美少女騎士(中身はおっさん)と秘密基地


「ルーカス殿下。助けていただいてありがとうございます。おかげで逮捕されずにすみました」


「い、いえ。こちらこそ申し訳ありません。この島は、同盟国とともに新兵器を開発している秘密工場のようなもので、存在自体が極秘扱いなんですが、いくらなんでも公国魔導騎士であるウーィルをスパイ容疑で拘束しようなんてやりすぎです。最近、海軍や情報部もちょっと神経質になってるみたいで……」


 しきりに恐縮する殿下。


 だからぁ、殿下ともあろう方が、オレみたいな下っ端相手にペコペコしないで。周りでたくさんの人間がみてるんだから。






 期せずして謎の無人島(たくさん人が居るが)に着陸してしまったオレは、飛行機の翼から飛び降りた直後、海軍の連中に拘束されそうになった。


 オレめがけて駆け寄ってきた連中、完全装備のうえに目が血走っていたから、あのまま牢獄にぶち込まれていた可能性もあったと思う。あのタイミングで殿下と会えてよかった。……短気おこして全員ぶちのめしてやる前で、本当によかった。


 で、いまオレが何をしているかというと、……わけのわからない会議にでるところだ。


 オレは急遽、殿下の護衛役に抜擢されたのだ。そうすることで、島の保安に責任をもつ海軍にむりやり納得してもらい、拘束されずに済むらしい。なんたって公王太子殿下のお墨付きだからな。


「みなさん。この計画の立案者であり、実現のため同盟国の政府や科学者の力を結集することに尽力されたルーカス殿下がご到着されました」


 島の中心に建てられたでっかい建物の中、すでに数十人の人が集まった立派な会議室。殿下はもともとこの会議に出席するためにこの島に来ていたそうだ。


「お、遅れて申し訳ありません。本日は計画の最前線の現場で働くみなさんとお会いできて光栄です。よろしくお願い致します」


 急ぎ足で入室する殿下。立ち上がり、一礼する出席者達。ロの字に並べられた机。乱雑に積み重ねられた膨大な書類の束。壁沿いにいくつもの黒板。書き殴られた呪文のような数式。そして、殿下の後ろをついていくオレ。


「で、殿下? そのご婦人は……?」


「公国魔導騎士ウーィル・オレオさんです。私の秘書兼護衛をやっていただいています」






 そこにあつまっていたのは、公国だけではなく連合王国や皇国の軍服姿の軍人。白衣の科学者らしき人々。作業着のエンジニア。シャツにネクタイの連中は役人なのだろう。ひとことで言って雑多な人々だった。


 見た目、決して華やかな会議ではない。殿下が参加されるというのに、皆ラフな雰囲気だ。現場責任者による進捗会議というところだろうか。ちなみに、そのほとんどはおっさんだ。


 オレひとり、あきらかに場違いで浮いていることは自覚している。殿下といっしょに会議室に入ったオレは、出席者全員からもれなく二度見された。公国の人間はオレの制服をみて魔導騎士だと理解してくれたようだが、他国から来たらしい人々はみなあ然としている。


『……魔導騎士?』『いまどき剣と魔法だって!』『人類の科学技術を結集しているこの現場に?』『しかもあの少女が?』『……まぁ公国だから』


 会議室の中、こそこそ話と苦笑いがさざ波のように広がる。


「みなさん静粛に! 我が公国では、魔導騎士は国民の誇りだ。彼女がいる限り、この島も我々も安全は保障されたと断言できる。……では、安心して会議を再開しよう」


 司会よりも偉そうに会議を仕切る、殿下の三つ隣の席のおっさん。おお、あれは我が公国の国防大臣じゃねぇか。普段は騎士団を目の敵にしてたくせに、心を入れ替えたのか?






