い言葉を発し、私に顔を戻した。


「“花畑”とかどうよ? あそこならゴーレムしかいねえし、なんならこの沼よりも安全だろ?」


 花畑地帯。元は草原地帯だった場所だが、ゴーレム達が住み始めてからというものの、花の数が莫大に増殖し、一年もすれば姿を変えてしまった地帯だ。

 そこに住んでいるゴーレム達は非常に温厚であるが、花を傷付ける者には容赦なく攻撃をする。おまけに見晴らしが良過ぎて、隠れられる場所も無いときた。

 故に、魔物はゴーレムに恐れをなして近づかず、隠れる場所が無いので獣も寄り付かない。他の地帯と比べれば、死とはかけ離れた平和な場所である。


 だからこそ、行っても無意味なのだ。採取出来る物があるとすれば、花とゴーレムのみ。しかも、それは既に過去に通った道。両方共、何の効果も無かった。


「採取する物が何もない。行っても無駄だ」


「なんでそう言い切れるんだ?」


「行った事があるからだ」


「ああ、そうなのか。……最後に行ったのは、いつよ?」


 私が淡々と答えれば、ヴェルインは何食わぬ顔で新たな質問を投げかけてくる。不思議と鬱陶しさを感じないので、私も答え続ける事にした。


「十年以上前だな」


「十年以上前~? 間隔が空き過ぎじゃねえか。そんだけ行ってないなら、新しい何かが見つかるかもしんねえぜ?」


 肩をすくめたヴェルインが、不確かな情報で私を論していく。しかし、ヴェルインが言っている事も分かる。

 花とゴーレムしか無い地帯も、十年以上の時が経てば、何かしらの変化があるはず。行ってみる価値は無くもない。

 だんだんと私の考えが揺らいでくると、サニーを肩車したヴェルインが「それとよ」と付けて話を続ける。


「持ち運び出来る食いもんを持ってってよ、サニーちゃんと一緒に食うのはどうだ? 花畑は景色も最高に良い場所だ。その景色を見ながら食う飯は、きっとうめえぞ」


「……なるほど」


 今の私では、決して思い付かない事だ。サニーはまだ、沼地帯以外の景色を一度も目にした事が無い。もしかしたら、サニーにとって良い刺激になるだろう。

 それと、その景色を描かせてやるのも悪くない。花畑地帯は平穏な場所だ。何者にも邪魔されず、自由気ままに絵が描ける。


 当初の目的とは大分ズレてしまったが、やる価値のある提案だ。私は採取が出来るし、もしかしたら新たな発見があるかもしれない。

 サニーもそう。新しい刺激を与えられるし、色んな事が学べる。更には、様々な真新しい景色を見させてやれ、絵を描かせる事だって出来る。

 そして、サニーが一体どんな反応を示すのか。どんな絵を描くのか。見てみたいという気持ちも少々湧いてきた。


「お前の言う通りだな。明日にでも行ってみる」


「おう、そうしろそうしろ」


 明日の予定が決まったので、その為の準備をせねば。とりあえず、今日は採取しに行くのは止めておこう。

 そう考えた私は、持っていた木のカゴを床に下ろし、ヴェルインに顔を戻す。


「それで、お前は明日どうするんだ?」


「俺か? 俺はサニーちゃんから貰った絵を、アジトのどこに飾るか一日中考える予定だ」


「暇人め」


「ああ、その通りだよ。どうせ、毎日暇人ですよーだ」


 拗ねた口調で言ったヴェルインが、プイッとそっぽを向く。そのまま肩車していたサニーを手前に持ってきて、頭を撫で始めた。

 私も暇になってしまったので、明日の準備をしつつ、魔法の研究を一から見直してみるとしよう。もしかしたら、見落としていた何かがあるかもしれない。

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