美少女騎士(中身はおっさん)とパジャマパーティ その06


「自分の家でしょ! 今さらうじうじしない。ほら、一緒に行くわよ!」


 公国騎士団魔導騎士小隊、レイラ・ルイス隊長は目の前でしおれている部下の肩をたたく。自分より二回り以上大柄な体躯を誇る普段は頼もしい部下であるが、今は身体がしぼんで見える。


 レイラとしては、旧知であったウィルソンの娘であるウーィルとメルちゃんには幸せになって欲しい。だから、ウーィルが本当に殿下のお妃になるというのなら、なんでも協力してやるつもりだ。自分の魔導騎士隊長としての地位はもちろん、もし必要なら実家の家名も財力もすべて使ってやる。出し惜しみするつもりはない。


 一方で、部下であるヘタレオオカミ小僧の気持ちも理解できる。できてしまう。


 ……あまりに身近にいたせいで自分でも気づかなかった恋心。それをやっと自覚した途端、ぽっと出の第三者に愛しい人をかっ攫われてしまったのだ。


 ああああああ、思い出しただけで心が痛い。


 レイラは身もだえる。ジェイボスの失恋が他人事とは思えないのだ。もう十年以上も前のことなのに、いまだに心が痛い。 


 ……って、私の事はどうでもいい。とうの昔に済んだことだし。と、とにかく、今は目の前のヘタレ小僧のことをほうってはおけない。私は隊長なのだから。


「あんたがウーィルのこと好きなのはウーィル以外はみんな知ってるんだから、もう開き直りなさいよ」


「み、みんな知ってる?」


「ええ。魔導騎士小隊どころか、公王宮警備隊も儀仗隊も音楽隊も含めたすべての騎士がね。……制服組の騎士だけじゃないわ。本省の背広組も事務職も出入りの清掃業者のおばちゃんも、ついでに駐屯地前の騎士団御用達の飲み屋の看板娘まで、みんなよーく知ってるわよ」


 ずーん。


 脳天にオーガのパンチを食らったかのような顔で口をパクパクさせているジェイボス。しかし三分間でなんとか我を取り戻し、自分の両頬を叩いた。


「あーー、わかったよ、隊長。俺がウーィルを好きなのは認めるよ。そう、ウーィルを他の奴にとられると想像しただけで、俺は耐えられない」


「そうそう。男なら負けるとわかっていても勝負に挑まねばならない時もあるわ。せめてウーィルに面と向かって告白して、そしてすっぱりあきらめなさい!」


「なんだよ、俺が殿下に負ける事が確定してるのかよ!」


 ジェイボスが鼻を膨らませて抗議する。しかし、こいつを応援してやりたい気持ちにウソはないが、……公平に見てやっぱり勝ち目はゼロでしょうねぇ。








「こ、この細い手足が、真っ平らな胸が、幼児体型が、殿下をたぶらかしたのね。あああ、育ちすぎた自分の胸が憎いいいい!」


 ひいいっ、シャツをまくりあげるのはやめて! へんなところさわらないでぇ!!


 ウーィルが押し倒される。馬乗りになった縦ロール嬢の顔が近づく。オレオ家にウーィルの悲鳴が響く。


 や、やばい。このままではおれのていそうがやばいのら! ど、ど、ど、どうす ……ん?


 すう……すう……すう……。


 ねいき?


「ふっふっふ、寝てしまったようだ。彼女は学校でもここ数日ちょっとおかしかったからね。いきなりあんなにハイペースで飲みつづけたんだ、今日はそのまま寝かせておいてあげよう」


 た、た、たすかった?


 ウーィルは静かに寝息をたてる縦ロール嬢のしたから、よろよろと這い出す。


 このお嬢様は、自分の限度もしらないお子様のくせに、ちょっと飲み過ぎてしまったのだろう。とはいえ、オレももうそろそろ限界だ。胃からすっぱいものがあがってきそうだ。ていうか、あがってきている。もう限界だ。やばい。非常にやばい。たった数口しか飲んでいないはずなのに。


「お、おれとでんかのことはもういいのら。レレレレンさん! きみにいいひとはいないのかぁぁぁ? おしえてくれぇい」


 恋バナの標的を分散させるのだ。その隙にこの場を逃げ出そう。


「ボク? ボクは婚約者がいるよ。留学が終わったら皇国で結婚しなければならないんだ」


 寝間着の前をはだけた半裸の少女。ドキッとするほど白い肌。頬が上気した妙に色っぽいボクっ娘。酒瓶抱えた酔っぱらい娘の告白に、その場の全員がおどろいた。


 なぁにぃぃぃ?