 オレが座るのは、会議のオブザーバー的な役割をおっているらしい殿下の隣の席。だが、会議の内容そのものにはあまり興味がないので、……正直にいうと内容が理解できないので、あくびをかみ殺しながらボーッとすごすだけだ。どうせ国家機密なら、初めから聞かない方が気が楽だしな。


 とは言っても、いろんな単語が耳に入ってくるのは仕方が無い。


 『進捗の遅延』

 『真空管式計算機の不具合』

 『電力供給の不足』

 『危険物質の漏洩未遂事故』

 ……ここまでで印象深い単語はこんなものか。ほとんどが白衣組やネクタイ組の発言だ。


 あと、『莫大な量の複雑な計算を解くために、同盟各国の優秀な学生を集めてはどうか』なんてのもあったな。


 この島でいったい何が行われているのかは知らないが、どうやらあまりよい状況ではなさそうだという程度は、オレにもわかる。メモをとっている殿下も渋い顔をしている。


 窓の外、いつの間にか真っ赤な夕焼け。会議が始まってすでに数時間か。


 ああ、今日中には公都に帰れないのかなぁ。レイラに連絡はいってるだろうが、怒りまくってるだろうなぁ、……などと口の中だけで嘆いても、オレに構わず会議はすすむ。






『王国情報部によると、帝国でも同じ開発計画が進行していることは確実。しかも中立国経由にて原料入手に成功し、さらに精製工場は既に稼働しているという情報も……』


 それまでほとんど黙って聞いていた殿下がピクリと反応したのは、その時だった。


『我々の進捗がこれ以上おくれると、やつらが先に完成させる可能性が……』


 参加者のうち、軍服組の発言が増え始める。


『帝国以外の列強国、とくに北部合州国と南部諸州連合は?』

『我々としては、仕組みが複雑な爆縮型にこだわらず、単純な砲身型の開発を優先してでも、一刻も早く量産を開始するべきでは……』

『しかし砲身型には原理的に出力の限界が……。さらに次世代の融合弾開発を見据えれば爆縮型しか……』

『とにかく、完成次第、先制使用も視野にいれて準備を……』


 殿下が立ち上がった。


「ちょ、ちょっと、まってください! この計画の目的はアレの開発と実験のはずです。実際の使用に関しては、同盟各国政府による高度な政治的判断が……」


「殿下。計画当初より、我々の使命にはアレの開発だけではなく、効果的な使用法の提言まで含まれています。そもそも、悪化する一方の国際情勢の中、これだけ莫大な費用と要員を投入したものを今さら使わないという選択肢は、我々にはありません」

 

 口をひらいたのは王国海軍の制服を着た軍人だ。皇国の人間も同意するように頷く。


 他国の有力者に反論され、殿下は力なく席に着く。報告は続く。


『……標的としてすでに帝国国内の戦略拠点三カ所を選定ずみ』

『潜水艦による水中起爆で想定される敵軍港の被害は……』

『やはり空中起爆のための大型爆撃機、あるいはロケット兵器の開発が……』

『一気に決着をつけるためには、軍事施設よりも敵首都を含む大都市を標的とすべきとの意見が……』


 うーーん。話の内容はあいかわらずよくわからんが、……殿下の様子がおかしいぞ。顔が青ざめている。


 わっ。


 オレはおもわず声を上げそうになった。


 机の下。隣に座る殿下が突然、オレの手を握ってきたのだ。そして、本人とオレだけに聞こえる声、口の中でつぶやく。


「わ、わたしは、もしかして、とりかえしのつかないことを始めてしまったのかもしれない……」


 殿下の手が汗ばむ。僅かに震えている。わけがわからない。だが、良くないことなのはまちがいない。


「ど、どうしたんです? 殿下、顔色が悪いですよ」


「し、信じて、ウーィル。わたしがアレを作り始めたのは、あの青ドラゴンに対抗するため。そりゃ予算を確保して同盟国の協力を仰ぐために世界大戦の危機をあおったけれど、そんなのは口実で本当はこの世界を存続させるためのつもりだったの! 人間同士で使うつもりなんて……」


 全身ガタガタと震え始める殿下。オレはどうすればよいかわからない。


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