第171話 誘惑



 舞台の隅に弾き飛ばされていくグレン。


 ふん、他愛もない。


 ギガースはすぐに再度の追い打ちをするべく、近づいていく。そしてまた鉄球をグレンに投げつけた。グレンはまた残像を残しながら次々と移動していく。


 またこの技か……、もう見飽きたわい!


 ギガースは鉄球に魔力を送りつつ、当たっては消えるグレンの姿を追い続けた。だが、今回は7度も残像を消したが本体に当たらなかった。そうしているうちに、自分の足へ攻撃されたのがわかった。


 恐らく、すり抜けながら攻撃していったのだろう。だが、その程度……、ワシの再生能力を持ってすれば傷のうちににも入ぬ。


 足の切られた部分から血が垂れ落ちるが、それも一瞬。すぐに傷口は塞がり、元の状態になる。


 グレンといったか……。確かにその剣の腕は確かなものだ。これだけワシを傷つけたのもバハル以来のことだ。しかし、あのバハルの攻撃ですら、ワシの防御力と再生能力を上回ることは出来なかったのだ。


 ましてあの非力な体ではワシを倒すことなど不可能であろう。


 ワシはグレンに言葉をかけてやることにした。


「グレンよ。見事な剣捌きである」


「…………」


 グレンは何も言わない。まるで何かに操られているかのような目つきだ。


「だが、相手が悪かったようだな。貴様は非力すぎるのだ。いくら技があってもワシを倒すことは出来まい? せめて苦しませずにワシが葬り去ってやろう。無駄な抵抗などやめるが良い」


 ワシは鉄球を手に持ち、そして振りかぶってグレンに投げつけるのであった。




   ***




「随分と熱心に見るのだな……」


 白いローブを着た男が言った。その男の前にはトカゲの頭部を持つ男が舞台への花道の入り口から舞台を熱心に見ていた。


「次の試合で当たるかもしれんのだ。俺の猛毒が勝るか……、奴の再生能力が勝るのか……。だが、あのグレンとやらの刀ですら碌なダメージにならないとは……」


「フッ」


 白いローブの男が不意に笑い出す。


「何がおかしい?」


 トカゲの頭部を持つ男、ニュートは白いローブの男を睨みつけた。


「あのグレンとやら……、どうやら本体はあの刀のようでしてね。恐らく、刀がその辺の男でも乗っ取って操っているのでしょう。今、ギガースにダメージを与えられないのは単に力がないだけ。乗っ取る体を間違えたようですねぇ。元が非力な人間では亜神を倒すなど……」


「何? 刀が本体だと?」


「えぇ、あの体はもはや霊体に近くなっています。酷使されすぎたのでしょうね。そろそろ限界を迎えると思いますよ?」


「俺は欲しい……。あの神と呼ばれるギガースすら傷つけるほどの武器が……。貴様は神具とやらは持っていないのか?」


「残念ながら……、私は蛇の国の神。私が出来るのはアナタの毒を強化するぐらい。……ですが、あのグレンとやらに話してみてはいかがですか?」


「バカなっ、今たたかっている最中だというのに話しかけるだと?」


「そうです。まぁ念話というやつですよ。アナタの意思とグレンの意思を一時的に繋ぐくらいはできますよ? いかがです?」


「……わかった。やってみてくれ」


 蛇の国の神は一つ頷くと魔法を発動した。その魔法は薄っすらと黒い霧が現れる、というもの。ニュートの口とグレンの刀の周りにそっと発生した霧は二人が会話できるようになるのであった。


 神はその光景を微笑みを顔に貼り付けて見守るのであった。




   ***




 ぐっ、体のほうがもう限界が近いのか……。


 グレンは焦っていた。今、目の前にそびえ立つ巨人を打ち取るには圧倒的に力が足りていなかった。技はなんとかなるのだ。グレンとは刀の銘であった。男が持っている刀こそが本体であった。この刀が男を操ることにより、俊敏な動きも達人の如き剣捌きも実現していたのだ。


 それでアヤカシの国では戦い抜いてきた。だが、その辺で捕まえた、ただの侍の体は限界がすぐに訪れてしまった。今も迫りくる鉄球を躱すことが出来ず、仕方無しに刀で受けるも体ごと吹き飛ばされてしまった。


 もっとこの体が早く動ければ……、もっとこの体に魔力があれば……、もっとこの体に力があれば……、


 もっと多くの血を吸うことが出来るのに……。


 グレンの魂を維持するためには生物の生き血を刀身から吸い上げる必要があった。自らが生き残るため、グレンは我武者羅に周りの生物を傷つけていく。そして、血液を吸うことで魔力を回復し、また、自己再生も出来るのである。


 だが、こうも吹き飛ばされていては魔力の損耗も激しく、ジリ貧の状態だ。


「ウボアアアァァァァッッッ!!!」


 男の体が悲鳴を上げた。


 グレンが男から魔力を一気に吸い上げ、駆けた刃を修復し、次の攻撃に備える。だが、度重なる魔力の吸い上げに男の体が限界を突破してしまった。


 男はついに膝から崩れるように地面についてしまう。


 クソッ! 動かぬかっ!!! さっさと魔力を回復しろッッッ!!!


 グレンの思いは男には届かない。男は一歩も動けぬまま、ギガースの鉄球が迫っていた。


 グウゥッッッ!!!


 膝をついたまま、刀で受けるも、踏ん張りが効かず、またも吹き飛ばされる。


 グワアアアァァァッッッ!!!


 しかも今の一撃で自分の刀身が真っ二つに折れてしまったのだ。


 刀ゆえ、痛みは感じぬが……、もはや、これまで……か。


 諦めの気持ちが芽生えた時だった。


『グレンよ。俺に力を貸せ』


 グレンの魂に直接、響いてくる声があった。


『何奴だ? 戦いの最中に念話で話しかけてくるとは……』


『俺はニュート。蛇人族スネークマンの代表者。俺に力を貸せ、グレンよ。お前と俺が組めば亜神など恐れるに足らず。お前の望みも、俺の望みを叶えられるだろう。俺の元へ来い』


『…………』


 突然の声にグレンは戸惑った。しかし、現状、手が他にないのも事実。蛇人族に果たしてオレが使いこなせるのか? オレを御しうるだけの力を持ち合わせているのか? そうでなければ、亜神であるギガースやバハルを倒すことは叶わないだろう。


『どうした? そのまま朽ち果てるのが望みか?』


 眼の前では立ち上がることすら出来なくなったオレにさらに追い打ちするべくギガースが迫っている。最早、時間的な余裕もない、か。


『……よかろう。だが、意思の弱い者はすぐに俺の呪いに支配されるだろう。貴様の意思は固いのか?』


『無論だ。オレはこのトーナメントを勝ち抜き、世界に君臨する王となる男だ。貴様も使いこなしてみせよう』


『……そうか。ならば……使いこなしてみせるがいいッ!』


 その瞬間、刀であるグレンの姿が消えた。グレンを持っていた男は瞬時に元の姿に戻る。グレンに操られる前の素の人間の姿に。そして……、


「あああーーーーーッッッ!!! ついにギガースの鉄球がグレンを捉えたーーーーーッ! グレン、無惨にも鉄球の下敷きになってしまったーーーッ!」



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