美少女騎士(中身はおっさん)とパジャマパーティ その04


 深夜の公都。騎士団の駐屯地、演習場の一角。


 ドカッ! グシャ! バキン!!


 肉が裂け骨が砕ける嫌な音が響く。大型のヒト型生物二頭が闘っているのだ。


 その片方はオーガ。以前、魔導騎士ウーィルによって倒され、その処分が騎士団に丸投げされた個体だ。


 騎士団では研究や演習に利用するため、小型ドラゴンなど数頭のモンスターを飼育している。たまたまモンスター飼育舎に空きがあり、オーガは処分保留のままそこで飼育されていたのだ。


 そしてもう一方は……。


「うぉりゃああああああ!」


 巨大なオーガの脳天めがけて、凄まじい速度で木刀を振り下ろす。筋骨隆々、オーガには及ばないものの人間ばなれした逞しい筋肉。銀色に輝く美しい体毛。オオカミ族の青年。魔導騎士ジェイボス・ロイドだ。


 ジェイボスが振るうのは、いつもの巨大な、そして魔力で炎を纏う真剣ではない。ただの木刀だ。魔力も使っていない。彼は、その肉体の力だけでオーガを相手にしているのだ。


 ドギャ!


 しかし、通用しない。木刀はオーガのぶ厚い筋肉により受け止められる。そのままへし折られ、さらに追い打ちの拳。


 ジェイボスは避けきれない。オーガのパンチをもろに喰らった肉体が、数十メートル吹き飛ばされる。


 力負けだ。いかにオオカミ族でも、腕力だけでオーガに敵うはずがない。


「ジェイボスさーん。もういいでしょー? 終わりにしましょーよ」


 魔物使いの魔法を操る騎士が、ジェイボスに哀願する。ここで飼育されている小型ドラゴンなどのモンスターは、すべて彼が世話をしているのだ。


「まだだ! もうちょっとだけ付き合ってくれ」


 肩で息をしながら、ジェイボスが立ち上がる。すでに全身傷だらけ。だが、闘志は萎えていない。鬼気迫る表情。背後にはどす黒いオーラが見える。


「えーーー、私もう勤務時間外なんですけどぉ」


「ジェイボス! いい加減にしなさい!!」


 演習場に、魔物使いとは別の怒声が響く。女性の声。魔導騎士第一小隊のレイラ・ルイス隊長だ。


「いつも言ってるでしょ! 訓練では決して無理しない! ケガでもしたら本末転倒よ」


 ジェイボスはドラゴンの群に半殺しにされ任務から離脱、つい先日復帰したばかりなのだ。


「ただでさえうちの小隊は万年定員割れで人手不足なんだから、ちょっとは隊長である私の苦労も考えてよ」


「隊長ごめん。俺は、……はやく一人前になりたいんだ」






 はぁ?


 レイラには青年騎士の言うことが理解できない。


 真剣でなく木刀で、しかも魔力を使わず腕力だけで力任せにオーガと闘うことが、一人前の魔導騎士となんの関係があるのか?


 そもそも人間という種が魔力や銃火器なしでオーガに勝てるはずがない。獣人であるオオカミ族だって同じだ。剣と魔力と、さらに知恵と勇気を使いこなしてこそ、魔導騎士の存在価値があるというのに。


「ウーィルはこいつを峰打ちの一撃で倒したと聞いた。俺はウーィルに勝ちたい。そして早く一人前になりたいんだ」


 ははぁん。このオオカミ小僧はあせっているのだ。年齢が近く、幼馴染みでもあるウーィルと自分を比べて。


 レイラ隊長からみて、ジェイボスはまだまだ若造だ。騎士団一の剛剣などと言われているが、言い方をかえればそれはただの力任せの剣とも言える。公国騎士団の歴史上でも一二を争う剣技をほこるウーィルと比べると、よくて半人前だろう。


 だが、若さは武器でもある。すでに中身が妙におっさん臭いウーィルとちがって、ジェイボスには剣技も魔力も精神的な面だって伸びしろは有り余る。上司からみて、そして大人からみて、そんなにあせって一人前にならなくてもいいと思うのだが。


「あんな規格外で人外の娘と張り合ったって勝てるわけないでしょ。あんたはもっと現実的な目標をもちなさい」


「じゃあ、……おっさんと比べてどうだ? もしおっさんが今の俺の剣をみたら、一人前と認めてくれるか? 隊長はどう思う?」


 おっさん? ……ウィルソンのこと?


