美少女騎士(中身はおっさん)と始末書 ふたたび


 次の日。騎士団駐屯地。オレはデスクの前に拘束されている。目の前には白い紙。書きかけの始末書だ。


 こいつを仕上げないと、オレは決して解放されることはない。正面の席で、レイラ・ルイス隊長が鬼のような形相で見張っているからだ。






「き、気持ち悪い。レイラ、……隊長、ちょっと吐いてきていいですか?」


「だめよ。吐きたいのなら、そこに洗面器があるから」


 おまえは鬼か!


「じゃあ、せめて、水を、……水を、一杯だけでいいから」


「ダメだって言ってるでしょ! さっさと始末書を仕上げなさい!!」


 隊長が大声でどなる。そのかん高い声が、オレの脳みそにぐわんぐわんぐわんぐわん響く。


 ちょ、ちょ、頼むから、おおごえでどならない、で……。


「ウーィル・オレオ!!」


 レイラが机を叩きながら叫ぶ。これはもう怒号だ。


 お、おおごえをだすなぁ。あ、あ、あたまが、あたまがわれるぅ。


「未成年のくせにパブで酔っぱらったあげく二日酔いですって? 伝統ある公国騎士が? ふざけるんじゃないわよ!!」


 ご、ごめんなさい。って、さっきからなんども謝ってるじゃないか。今朝だって、こんな酷い二日酔いなのにずる休みしなかっただけでも褒めて欲しいくらいなんだけ、ど……。


「だまりなさい! しかも酔っぱらった姿を内外の要人達にさらすなんて、この騎士の恥さらしがぁぁぁぁ」


 そんなこと言ったって、昨日のことはほとんど覚えていないんだよ。マスターに無理言ってビール飲んだのはなんとなく覚えているんだが、その後このことは……。オレ、本当にドラゴン斬った? それ以外になんかヤバいことした?


 ばん!


 レイラが机に紙をたたきつける。街売りの新聞だ。例によって一面にでっかい白黒の写真。


 あー、空中でドラゴンの背中に乗って剣を振るってるこのちっちゃい人影、たしかにオレだわ。公式の式典だから記者が居たのは当然としても、よくもあの修羅場の中でこんな写真撮れたもんだな。……って、こんな写真撮られても別にいいんじゃね? 制服じゃないとはいえ一応騎士が活躍してるんだから。この写真のオレ、ちょっとかっこいいし。


「こっちの写真よ!」


 レイラが紙面の隅っこを指さす。小さな写真。


 ん? キャプションがついてる。


『ドラゴンを撃退し力尽きた少女騎士と介抱するルーカス殿下』?


 あーーー、殿下に背中さすられてるこのちっちゃいのもオレだわ。うん、殿下のお優しい一面が垣間見られる実に微笑ましい写真だよねぇ。


「なにバカなこと言ってるのよ! 現場にいる人間はみんな見ていたのよ、あなたが酔っぱらってゲロゲロ吐きまくる醜態を! 国防大臣も、国務大臣も、マスコミもね!!」


 い、いや、冷静になれ、レイラ。普通に考えて、ドラゴン襲撃の場に酔っぱらった少女なんているはずないだろ。写真を見た市民だってそう思うはず……。


「しかも、しかも、しかも、よりによって殿下に介抱させるなんて!! もーー、どうしてくれようか、このアホ娘!!」


 うわーーー、や、やめろ! 槍は持ち出すな!! おまえの魔槍はやばい。剣の間合いの遙か外から戦車の装甲すらぶち抜く衝撃波なんぞ喰らったら、さすがのオレも死んでしまう。






 レイラ隊長が激怒するのも無理はないのだ。いまだ脳みそ二日酔い状態ではあるが、オレだって頭の中ではそれを理解している。反省もしている。


 で、でもな。オレがあの時パブにいたおかげで、殿下を助けられたんだぞ。もしドラゴンのせいで殿下に何かあったら、それこそ公国騎士団最大の失態になったんじゃないのか?


