第7話:盗掘者の少年

「ふんっ!」


 槍を一振りすると『呪われし親衛隊×2』は消し飛んだ。


「いや、あっさりすぎません!?」


 まるでギャグ漫画に出てきそうな表情でツッコミを入れられる。


「なんだよ……何か文句あんのか?」

「だってボス戦ですよボス戦! もっとそれなりの情緒ってものが……」

「苦戦ならお前がけしかけてきたドラゴン相手に十分しただろ」

「うぐっ……! それを言われると何も言い返せない……」


 精神ダメージを受けて胸を押さえている女をシカトして扉に手をかける。


 ぐっと力と体重を込めて巨大なそれを押し開いていく。


 古い構造物が軋む嫌な音を立てながら開かれた先には、かつて豪華絢爛を誇っていた名残を僅かに残す玉座の間が広がっていた。


 朽ち果ててボロ布以下になっている赤い絨毯が、足元から玉座まで真っ直ぐ伸びている。


 そして、玉座の前に設えられた柩の横には俺たちを見て固まっている先客の姿があった。


「おお、危ない危ない。もう少しで手遅れになるところだったな」

「だ、誰だ! お前ら!」


 突然の闖入者に驚いているのはカイルと同じ年頃の栗毛の少年。


 暗い城内ではあるが崩れ落ちた天井から射し込む霧越しの日光で、生意気な顔もはっきりと見える。


 奴は今まさに、玉座に設えられた柩を開けようとしているところだった。


「あーっ! ダメダメダメ! ダメですよー! それを開けたらダメなんですよー!」


 まるで運動不足の中年親父のようにドタドタとした足取りで、ネアンが玉座の方へと駆け寄る。


「ち、近寄るな! お前ら、なにもんだ! 同業者か!?」


 腰に差してあった短剣を抜き、俺たちへと向ける。


「違いますよ! 私たちは貴方を助けに来たんです! その柩を開けないように!」


 そう、俺たちは今回このガキを助けるためにわざわざこの島へとやってきた。


 ウィリアム=ストークス――ゲームではメインストーリー二章で初登場する神代の財宝を探し求める盗掘家の少年。


 同じく神代の遺物である残響を探すカイル一行とはその後も度々出会い、会う度に何かしらの衝突を起こすライバル的な立ち位置のキャラだ。


 ガキ同士がじゃれ合うのは放って置いても良いが、問題はこいつが使用する武器にある。


 呪われし王の狂剣――かつて最愛の母を失い乱心した王の魂が封印されている剣であり、使用者の魂を蝕む呪いの装備でもある。


 こいつはその剣によって章が進むにつれて元の人格を喪失していき、最期には人間性を喪失した怪物としてカイルたちに討伐されるという結末を迎える。


 俺たちはその結末を迎えないように、呪いの剣を入手するのを阻止しに来たわけだ。


 この様子を見ると、どうやら寸でのところで間に合ったらしい。


「動くなって言ってんだろ! お前ら……やっぱり同業者だな! 後からノコノコ出てきたくせに、俺が先に見つけた宝を奪おうってんだろ!?」


 しかし、向こうは当然俺たちの忠告を大人しく聞いてくれるはずもない。


 それどころか、下手に刺激すれば今にも柩を開けて呪いの剣を手にしてしまいそうだ。


「だから違いますって! その中に入ってるのは本当に危険なもので、貴方はそれのせいで――」

「ここは俺に任せろ。ああいうクソ生意気なガキが本当のことを言ったからって大人しく聞いてくれるわけないだろ」


 必死の説得を続けるネアンを制して前に出る。


「な、なんだお前……ちょっと強そうだからって……お、俺はビビんねーぞ……」


 頼りない安物の短剣を片手にあからさまにビビっている。


 力付くで止めてもいいが、下手に怪我をさせると後々何が問題になるかもしれない。


 だから、ここは――


「ウィリアム=ストークス、16歳。出身地は王国北部のコリス村。一年中雪が降ってる寂れたところだな」