 ウィルソン・オレオ。レイラの元同僚の魔導騎士。ウーィルの父にして、ジェイボスの育ての親だ。


 子供の頃に親に捨てられ、ボロボロになり野垂れ死に寸前だったジェイボスは、彼に拾われ命を救われた。ウィルソン夫妻は、ジェイボスを実の子と分け隔てなく育て上げた。


 そして、成長したジェイボスは育ての親と同じ騎士になることを希望し、ウィルソンは血の繋がらない息子の夢を叶えるために尽力した。だが、ジェイボスは魔導騎士となった姿を恩人に見せることはできなかった。夢を叶える直前、ウィルソンは任務中に殉職してしまったのだ。


 ウィルソンが若い頃から、すなわちジェイボスがまだ幼い頃から二人を知っているレイラの記憶では、ジェイボスはいつもウィルソンの後にくっついていた。家でも騎士団でも何をするときでも、それはまるで親ガモの後ろを子ガモがついて歩くように。師弟というよりも実の親子みたいだと、騎士団でも噂になっていたくらいだ。


 ……って、あれ? ウィルソンが亡くなったのって、ジェイボスが騎士になってからだった?


 レイラは自分の記憶が混乱していることを自覚した。


 あれ? あれれ?


 ……まぁいいか。いまは目の前でいつになく真面目な顔をしているこの若者の問いに答えてやらねば。


「ウィルソンねぇ。あなたもよーく知ってるでしょ。彼は力や技や魔力というより経験を武器にしぶとく闘う老獪なタイプだったわ。どちらにしろ、今のあなたじゃ追いつくのはまだまだ無理よ」


 ずーーん。


 目に見えて落ち込むオオカミ族の青年。自慢の銀色の毛並みもしおれて見える。


 ……うーん、こんな繊細な男だとは思わなかったわぁ。






 ちょうどその頃、オレオ家で催されていたパジャマパーティーは、……異様にもりあがっていた。


「まさか私のワインが飲めないなどといわないですわよね、騎士様」


 スケスケのネグリジェ姿の貴族のお嬢様が、ワインの瓶とグラスをもってウーィルに迫る。


「おねぇちゃん! 飲んでくれないと、わたし週明けの学校でルーカス殿下を『お義兄ちゃん』てよんじゃうよ?」


 実の娘がウーィルを精神的に追い詰める。


「ふっふっふ。そろそろ観念したらどうだい、ウーィル」


 レンさん。寝間着の帯がほどけて前が完全にはだけちゃって、いろいろと丸見えですよ。


「わー、わかったわかった飲みます。飲めばいいんでしょ? ……ひとくちだけよ」


 おそるおそる、ウーィルはワインに口をつけた。


 いい香り。……お? 意外と飲みやすい。いけるかも。


 さすがお貴族様の秘蔵の超高級ワイン。確かに美味い。


 ひとくち。ふたくち。みくち目が喉を通過した直後、それは起こった。


 ストン!


 ウーィルの腰がおちたのだ。


 あれ? あれ? どうして?  ……た、たてない。ひざとこしが……。て、てんじょうががぐるぐるまわっているろ!


「おねぇさま。これはパジャマパーティーですのよ、さぁさぁ騎士の制服はお脱ぎあそばして」


 気付いた時には、ウーィルは普段の寝間着姿にされていた。すなわち、メルと同じで上半身はシャツ一枚。下半身は下着のみの脚まるだしだ。


 そして、四人の少女に囲まれる。


「で、騎士様。殿下とはどこまでやっちゃったんですの?」


「おねぇちゃん、おしえてよぉぉぉ」


「素直に吐きたまえ、ウーィル」


 だ。だれか、たすけてぇ!!


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