第40話 加護の指輪

 アランの背に乗ってやって来たのは、王都の外れにあるただ広い草原だった。


 アラン曰く「ここは国が管理する土地で警備も万全だ。安心するといい」とのこと。


 屋敷の庭も広かったが、ここは比べ物にならないほどの規模だ。

 アランの言う通り、ここなら思う存分精霊魔法を使うことが出来るだろう。


 あたりを見渡す限り人気は無く、風のささやきと時たま飛んでくる小鳥の囀りだけが鼓膜を震わせる。


 遠くに小高い丘や林があるくらいでとても開けた場所であった。



「俺は王城に戻るが、夕方頃にはまた迎えにくる」

「はい! 連れて来てくださり、ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げるソフィアの頭に伸ばそうとした手を引っ込め、アランは懐からあるものを取り出す。


「これを指に嵌めるといい」

「こちらは……?」


 アランの掌の上で転がるのは、雪のように白い宝石が付いた指輪。

 陽光に照らされきらりと光る美しさに、ソフィアの目が吸い込まれる。


「加護の指輪だ。ある一定以上の精霊力が出力されないよう、抑制する効力がある。これをつけておけば、昨日のように精霊力が暴発するような事が無いだろう」

「なるほど、そんな便利なものが……」


 ふむふむと感心げに頷くソフィアに、アランはすまなさそうに言う。


「……本当は、昨日の時点で渡すべきだったが、判断を謝った。俺の責任だ、申し訳ない」

「そんな、お気になさらないでください」


 ぶんぶんと、ソフィアは頭を振る。


「アラン様にはアラン様なりのお考えがあってのことでしょうから。何事もなく無事だったのですし、終わり良ければなんとやら、ですよ」

「そう言ってくれると、助かる。……精霊力を上手く制御できるようになるまでは、原則としてこちらの指輪をつけて訓練するようにしてくれ」

「はい、ありがとうございます。では、頂きますね」

 

アランの手から指輪を受け取ろうとすると。


「手を」

「ひゃっ……」


 アランのもう一方の手がソフィアの手首に優しく添えられる。

 

 突然のことで短い悲鳴をあげたソフィアの、右手の中指にそっと、アランは指輪を通した。


 まるで、王子がお姫様に誓いの指輪をはめるように。


「うむ、よく似合っている」


 ふ、とアランが満足気に頷く。

 一方のソフィアはというと。


「……どうした?」

「い、いえ、その……」


 ぷしゅーと頭から湯気を吹き出し、顔をりんご色に染めながら、消え入るような声でソフィアは言う。


「そういう不意打ちは、良くないと思うのです……」

「不意打ち?」


 よくわかっていない様子のアランに、ソフィアはぷくりと頬を膨らませるが、すぐに口元を緩ませて。


「でも……嬉しいです、ありがとうございます。大切に、します……」


 そう言ってぎゅっと、指輪を抱え込む姿はまるで祈りの聖女の如し。

 加えて恥じらいの笑みさえ浮かべる様に、今度はアランが息を呑んでしまうのであった。


「……」

「……」


 何故か時間が停止してしまった二人。

 モーリスが「おやおや……」と眼鏡を持ち上げ、クラリスはため息をつきながら口を開く。


「アラン様、そろそろ」

「う……うむ。ではソフィア、無理はせず、ほどほどにな」

「は、はい! アラン様も、お仕事頑張ってください」


 アランは頷いた後、モーリスに視線を向ける。

 

「あとのことは頼んだぞ」

「お任せください」


 モーリスが恭しく頭を下げると、アランは白竜に変身し大空へと旅立っていった。


 アランの巨体が空の向こうへ消えていくまで小さく手を振るソフィアの傍ら、


「さて……ソフィア様」


 モーリスが眼鏡をクイッと持ち上げる。

 彼の声色と纏うオーラが変わった事に、ソフィアはすぐに気づいた。


「あ、あの……モーリスさん?」


 ゴゴゴゴと何やら炎の効果音が聞こえて来そうだ。


「アラン様より仰せつかった通り、これより貴女様に精霊魔法の制御についてお教えいたします、が……」


 モーリスの眼鏡がきらりと光って。


「私は厳しいですよ」


 急に鬼教官モードへと変貌を遂げたモーリスに、クラリスは「始まった……」と言わんばかりにため息をついた。

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