第163話 第五試合 決着



「もらったよ!」


 キュイジーヌの勝利を確信したかのような声がした。ワシはキュイジーヌの顔に背を向け、盾も手放し、身をかがめ、自らの命を守るべく丸まった。


 このヴァンパイアの攻撃は無慈悲ともいえる炎の攻撃。まともに貰えば一瞬で灰になってしまっただろう。だが、ここで奇跡が起きたのだ。


 それは、ワシが背中に背負っていた大樽。その中には、このトーナメントで使うべく、大量の剣や防具、アイテムを入れていたのだ。この大樽の中に入った武器たちが地獄の炎の中、溶かされながらもワシの身をかろうじて助けてくれたのだ。


 ワシはその武器達を頭だけ振り返りながら横目に見た。


 とてつもない高温にさらされ、その姿を徐々に消していく武器たち。そのどれもがかつて、自身が苦労して作り上げた珠玉の作品達。これらはもう、自分が生み出した子供のような存在だったのだ。


 今、自分の子供達がワシを守るべく犠牲になっていた。


 ワシはハッとした。


 一体、ワシは何と言うことをしてしまったのか。この大切な子供ともいえる武器たちを地獄の炎の中に晒し、自分だけがのうのうと生き残ろうとしていた事実に気づいたのだ。


 気づいたときにはもう手が動き始めていた。キュイジーヌの吐き出す炎に対する恐怖心も無くなっていた。


 ワシは一本の武器を手に取り、無我夢中で手に最初にぶつかった魔石を剣の柄にはめ込む。そして……、


「ぬりゃあああーーーーーッッッ!!!」


 地獄のブレスに対し、剣に魔力を目一杯注ぎ込みつつ振り下ろす。


 ブレスをその剣が真っ二つに割りながらワシは必死に魔力を込め続けた。


 やがて、ブレスが止み、ワシの持っていた剣も完全にその姿を溶かされ、チリと消えていった。だが、ワシの体は残ったのだ。


 未だ土煙がもうもうとする中、キュイジーヌは自分の勝利を確信したように言い放った。


「勝ったッ!!! ボクの勝ちだッ! クッハハハハハッ!!!」


 そいつはまだ早いんじゃねぇか……。ワシはブレスの影響で数メルほど後退させられていたのだ。そして未だ貼れぬ煙がワシの姿を完全に隠してくれていたのだ。


 勝機ッッッ!!!


 ワシは駆けた。キュイジーヌは未だにワシの大盾を掴んでいた。そこには、先程突き刺した剣が未だに残っていたのだ。


 素早く剣をキュイジーヌの手から抜いた。


「なっっっ!!!」


 怪物は驚きに目を見開いた。が、もう遅い。


 ワシの剣はヤツの体を斜めに切り裂いたのだった。


 吹き上がる青い血。叫び上がる断末魔。倒れ込む巨大な体。


「あああぁぁぁーーーーーッッッ!!!!! バッジの剣がっ、キュイジーヌを切り裂いたーーーーーッッッ!!!」


「こ、これは決まりでしょう!!!」


「勝者っっっ!!! バッジーーーーーっっっ!!!」


 へっ、やっと一回戦突破か……。こりゃ骨が折れるぜ。


 ワシは勝利の余韻に浸る間もなく、そのまま仰向けに倒れ込み、意識を手放すのだった。




   ***




 静かに倒れているキュイジーヌの体。その再生能力はすでに大きな傷口を塞ぎ、流れ出ていた血はすでに止まっていた。


 だが未だ意識が戻らぬまま、ただ控室に体を横たえていた。


 その傍らに白い霧が現れると中から出現したのは白い服を着た男。


「我らの計画に乗っていただき誠に感謝申し上げましょう。ですがそれもここまで。アナタの魂は大神の復活に捧げられるのです。これ以上、光栄なことなどないでしょう!」


 男は声を高らかに宣言した。そして、腰から短刀を抜き放った。


「そこまでだ」


 白い服の男の後ろから声がかかった。


「ほぅ? 結界を張っていたのですが……、あれを抜けてくるとは、たいしたものですね……。黒騎士どの……」


 黒騎士は黙ったまま剣を抜き放った。そして魔力を込めると、黒い剣が紫色の炎を纏い、燃え上がる。


「問答無用というわけですか……。ですが、あなたがた人間が、神である私に勝てるとでもいうのですか? 全く、人間界の神は何をしているというのです? 敗北した戦士の処分もできぬとは……」


 神を名乗った男は持っていた短刀に魔力を込めた。そして素早くキュイジーヌに向かって投げ放つ。


 キィィィンッッッ!


 甲高い金属音が鳴ったかと思うと、その短刀は跳ね返され、回転しつつ天井へ刺さった。


「あくまで邪魔をするというのですね」


 こめかみをピクピクと動かしながら神は黒騎士を睨みつける。


 気づけば黒騎士は神とキュイジーヌの間に割って入っていた。


「このキュイジーヌの代わりと言ってはなんだが……、貴様の魂をその大神とやらにささげてやろう。覚悟するがいい」


 神は黒騎士の物言いに思わず笑みをこぼした。


「くはっ! 人間風情が思い上がりおって。神の怒り、思い知るがいい!!!」


 神の長い金髪がオーラを纏いながら逆だった。そして、体全体が金色に光り輝く。


 対して黒騎士もその体内の魔力を開放した。


「安心するがいい。貴様の張った貧相な結界よりも数段すぐれた結界を張り直してある。これで大きな音が出ようが、助けを求めようが、一切が外には漏れることなどない。安心して天に召されるがいい」


 黒騎士の魔力はドス黒く、巨大なオーラとなって黒騎士を包み込んだ。そのあまりの濃密さ、大きさ、そして異様さに神は一歩後ずさる。


「ぬぅ!? 貴様……、その魔力……、人間ではないのか?」


「いや、俺は間違いなく人間さ」


「そんなバカな! 人間ごときが神の力を超えるだと? ふざけた奴め!」


「それで? 俺を処分するんじゃないのか? かかってこないなら俺が貴様を処分してやるとしよう」


「くぬっ!!!」


 キュイジーヌの眠る控室で人知れず、戦いが始まるのだった。


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