「そりゃ、結果的に殿下がご無事だったのは感謝してるわよ。私だけじゃなくて、マスコミも好意的だし、公王陛下からは内々に感謝の意を賜ったし、それにほら、殿下から直々のお礼状まで届いているわ。だからこそ、あなたの処分も始末書だけで済むのよ」


 そ、そうか。それはありがたい。オレも二日酔いで苦しんでいる甲斐があったというものだ。


「だけど、それとこれとは話がべつ! ただでさえ風当たりの強い魔導騎士小隊なのに、足元をすくわれるようなネタをあたえてどうするのよ!」


 はぁ。


 レイラがひとつ大きなため息をついた。眉間の皺が目立つからため息はやめた方がいいぞ、……などと口に出せるはずもない。


「ウィルソンが、草場の陰で泣いてるわよ」


 はっ? ウィルソンはオレなんだが。


 ……まぁ、世間一般の父親なら、年頃の未成年の娘がひとりでパブに出かけて酔っぱらって醜態さらしたら、確かに泣くかもなぁ。もしメルが同じ事やったら、オレも泣く。


「あなた、ウィルがどれだけ二人の娘を大事にしていたのか、知ってるの?」


 そういえば、オレとレイラが若い頃、レイラはオレのことを『ウィル』と呼んでいたな。なんか懐かしいぞ。


 それはともかく。その『ウィル』が、メルをどれだけ大事に思っているのかは、オレも知ってる。メルはオレの宝だ。そりゃもう公国よりも世界のすべてよりも大事だぞ。


「そもそも、あなたみたいな年頃の娘が、どうしてあんな店にいくのよ。それもひとりで。 ……ねぇ、あのお店、ウィルに教えてもらったの?」


 あ、ああ。


 オレは曖昧に頷く。そういうことにしておいた方がよさそうだ。






「はぁ……。本当にあの男はバカなんだから」


 レイラがもうひとつため息をついた。あの男ってのはオレのことか?


「あのお店ね。ウィルが騎士団に入ったばかりの頃、たまたま私と彼が街に入り込んだヴァンパイア探索のチームを組んだことがあって、あのあたりの探索の時よくご飯を食べに行った店なの」


 そうだっけ? そうだったかもな。


「普通は女性づれであんな安パブにいくのはおかしいけど、まぁ仕事中だし、そもそも私は女性扱いされていなかったし」


 そ、それはすまなかった。


「でも、たしかに料理は美味しかったわ。それに、気を張りっぱなしで精神をすり減らしながらの仕事の合間に、とぼけた顔していつもひょうひょうとしているウィルの顔を見ながらの食事は、唯一ほっとできる貴重な時間だったの。彼といるのは楽しかった」


 もしかしてオレをバカにしているのか? まぁ、楽しかったのならば、なによりだが。


「……まぁ、私はいいんだけどね。でも、あとから聞いたんだけど、あの男バカだから、当時付き合い始めたばかりのあなたのお母さんも、デートのつもりであの小汚いパブに連れていったらしいわね。ねぇウーィル、娘としてどうおもう?」


 えっ? だめだったのか?


「つ、妻、……じゃなくて、母も、喜んでいた、……と聞いてますが」


「そうよねぇ。あなたもだけど、彼女もウィルと同じくらい変わった人だったわよねぇ。まさか私も、あんな朴念仁のアホ男に惚れる女が他にいるなんて思わなかったもの。油断したわぁ」


 へっ?


「あ! うそうそ。なんでもないの。今のは忘れて。……そうだ!」


 な、なんだ、急に大声出して。


「私、あなたたち姉妹のお母さんになってあげる」


 はぁ? 何を突然いいだすんだ?


「ウーィルもメルちゃんも、両親が居ないといろいろ大変でしょ? 私が母親代わりになってあげるから、なんでも頼っていいわよ」


 は、はぁ。それはありがたいけど、しかしオレはともかくメルには亡くなったとはいえちゃんと母親がいたわけで……。


「ウーィルが昼間から飲んだくれるようなダメ娘に堕落しちゃったのも、家に叱ってくれる人が居ないからだと思うの。だから私が母親代わりにビシビシ叱ってあげるわ」


 い、いえ、そーゆーの間に合ってますから……。


「そして二人の結婚式には、私が母親として出席してあげる。あ、その前に、すてきな結婚相手を見繕ってあげるわ。任せて!」


 あのー、俺達の前に、レイラは自分の結婚相手を捜すべきじゃあ……。


「だまらっしゃい! なにか文句あるっての、このアホ娘!!」


 い、いえ、ありません。……よろしくお願いします。



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