掌編小説・『山』
夢美瑠瑠
掌編小説・『山』
(これは、今日の「山の日」にアメブロに投稿したものです)
掌編小説・『山』
さちかは、しつこいストーカーに悩まされていた。
「Father」と名乗る正体不明の男が、のべつ幕なしにケータイに電話やメールをしてくるのだ。いくらブロックしても、無数にアカウントやら端末やらを保有しているらしくて、きりがない感じなのだ。
そうして、ストーカーのくせに、態度が傲慢というか、罪の意識が微塵もない。
言外に、まともに人間扱いされるべきでないお前などはストーキングでもされていないとみんなが納得しないのだ、とでも言いたそうなのである。
不気味な構図で、反吐を催すような醜い自分の写真ばかり送り付けてくる。
常に上から目線で、おためごかしな調子で、甚だ不愉快の極みなのだ。
「私は神であり、全知全能で、そういう私の降臨を感謝しろ」とか、そういう荒唐無稽で意味不明で、押しつけがましい言い草を繰り返していて、さちかは不眠やストレスで精神に異常をきたしつつあった。
そのくせテレフォンセックスが巧みで、ちょっとマゾっぽいさちかの弱点を見抜いて、悪魔のようなささやきで官能的な気分を引き出されて、自慰を強制されて、さちかは思わず我を忘れたはしたない声をあげさせられたりしてしまう。
恥ずかしいし、気持ち悪いし、どうにかしてほしい。
そのための迷惑防止条例だろ?
悪質で執拗なモラハラ、セクハラ、パワハラが、もう半年以上続いていて、何度も警察に相談してみたが、逆探知の網をすり抜けるような変な防衛措置を施しているらしくて、居場所も、正体もつかめないのだ。
昔話の伝承で、「山父」という化け物のことを読んだことがあるが、ちょうどそんな風にさちかの思っていることとか、意識内容を見抜くことに巧みで、常に先回りしてさちかの言動を冷笑して、人間としてのさちかの尊厳を嗤いものにして。それが無上の快楽、とそういった按配なのだ。
邪悪で、残虐な性質の、恐ろしい化け物なのだ。
「山父」という化け物の場合は無意識の行動が、山父の一つ目を潰して、化け物は「人間は考えてもいないことをするから恐ろしい」と、退散することになっているが、さちかの場合は解決の糸口すら見つからず、だんだんと得体のしれない何者かが、途方も無いような、この世界すら滅ぼしかねないような、すさまじい悪意と潜在能力を秘めた、異世界から来た侵略者か?そういう風にも思えてきた。
電話口の化け物は、決してまとまったことは喋らず、主としてオウム返しで幼稚な片言隻句をできるだけナンセンスで癇に障るような意味や調子でリフレインして、勝手に勝ち誇ってばかりいる。
電話番号やアドレスを変えても、すぐまた嗅ぎつけて、昼夜を問わずにさちかを痛めつけるためだけにストーキングを繰り返す。
精神科医は「無視するしかない」とか、「慣れないものかな」と、消極的な解決策しか提示してくれない。神経衰弱のあまりにさちかは仕事も罷めてひきこもりになってしまった。
だんだんに病状は進行して、さちかは憔悴して、ベッドから起き上がれなくなった。
幻聴や妄想にとらわれ始めて、薬の副作用で湿疹だらけのお化けのような顔になってしまった。
それでも真っ黒な悪意の塊のようなストーキング、果てしのないいじめ、は止まず、さちかは死を決意せざるを得なくなった。
以前に読んだ本に、「富士山の樹海で睡眠薬自殺すればまず誰にも見つからなくて、後腐れがなくていい。野犬が死体を始末してくれる」と、そういうことが書いてあったのを思い出して、ある天気のいい週末の「山の日」に富士登山を決行した。首尾はスムーズに遂行されて、さちかは不帰の人となった。
「山父」は実在する。そうしてこれと全く同じ趣意の実話がこの世界ではリアルに展開していて、たくさんの人間が死んでいるのだ。
<了>
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