鉱物人形たちとの再会

「マスター!」


 最初に顔を見せたのは紫の彼、アメシストのほうだった。

 あれ? 怪我してる?

 出会ったときはキラキラしていたのに、今は衣装も顔も薄く汚れている。傷もあるのではなかろうか。


「兄よ、病院内では静かにするのがマナーだと」

「だって、丸一日眠ってたんだよ? 心配だったに決まってるじゃないか」


 後から入ってきた金髪の彼、シトリンが顰めっ面をしている。

 パーツとしては兄弟を称しているだけあって似ているのに、表情が全然違う。興味深い。


「……って、丸一日?」

「そうだ。聞いていないのか?」


 私の問いに、顔のそばで立ち止まったシトリンが問いで返した。


「聞いてないですね……」


 退院までの日取りについては説明されたが、今日がいつなのかについては触れていなかった。

 さてはあの職員さん、一般的な情報の重みづけとズレてんな……

 ため息をつくと、シトリンは私の頭を撫でてくれた。男の人の大きな手だ。温かくてくすぐったい。


「その様子だと、聞かされるべき話もろくにされていないんだろうな」

「おふたりはなにか聞いているんですか? 精霊管理協会の方々から」


 話を振ると、シトリンとアメシストは顔を見合わせて、視線だけで会話している。

 先に口を開いたのはアメシストだった。


「回復したかったらマスターとキスしろって言われたねえ」


 思ってもみなかったキスという単語に反応して、私は噴き出した。

 なん、です、と?


「……き、キス?」

「ああ、接吻だな」

「なにゆえに……」


 聞き間違いであって欲しかった。

 接吻だと言い換えられても破壊力は変わらないですよ、シトリンさん。

 私が狼狽えると、アメシストがシトリンとの間に割って入ってきた。


「鉱物人形は自身を修復するのにマスターからの魔力供給が必要なんだよ。でも、今のマスターは力の制御の仕方が未熟で危険を伴うから、粘膜接触による魔力交感で済ませるのが推奨されるんだって」

「ええ……」


 アメシストの説明に私は唸る。この反応、どうもアメシストはキスをすることに乗り気のようだ。


「確認を取ってもいいですか?」

「そうだな」


 気を利かせて、シトリンがベッドにくっついた呼び出しボタンを押してくれた。とても助かる。

 瞬時にディスプレイが展開される。


「あら、何かしら?」


 さっきの女性職員が顔を出した。驚いた顔をしている。


「鉱物人形の修復にはキスが良いって本当ですか!」


 私の質問に、彼女はゆっくりと瞬きをしたあとにニコッと笑う。


「キスも有効だけど、交わるのも有効よ」

「交わる……?」

「セイコウってこと」

「セイコウ……?」

「あら、伝わらない? 主に男女が裸になってするやつだけど」


 ああ、なるほど――って、おいっ‼︎

 想像して発熱した。身体が熱い。

 女性職員は声を立てて笑う。


「とにかく、粘膜接触によって体液に含まれる魔力を与えればいいの。簡単でしょ?」


 簡単なわけがあるかっ‼︎

 叫びたかったが声が出ない。体力切れである。

 私は口をパクパクさせた。


「うふふ。無理に回復させる必要もないわ。その程度の傷で壊れるほど、鉱物人形はヤワじゃないから。話はそれだけかしら?」

「……はい」

「また何かあったら呼んでちょうだい」


 ひらひらと手を振るのが映ると、ディスプレイは消失した。

 なんてこった。


「僕はご褒美にキスをお願いしたいなあ。すごく頑張ったんだよ」

「そうだな。協会所属の鉱物人形が補助型に偏っていたこともあって戦闘が長引いて。そもそも俺たちもあまり戦闘は得意ではないのだが、マスターが近くにいるから張り切らせてもらった」

「それはお疲れ様でした」


 労いの言葉をかけるのは私の願いでもあったので、直接言えることは喜ばしい。

 だが、まさか口づけをねだられるとは。そんなに価値のあるものだろうか。


「……あ。マスターって今、身体が動かないんだよね?」

「そ、そうですけど」

「それ、僕たちだったらきっとどうにかできるよ」


 アメシストがニコニコしている。


「というと?」

「正規の手順を踏まずに僕たちを顕現させたから身体に負担がかかっているんだよ。だから、顕現を一度解くと良いと思うんだよね」

「ほう? でも、やり方がわからないんですが」


 私は正規の精霊使いではない。精霊使いのライセンスを取得していれば、そこに至るまでの勉学で知識を得たり体験したりしているだろうが、私は素人だ。なにをどうしたらいいかなんてさっぱり見当がつかない。

 私が困っていると、アメシストは私の顔を覗き込むようにしてから笑顔を作る。


「その前に、僕たちを修復してもらいたいな」

「ええ……」


 つまり、キスを催促されている。

 できればキスを回避したくて、視線でシトリンに助けを求めた。

 あなたの兄を止めてくれませんかね?

 すると、シトリンは眉間の皺を深くした。


「唆しているわけじゃない。万全な状態から顕現を解いたほうが都合がいいのだ」


 シトリンの補足に、私は唸る。

 効率がいいとしても、ほかの方法が取れるならそちらを選びたい乙女心である。

 とはいえ、傷を負ったのは私を助けるためであることは間違いない。褒美として口づけを要求していることを思うと、譲歩してもいいような気がする。

 それに。

 そもそも私の口づけが褒美になり得ると迫られたことが、私の中のモヤモヤに触れていた。罰になることはあっても、褒美にあたうとは思えなかったのだ。

 来月には夫婦になるというのに、あの人とも口づけもしたことがないんだもんなあ……

 私が口づけを許したと知ったら、あの婚約者は怒るだろうか。あきれて詰るだろうか。

 胸がチクチク痛む。

 私は悩みに悩んで、アメシストに焦点を絞った。


「……わかりました。変なことはしないでくださいよ? 私、うまく動けないんですから」

「ふふふ。嬉しい」


 嬉しいと言葉にしただけあって、アメシストは幸せそうな顔をした。そんな表情を可愛いと感じたのも束の間。ゆっくりと近づいてくる彼の顔に熱っぽいものが混じり始める。

 待って。

 拒む声を出す前に唇が重なった。

 パサついた唇の感触。熱。ぬるりとした何かが私の唇をなぞって、離れた。

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