第25話 九尾の封印と、豊後守弾劾

黒蛇こくじゃの段蔵!」

白蛇はくじゃの宗哲!」


 陰陽師おんみょうじ修験者しゅげんじゃの二人は左右の端だ。両手を回して息を吐きながら前に突き出すフルコンタクト空手の重厚な回し受けの動きだ。


黄蛇おうじゃのチカ!」

紅蛇こうじゃのヨシノ!」


 巫女姿の女性二人は最前列でカポエイラのジンガというステップから回転しながら高く跳んで空中で後ろ回し蹴りから前半月蹴りのー連続技、Armadaアルマーダ comコン meiaメイア luaルーア de frenteフレンチだ。旋風脚せんぷうきゃくによく似ている。終わってからきっちり向き直って残心だ。


「チカさん、この技とっても気持ちがいいです!」


「やっぱりねえ」


青蛇せいじゃのカズマ!」

緑蛇りょくじゃのサブロウ!」


 カズマは最後列中央で両手首を鎌のように曲げて万歳のように手を高く上げ片膝を、荒ぶる鷹のポーズから、上段顎を狙う前蹴りだ。


 サブロウは拍手を二回打ってから両手を手刀にして、思い切り前傾しながら前に突き出し、同時に片脚をしっかり伸ばしての後ろ蹴りだ。


「センセ、なにやってはんの?」


「なにって、太極拳の双峰貫耳のつもりだけど」


「全然違うわ! それじゃ、クックロビン音頭よ!」


「ええっ! 間違えた?」


「サブロウさま、カッコ悪い」


「人にはさんざん練習させておいてのう」


「すまん、面目めんぼくない。稽古不足だ」


「まあ、こうなっちゃ、仕方ござんせん。行きやすぜ」


「「「「「「我ら大桑戦隊・強生連蛇スネイクレンジャーあやかしを倒すため美濃福光にただいま見参」」」」」」


 改めて六人全員そろって見得みえを切った。


「ふっ、猪口才ちょこざいな。雑魚が集まってもこのわし、九尾大王になにができる」


 全裸の老人、豊後守(を隠形の術を使いステルスモードで黒子になって操る西村新九郎)がどすの利いた声で話しかけながらどたどたと前に出てくる。


「我らの正義の心を一つにすれば、貴様のような大妖怪でも退散させようぞ! チカ! ヨシノ!」


「「はい!」」


 チカとヨシノの二人はそれぞれ長井豊後守の左右に距離をとって駆けていき、側宙返りアラビアンから着地する。


「「ええい!」」


 二人は能「土蜘蛛」で使う五間五双ごけんごそうものの「蜘蛛の巣」をたもとから取り出して長井豊後守目がけて左右の手で交互に投げつける。数百本の九メートルを超える細い糸のような紙テープがぶわさっと拡がり長井豊後守を絡めとる。さすが一番大きく派手な五間五双ものだ。豊後守が糸を払おうとすればするほど、ますます身体に糸が巻き付いていく。豊後守の足が止まった。


「「「おおおおおおおおおお!」」」


「段蔵!哲つぁん!」


「「おうりんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん」」


 段蔵と宗哲の二人は両手で順に、独鈷印、大金剛輪印、外獅子印、内獅子印、外縛印、内縛印、智拳印、日輪印、隠形印の印を結んでのち、再び九字を唱えながら刀印を結んで四縦五横の格子状に線を空中に書いた。


「ぐおおおおおっ!」


 蜘蛛の糸まみれになった長井豊後守(を操る西村新九郎)は野太い声で叫ぶと、その身体が段々後ろへ弓なりに反っていき、倒れるかと思いきや、


「「傀儡くぐつ回転地獄車!」」


(え? 聞いてないんですけど)


(臨機応変だ。新九郎、仰向けに肩にかついでぐるぐる回れ)


(御意)


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 豊後守は仰向けにったまま宙に浮かび、(新九郎が)叫びながら横向きに回転を始めた。ベビーベッドの上に吊るすメリーオルゴールのようだ。ただし尻尾付き萎びた全裸老人の大回転では、おぞましくて笑ってる赤ちゃんも泣き出すこと請け合いだ。


 もちろん隠形の術が効かないサブロウや宗哲、そして西村新九郎自身にはプロレス、いや黒子姿だから「Kちゃんの仮装大賞」か人形浄瑠璃のようにしか見えていない。


 それでもこの場のほとんどの者は、段蔵と宗哲の二人の神通力だか法力によるものと信じていた。


(新九郎、そのまま大御所様、わが父上に向けて長井豊後守を放り投げろ)


(え? そんなことをして良いのですか?)


(かまわん。俺が許す)


(しかし……)


(今は俺が美濃国守護だ。一向にかまわん。やれ)


(御意)

 

 その豊後守が回転しながら、土岐美濃守政房たちの方に近づいていく!


