第42話 ユニコーンさんの尻尾

「その尻尾、触っていいですか?」

「……は?」


 我慢できなかった。

 だってずっと、視界の端でふわふわそうな尻尾がフリフリフリフリしているから……。


「尻尾……ですか?」


 ソフィアの突然の発言に、ユニコーンが豆鉄砲を喰らったような表情をするモーリス。


「あっ、ごめんね、急に。嫌だったら全然、構わないわ……仕方がないけど、涙を飲んで諦める……」

「諦めると言う割に少しずつ滲み寄って来ているのですがそれが」

「はっ、ごめんなさい、ついっ」


 正気に戻ったような反応をしてから、バッと距離を置くソフィア。

 落ち着かせるように息をつき、眼鏡をくいっとあげてからモーリスは尋ねる。


「尻尾がお好き、なのですか?」

「尻尾というより、もふもふ全般?」

「もふもふ……?」


 馴染みの薄い言葉なのか、モーリスが頭を捻る。


「もふもふはもふもふです。柔らかくてふわふわ〜もふもふっとしてて、癒されるアレです」

「なる、ほど……? 何やら擬音が多くてイメージが湧きませんが、そういうものなのですね」

「そういうものなので、触らせていただきたく存じます」

「ちょっと、そんないきなり畏まらないでください」


 どんだけ触りたいんですか、という言葉は不敬に当たりそうなのでぐっと飲み込む。


「ダメ、でしょうか……?」


 上目遣い。

 どこかしょんぼりした様子で尋ねてくるソフィアに、先程までの緊張感がどこかへすっ飛んでいってしまった。


(ぼーっとした箱入り娘かと思いきや、とんだ変わり者ですね……)


 なんて失礼なことを内心で思っていた時、モーリスの頭の上でぴこーん! と光が灯った。


(……これは、使えるか?)


 顎に手を添え黙考している間も無意識に尻尾がフリフリ揺れて、ソフィアの目を輝かせていることに気づかない。


 まるで大人が子供に言い聞かせるように人差し指をピンと立てて、モーリスはソフィアに問う。


「尻尾を触ったら、訓練頑張りますか?」


 一時間遊んだら勉強頑張るか?

 と同じようなテンションである。


「死ぬほど頑張る!」

「死なれては困るのですが……」


 苦笑を浮かべつつ、モーリスは両手を広げる。

 

 どうぞ、のジェスチャー。


「ありがとう、モーリス!」


 お許しを得てご満悦なソフィアはモーリスの後ろにばびゅんっと回り込み、ちょうど尾骨のあたりからふわっと伸びた尻尾に手を伸ばした。


 髪の色と同じ青みがかかった濃い色で、筆先のように滑らかな毛が綺麗に走った尻尾。


「わああ……」


 さわさわ、もふもふ。


「ふわふわで柔らかくて、もふもふだわ……」

「……お気に召したようで何よりです」


 最初の鬼教官モードはどこへやら、ぎこちない口調でモーリスは言う。


「うん……このまま昇天してしまいそうなくらい、気持ち良いわ」

「いや、だから死なれては困るんですが」


 真面目腐った返答をするモーリス。

 自分の尻尾に触れてこんなにも喜ばれるなんて初めての経験で、困惑していると言うのが正直なところだった。


 さわさわと優しくなでなでされてむず痒いというか。

 嬉しさよりも気まずさの方が優ってしまう。


 その光景はまるで、髭を触らせてあげるお父さんと、それを喜ぶ娘のようだった。


「流石、ソフィア様ですね……」


 そんな光景を眺めていたクラリスが小さくつぶやく。

 クラリスはふっと小さな笑みを浮かべていた。


 精霊魔法の訓練が初手からもふもふ触れ合い会になってしまったが、むしろ良い流れだとクラリスは感じている。


 モーリスのめちゃくちゃ生真面目で融通の効かない部分をクラリスは把握していた。


 だから、ゆるっとしていてちょっぴり抜けたソフィアとのペアリングは一時期どうなるかとヒヤヒヤしていたクラリスであったが。


(この様子でしたら、大丈夫そうですね……)


 親子のやりとりを微笑ましく眺めるように、クラリスはほっと息をつくのであったが……。


「なんだか、モヤっとしますね」


 モーリスの尻尾をもふもふして至福の表情を浮かべるソフィアを見て、クラリスはなんとも言えない感情を抱いた。


 自分の両耳をふにふに。

 すらりと伸びた尻尾をもみもみして一言。


「私だってありますのに」


 心なしかむくれた頬から漏れ出たその呟きは、誰にも聞かれることなく風に乗って消えてしまうのであった。

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