第21話 でっかいもふもふ

 自室に戻るなりソフィアはベッドに腰掛け、未だほんのり赤みを残した顔を覆った。


「ううぅぅ〜〜〜〜……」


 足をジタバタ。

 羞恥に染まった声がひとりでに漏れてしまう。

 

「うううううぅぅぅぅああああうううううぅぅぅぅ〜〜〜」


 ベットに突っ伏して、ソフィアは足をじたばたさせた。

 全身が熱い、なんだか変な汗も出てくる。


 ここが広い部屋でで良かった。

 もし狭い部屋だったら、クラリスが何事かと飛んできた事だろう。

 

(あれは反則あれは反則あれは反則……!!)


 心の中で叫びながら思い出す。


 アランの“顎くいっ”からの“控えめな笑み”。

 これまで異性との関わりなど皆無に等しいソフィアにとって、あの二連コンボは破壊力が高すぎた。


 文字通り目と鼻の先で行われた不意打ちに、うぶで純粋なソフィアの脳は完全にオーバーヒートしてしまったのである。


「こんな事で取り乱しちゃいけない……」


 これから私は、アラン様の夫人となるのだ。

 あの程度の接触でいちいちこの体たらくだと、来月あたりは高熱でぶっ倒れてしまうだろう。


「でも……見れば見るほど素敵な方なんですよね……」


 アランの容貌の良さは前提として。


 彼の紳士的なところとか、自分と違って落ち着いていて冷静なところとか。

 でも時たま見せる、ちょっと子供っぽいところとか。


 アランと接して、話して。

 彼のことを知れば知るほど、惹かれていく自分を強く自覚していた。


 一方で。


「でもこれは……契約結婚……」


 故に、自分の想いを一方的に押し付けるのは良くないと、ソフィアは思っていた。

 そもそも自分のような地味でなんの取り柄もない落ちぶれ令嬢が、一国の大臣にして竜の神様であらせられる御方と一緒に……なんて、考えるだけでも烏滸がましいといったものだ。


 いくら自分が好き好き好き好き! となったところで、アランにとっては迷惑だろう。


 ソフィアの自己肯定感は現在、魔力と同じくゼロに近い。


 精霊力とやらが高いというのも、まだ実際に目にしていないので実感出来ていない。

 アランは着飾った自分を綺麗だって褒めてくれたけど、あれだってきっとお世辞だろうし。


 自分はあくまでもお飾りの奥さんとして、気持ちを押し殺しドライに接するのが正解なのだろうと、ソフィアは考えていた。


「はあ……」


 いけない。

 考えてたら、ネガティブな思考で頭が重たくなってきた。


 こんな時は……。


「ハナコ、いる?」

『いるよー』


 もふんっと、ハナコがどこからともなくベッドに登ってきた。

 実家の時と同じ、子犬サイズモードだ。


「そっか……人の言葉喋れるようになったんだね……」


 今までボキャブラリーが『きゅい』だったから、なんだか新鮮な感じだ。

 とはいえコミュニケーションが取れるのはとても便利だな、とも思った。


「おいで」

『うん!』


 ハナコは今までと変わらず、無邪気にソフィアの胸に飛び込んでくる。


「おーよしよしよし。ハナコは相変わらずもふもふで可愛いねぇ〜」

『えへへ〜』


 いつものようにもふなでしていると、アランの言葉が思い起こされる。


 ──ハナコはオスだぞ。


 ぴたりと、ソフィアの動作が止まった。


「……ごめんね、ハナコ」

『ん〜? 何がー?』


 きょとんと首を傾げるハナコ。


「私、ハナコが男の子だって気づいてあげられなくて、女の子の名前つけちゃって……」

『ん〜? 気にしてないよ? ぼく、ハナコって名前すっごく気に入ってるし、つけてくれてとても嬉しいよ〜』


 なんて良い子……!!

 きゅうんっと、ソフィアの胸が音を立てる。


「も〜〜〜ハナコったら〜〜〜!!」


 嬉の感情を爆発させたソフィアは、再びハナコもふ☆もふタイムに突入し……。


「あっ」


 そうだ。


「ねね、ハナコ、大きくなれる?」

『もちろん』


 ハナコの身体がぼうっと光る。

 すぐにハナコはビックモードに変化した。


「わあー!」


 こんなにでっかいもふもふを前にして、一秒たりとも我慢できるわけがなかった。

 もふんっと、ハナコのお腹にダイブするソフィア。


「大きくてもふもふだー……」


 その表情たるや至福そのもの。

 全身でその温もりを、毛感触を堪能する。


 そうしていると、先程胸に沸いた劣等感とか、羞恥とか、そんなものはすぐに消え去って。

 後にはただただぽわぽわとした多幸感だけが残るのであった。


 ──そもそも、なんでハナコは突然こんなにでかくなったの?

 ──ハナコは一体、何者なの?


 そんな疑問は、巨大なもふもふの前で霧散してしまっていた。


 気になるけど、今の優先事項はもふもふなのである。


 思う存分、ソフィアはハナコをもふもふするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る