義父ちち上! ぐはあっ!」


 たまたま進行方向にいた豊後守の娘婿の氏家うじいえ三河守も行きがけの駄賃とばかりに、回転に巻き込まれて蹴り倒される。


「おのれ、豊後守め、往生際が悪い! まだ抵抗するか!」


 サブロウが大袈裟に言う。


「どっせえええええい!」


 目的地に近づくと(新九郎の)掛け声と同時に豊後守は宙を舞い美濃守に躍りかかった。もちろん新九郎が投げ飛ばしたのだ。


「ぶわあっ!」


「父上!」


どたああん!


 蜘蛛の糸まみれで尻尾が生えた裸の老人、長井豊後守がフライングボディアタックで前美濃国守護である土岐美濃守政房を押し潰す。父親が頭を打たないように長男の土岐次郎頼武が後ろからかばって二人は仲良く下敷きになった。


「はやく、こいつをどかせ! 顔の上に何かぐにっとしたものが乗っておるのだ!」


「お言葉ですが、父上がどかないと、わたしも立ち上がれませぬ!」


 下敷きの二人がもがきにもがくと、ようやく豊後守が引きずり挙げられるように立ち上がった(ように見えるがもちろん新九郎が一人でがんばって立たせている)。


 サブロウとカズマが駆け寄る。


「カズマ! 成敗!」


おう! うなれ聖扇せいせん崇断スタン張扇ハリセン!」


 カズマはそう言うとふところから白い文字で「有為うい~!」と大きく書かれた幅広の真っ黒なハリセンを取り出して振りかぶると、


ぱっしいいいいいん!


 思いっきり上段から振り下ろして豊後守の頭を叩く。思わず膝をつく豊後守。


「今だ! 悪霊退散! おう田胃散! コツコツやる奴ぁご苦労さん!」


 サブロウはそう唱えるとと懐から何枚も御札おふだを取り出してペタペタと長井豊後守に貼り付けた。


「ぎゃああああああああああああ」


 豊後守が絶叫する!


 御札には漢字で何やら書かれているが、よく見れば、「映倫成人指定」「不審者目撃即通報」「脱衣麻雀同好会」「男一匹単騎」「本日最高」「現在腸内洗浄中」などと、戦国時代の人間には意味不明な言葉である。まあ、全裸男性にふさわしい言葉といえなくもない。


「おのれ、口惜しやあああぁぁぁぁぁぁ……」


 という言葉を(新九郎が)口にしつつ、やがて長井豊後守はうなだれ力を失い、ゆっくりとうつぶせに倒れた。新九郎は隠形のままそっとその場を離れる。


 サブロウは豊後守の背中を踏みつけ尻から生えている大きな尻尾を乱暴に引き抜いた。


「取ったどー! 段蔵、受け取れ!」


「ははっ!」


 段蔵は嫌そうな顔をしながらも、豊後守の肛門に刺されていた側に触れないように注意して尻尾を受け取り、たもとから取り出した五芒星の描かれた袋にそれを入れて片づけた。


「皆の者、もう大丈夫だ。豊後守の妖の力はここに封印したぞ!」


「「「「「おう!」」」」」


 サブロウが高らかに宣言して、強育連蛇スネイクレンジャーの面々もそれに応えた。


 暴れまわった豊後守に倒された者たちも一人、また一人と起き上がる。だが、豊後守はまだサブロウに絞め落とされたまま目を覚まさない。というか、泥酔状態で酔いつぶれたままのようだ。


「サブロウや、これは如何いかなることか説明してくれぬか」


 サブロウと次郎の父、土岐美濃守政房が上座に戻って問いかけた。


「かしこまりました、父上。かいつまんで言うと、この長井豊後守は、ねたみの心に付け込まれて、あやかし九尾キューピー大王に取り憑かれておりました。そして陰から美濃国と土岐家に災いをもたらし続けてきたのでございます」


「なんと、そのような!」


「土岐家先々代の成頼お祖父じいさまによからぬことを吹き込み、嫡子の父上と元頼叔父での家督争いの船田合戦を引き起こしたのも、近江の六角高頼討伐で守護代家の斎藤妙純殿とその嫡男が土一揆に襲われて討ち死にしたのも、前守護代の斎藤彦四郎殿が父上と対立して合戦の挙句追放されたのも、そして次郎兄上と私の間での家督争いにしても、全て豊後守が国を乱す目的で、不和の種を巧妙に仕込み育てあげたのでございます」


ざわざわざわざわざわざわ

ざわざわざわざわざわざわ

ざわざわざわざわざわざわ


「皆、静まれ! 座れ、座るのだ!」


 サブロウは下座の方を見まわして言う。


「弁天さまのお告げで俺はそれを知った。俺は豊後守に対抗すべく密かにことを進めてきた。俺、土岐サブロウ頼芸は、美濃国守護としてこれよりこの場にて長井豊後守利隆の弾劾裁判を始める!」


