これから

 夜が明ける前に目が覚めて、外に出てみた。

 昨日の夜、久々に会った友達と盛り上がりすぎて、遅く帰ってきたのに目が冴えてしまったのだ。


 一週間前の私みたいに出勤する人、登校する人。

 犬の散歩をする人、ジョギングする人。


 平日だけど、いろんな人がいる。

 私は走るほどの元気はなくて、ぶらぶらと公園まで歩く。

 近くの自然公園は土日になれば親子連れでにぎわうけれど、今日は鳥の鳴き声が響くくらい静かだ。


 そういえば、このあたりに家を借りたのも、内見のときにこの公園を気に入ったからだった。

 あの頃は休日にここで寝転がって、のんびり昼寝でもできればな、と思っていたっけ。

 ずいぶんと前の記憶のようでいて、本当はここ二、三年の記憶

 じっさいに昼寝をしたことは、ない。


 ちょうど芝生広場に出た。同時に白んでいた空から太陽がひょっこりと顔を出す。


 今更何をためらう必要があるのだろうか。

 ふと、そんなことを思う。


 決行歩いたし、ちょっと休憩していこう。



 木陰に寝転がる。寒くも暑くもない、ちょうどいい気温。

 ぼうっと空を見上げている間に、だんだん眠くなってきた。



 はっと目を覚ましたとき、誰かがかがんで私の肩をゆすっていた。

 男の人だ。警戒して飛び起きて、少し距離をとったところで、その細身のシルエットにどこか既視感を覚えた。


「あの、風邪ひきますよ。」


 落ち着いた低い声。耳に馴染んだその感覚。


「……先輩?」


 相手が目を見開き、そして私をフルネームで呼んだ。

 やっぱり。大学のゼミの先輩だ。

 告白なんてしたことのなかった私が、初めて想いを伝えた相手でもある。

 先輩が四年生のときに一年ほど付き合ったけれど、卒業を機に疎遠になってしまったんだっけ。


「うそ。久しぶりだね。どうしたのこんなところで。」

「仕事休みなんで、ちょっと散歩に。」

「へえ、優雅だなあ。」

「先輩こそ、どうしたんですか?」

「ああ、家がこの辺でさ。ちょっと作業に煮詰まっちゃって、気晴らしに来た。」


 そういえば先輩の就職先はデザイン事務所だったっけ。最近独立したと誰かが連絡ついでに言っていた気がする。

 それにしてもこの近くに住んでるなんてびっくりした。


「お家この辺なんですか?」

「うん。ほら、ここの公園が近くて環境がいいと思って。」

「私もこの近くに住んでいるんです。」

「はは。やっぱり似たようなものが好きになるんだなあ。」


 ひかえめに笑う先輩は、大学のときと変わらずちょっとかわいい。

 昔を思い出して、私もけらけらと声を上げて笑った。


「ねえ、今日暇?」

「はい、特に予定はないです。」

「せっかくだし、朝ごはんでも一緒にどう? さいきん一人で作業することが多くて、誰かと話したいと思ってたんだ。」

「私も、先輩ともっといろいろ話したいです!」


 先輩はおいしいパン屋さんがあるんだよ、とゆっくり歩き出す。私もその隣をふらふらとついて行った。

 朝の街は、すっかり明るく照らされていた。

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