 もちろんオレもおどろいた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ。ねぇねぇ、あいてはどんな人?」


 メル達のテンションが振り切れる。


「生まれた時から決められた相手さ。ボクの家は代々、巫女の家系なんだ。皇家に仕え、皇国の未来にかかわる神託を伝えるいわば国家の占い師。ボクはその能力を継いだ跡取り、……ということになっているので、それなりの家柄から婿をもらって女の子を産むことが義務なんだ」


「そ、そうなんだ。……相手を自分で選べないというのは、いやじゃないの?」


 不思議そうな顔でメルが尋ねる。


「まぁ、それは言っても仕方が無い。こんな捻くれたボクをそだててくれた親への恩も返さないとね。さいわい、相手は頭のいい方で、それほどいやじゃないよ」


 へぇ。……たいへんなんらな、れんさんも。






「……まぁいいや。確かに俺が殿下に勝てるとは思ってないさ。それに、自分でもうまく言えないんだが、俺がウーィルを好きなこの気持ちは、恋愛とはちょっと違うんじゃないかと思うんだ。家に帰らなかったのは、……ちょっと頭の中を整理したかったからだ」


 オレオ家に向かう高級車の後席の隣。意外とすっきりした表情で、ジェイボスは話を続ける。話の中身も冷静だ。


 恋愛とは違うって、……どういう気持ちなのよ?


「うーーん。むりやり例えるなら、今は亡きおっさんに対する気持ちと似ているかもしれない。……ガキの頃からずっと俺はおっさんに認めてもらいたかったんだ。一人前の男として」


 はぁ。


 レイラにはよくわからない。あいまいな返事しかできない。


 また、おっさん? 亡くなったウィルソンの代わりに、ウーィルに一人前の男として認めて欲しい、ってこと?


「俺自身も自分の気持ちに気付いたのは最近なんだけどな。……そうだ、隊長! 俺、どうしても確かめたいことがあるんだ。おかしな事きくけど。笑わないでこたえて欲しい」


 ジェイボスがこんなに真面目な顔をしたのを初めて見た。


 い、いいわよ。


「隊長は、おっさんが若い頃から知り合いだったよな? オレオ家に来た事も何度もあるよな?」


 ええ。家族ぐるみで食事したり、奥さんが亡くなった後はメルちゃんの面倒をみたこともあるわよ。……って、ほとんどの場合あなたも一緒にいたでしょ?


「そうだ。おっさんも奥さんも、俺を実の子とまったく区別なく育ててくれた。で、隊長。おっさんのいるオレオ家を訪ねたとき、そこに、……ウーィルはいたか?」


 えっ? いったいこの子は、何をいっているのだろう?


 レイラは呆気にとられる。ウーィルはウィルソンの娘だ。オレオ家にいけばウーィルがいるに決まっている。


 奥さんが亡くなった後、メルちゃんの面倒を見に行っことだって何度もある。当然メルちゃんのひとつ年上のウーィルも、……えっ? あれ? わたし、ウーィルの面倒をみてやった記憶が、ない?


 たとえばメルちゃんが風邪ひいて寝込んだとき、どうしてよいかわからずにただおろおろするばかりだったウィルソンのアホ面は確かに覚えている。そして、けなげに手伝ってくれたジェイボス。……ウーィルは?


 い、い、……いた、はずよね。いないはずないもの。ウーィルはウィルソンの娘なんだから。







「じゃあ、メルはどうなんだい? 好きな人はいないのかい?」


 お返しとばかりにレンさんがメルに問う。


 ウーィルの耳がぴくりと動く。全身全霊全力すべての魔力を動員して聞き耳を立てる。


「え? えーと、私はね」


 娘が頬を赤くする。


「好きな人、……いるよ」


 なにぃ!!!


 ウーィルが反射的に飛び起きた。


 だ、だ、だ、だ、だれだ!!!


「だ、誰ですの? 学園の方?」


「誰なんだい」


「他の人には内緒だよ。……お父さんやおねぇちゃんと同じ魔導騎士で、この家の二階に住んでる人なんだ」


 きゃーーー。騎士様ですって?


 へぇ、メルもおじさん趣味だとは意外だよ。どんな人なんだい?


 恋バナに少女達がもりあがるなか、ウーィルひとり全身をプルプルと震わせる。いつのまにか剣を握っている。


「えーとねぇ、逞しくて、身体が大きくて、頼りがいがあって、まっすぐで、純情で、ちょっとアホだけど、でもモフモフで、とても毛並みのいい人なんだ……」


 うつむき顔を真っ赤にしながら男の身体について語る実の娘。まだまだガキのはずだったのに、しっかりと恋する乙女の顔をしている。


 それを見たウーィルは激昂した。かのお気楽朴念仁なオオカミ野郎を除かねばならぬと決意した。


 あのいぬころやろうめ! たたききってやるからさっさとかえってきやがれ!!


「きゃーーーーー、騎士おねぇさまが様が剣を抜いたわ! なんて凜々しいのかしら」


「おやおや、ウーィル。……君も親バカだねぇ」




 少女達の酒盛りはまだまだ続く。



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