「サブロウさま、恐れながら義父がそのような悪事を働いていたという証拠はあるのですか!」


 鼻血を出しながら起き上がった氏家三河守が、義父豊後守をかばうべく反論を試みる。


「氏家三河守か。その方が豊後守の弁護にあたるのがふさわしいな。さて、弁天さまのお告げだから、証拠と言われても困るが、生き証人なら我ら強育連蛇スネイクレンジャーがおろうが」


「恐れながら、その方々はサブロウさまに特に近しい方々とお見受けします。そうではない証人の方はいらっしゃるのでしょうか?」


「ここに、おります!」


 森小太郎が隅のほうで跳ねるように立ち上がる。


「わたくしはサブロウさまとの直接の面識はつい先日のただの一度にございます。与力になったこともございませんし、常日頃の交流なども全くございませんし、親しくもありませぬ。ですが、豊後守殿が秘かに成していたことを良く存じております」


「ほう。森小太郎か。申すがよい。皆、まずはこの者の話も聞こうではないか。三河守も構わぬな」


「御意にございまする」


「あり難き幸せ。わたくしは、出自や身分に関わらず実力がある者が国を治めるべきであるとの長井豊後守殿の主張に賛同して、豊後守殿の私党に参加して活動して参りました」


「それはどのようなものか申してみよ」


「ははっ。名は『下克上党』。真に実力がある身分が下の者が無能な上の者にとって代わることを目的としております。その手段として美濃を再び戦乱に陥れることをくわだてておりました。平和であれば、家柄だけの無能な者がいつまでも上の身分に居座り続けて正しいまつりごとが行われませぬ。ひるがえって乱世であれば、無能な者など生き残ることすらできぬでしょう。ゆえに、我らはこの美濃での大きな戦乱を欲したのです」


ざわざわざわざわざわざわ

ざわざわざわざわざわざわ

ざわざわざわざわざわざわ


「静まれ! 小太郎、返答によってはその方らにも厳しい沙汰を下さねばならぬ。ゆえに、よく考えて答えよ。よいな」


「もとより、覚悟の上でござりますれば何なりとお尋ねください」


「うむ。長井豊後守とその方らは、この美濃で謀反を企んでおったのか?」


「御意にございます」


まことのことであったか!」


「なんてことだ!」


ざわざわざわざわざわざわ

ざわざわざわざわざわざわ

ざわざわざわざわざわざわ


「静まれ! 小太郎、豊後守やその方らは、どう謀反を起こすつもりだったのだ?」


「ははっ。土岐家の家督と美濃国守護の地位を、嫡男である次郎頼武さまではなく、あえてサブロウ頼芸さまにお継ぎいただき、次郎さまの派閥とサブロウさまの派閥の反目を煽り争わせて美濃を内乱状態に陥れるつもりでございました」


「だが、俺はもともと守護などと面倒なものになる気はなかったのだぞ。俺が固辞したらどうするつもりだったのだ? 実際、先日、柿田弥次郎とその方が小守護代の長井越中守の使いできても俺は断ったではないか」


「サブロウさま、それは妙でござりまする。それがしは柿田弥次郎も森小太郎も使いになど出しておりませぬが」


 小守護代の長井越中守長弘が首をひねる。


「弥次郎殿と……そうでございました」


 森小太郎はつまりながらも話し続ける。


「わたくしと弥次郎めは恐れ多くも小守護代さまの使いだとサブロウさまをたばかっておりました。誠に申し訳ございませんでした」


「なんてことを! お主、それだけでも大罪であるぞ!」


「あいわかった。越中守も落ち着け。今はまず、小太郎に話を続けさせよ」


「「ははっ!」」


「サブロウさまは守護になるよう勧めても絶対に断ると弥次郎は確信しておりました。それで、豊後守殿と弥次郎はサブロウさまが守護にならざるを得ないような、かつまた自分たちの言いなりになるような悪辣なことを企んだのです」


「そうだな。それがヨシノの誘拐か」


「仰せの通りにございます」


「なんだと! 儂の娘をさらっただと!」


「サブロウの嫁をかどわかしたというのか!」


「うむ。その通りだ。そして、豊後守はヨシノを人質にして、俺を無理やり守護になるように脅迫したのだ」


「義父上がそんなことをしていたとは……でもヨシノさまはここにいらっしゃるではないですか!」


「先ほどまで、わたしと二人の兄とチカさんは、豊後守の手の者によって豊後守の屋敷に囚われておりました。そこに小太郎さまがいらっしゃって、お仲間を説得してくださり、わたしを解放してくださったのです!」


「「いかにもそのとおりでございます!!」」


 いつのまにか来ていたヨシノの兄の稲葉彦次郎、彦三郎も強く同意する。


「なんと、まさかそのような……」


「まだ疑うか、氏家三河守! 小太郎、氏家三河守自身ははヨシノを拐す企てには関わっておらなんだのか、どうなのだ?」


 サブロウは真剣な顔で小太郎に尋ねる。


 皆の視線が森小太郎に集まった。


「三河守さまは……」





長くなるので次の第26話に



つづく

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