「っ! お前、なんで俺のことを……!?」


 初対面のはずの男に自身の情報を告げられたウィリアムが柩から手を離す。


「どの組織にも属していない単独の盗掘者。若くしてこんな裏稼業に手を出したのは、病気の妹に薬を買う金が必要だからなんだって……?」

「し、シオンのことまで……」


 妹の情報まで掴まれていると知り、恐怖に顔を歪ませながら両手で強く短剣を握りしめている。


 ちょろいちょろい。


「兄貴がこんな裏稼業に手を出してることも知らず、健気に留守番してる可愛い妹だよなぁ……」

「お、お前っ!!」

「ほう……そんなに妹が大事か?」

「あ、当たり前だろ! 俺の唯一の家族だ! あいつに手を出したら、お前ら……た、ただじゃ置かないからな!」


 ギリギリと強く唇を噛みしめながら、更に強い憎悪が向けられる。


 よし、もうひと押しだな。


「手を出すな……か、さてどうだろうな。俺からはまだ何も言ってないが、可愛らしいお前の妹を前に俺の手下が理性を保ってる保証は出来ないな」

「て、手下ってどういうことだ!?」

「『無貌結社』……裏稼業をやってるなら名前を聞いたことくらいはあるだろ?」


 結社の名前を出した途端に、ウィリアムの顔から一気に血の気が引いた。


 裏の人間にはやはりこの名前はよく効く。


 一章の時に手中へと収めておいて良かった。


「な、なんで俺なんかに……」

「コソ泥小僧がうちのシマを随分と荒らし回ってくれたろ? 好き勝手やられるとこっちの面子が立たないんでな」

「い、妹は……シオンは関係ないだろ。やるなら俺だけに……」

「それを決めるのはお前じゃない。さて、どうしてくれようか……。攫って裏の市場で売り払うか……好き者の変態親父が高く買ってくれそうな娘だしな」

「だ、黙れっ!! それ以上喋るな!! くそっ……シオン! 待ってろ! 今すぐ戻るからな!! お前ら、次に会った時は絶対に許さないからな! 絶対にぶっ殺してやる!!」


 俺の安い脅しにまんまと乗せられたウィリアムは、そのまま窓枠に引っ掛けていた縄を使って王城から飛び出していった。


 柩の中にある呪いの剣は置いて。


「これにて一件落着……って、なんだよその顔は」


 一息ついて振り返ると、ネアンが悍ましいものを見る顔をしていた。


「心の底からドン引きしてる顔ですよ! なんですか今のやりとりは! ただの脅迫じゃないですか! 脅迫! シルバはそんな三流ケヒャリストみたいなことしません! 解釈違いです! 解釈違い!」

「うるせぇな……目的が恙無く達成できたなら脅迫でもなんでもいいだろ。俺たちは正義の味方でもなんでもないんだから。それに、あのくらい脅してやった方があいつも妹のことをもっと顧みるだろ。悲劇を未然に防ぐっていうなら、そこまでやってこそじゃないのか?」


 あいつの死亡後に故郷の村を訪れると、家に一人残された病弱な妹の姿を見ることが出来る。


 彼女は兄が死んだことを知らずにその帰りを待ち続け、北部の厳しい気候の中で徐々に衰弱して最期は死んでしまう。


 そんな作中屈指の胸糞イベントの芽を摘んだのに誹謗される謂れはない。


「そう言われれば確かに……そこまで見通すとは、流石です……」

「分かったならこんな辛気臭い場所からはさっさとおさらばするぞ」


 玉座の方へと真っ直ぐに向かい、柩の蓋へと手をかける。


「物騒な剣は粉々に砕くか、海の底にでも捨てりゃそれで終わ――」


 扉を開けた時と同じように、ぐっと力を込めて思いそれを退かすが――


「は……? おい、なんでだ……」


 そこにあったのはゲームと同じく柩の中でミイラ化している王の死骸。


「剣が……無い……」


 しかし、本来ならその胸に抱かれているはずの呪いの剣はなかった。

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