第141話 王の孤独
「陛下は飽きていらっしゃった……。だが、どうだ? 今の闘っている陛下の楽しそうな顔は!」
阿修羅の国で宰相を務める男、ブーズは阿修羅の国全体に現れたモニターを見ながら満足げに頷いた。
自分たちの王であるズールの孤独を誰よりも近くで見てきたのだ。そして、いつか彼が満足しうる敵をみつけることこそ、宰相を務める自分の役割だと信じていた。そう、あの日、神に出会った日のことは今でも忘れることは出来ない。私は潤む目をこすりながら、旅立つ前の事を思い返す。
***
「くだらぬ……、この程度の力量であったか……」
吐き捨てるように感想を述べる王の足下に転がるのは、最近になって序列を大きく伸ばした新進気鋭の若き阿修羅。
活きの良い若者が出てくる度にこうして王に挑戦をさせてみるものの、結果が変わることはなかった。王はこれで30年以上の永きにわたり不敗。通算戦績も8000勝をマークした。もちろん、引き分けや敗北などない。この記録は王が16歳になり、闘士として登録してからの正式な記録である。
阿修羅の国。そこは闘いこそ全て。国の序列は全て闘いによって決定するため、上位の入れ替わりは非常に激しい。国を支える大臣クラスなどは頻繁に入れ替わりが発生していた。
その阿修羅の国で王位を30年以上もの永きにわたり、防衛し続ける男がいた。ズールである。
彼は歴代阿修羅でもナンバー1の実力を持つと言われていた。かつてこれほどの永きにわたり政権を維持した王はいなかったのだ。
だが、あまりに突出しすぎたその実力のため、相手がいなかった。
敵を求め、近隣の諸国を攻め滅ぼすも手応えはない。あまりになすがままに蹂躙できてしまうがために、他国へ攻め入るのも辞めてしまった。手応えがなさすぎたのだ。
王は単身、凶悪な魔物が出現すると言われる魔境へ潜り込み、ジャイアントトロールや、ドラゴン、オーガ達とも闘ってはみたが、彼を満足させる者はいなかった。
阿修羅の国の大陸ではもう彼を超える者は存在しなかったのだ。
「もう、陛下を楽しませてくれる実力者は……いないのだろうか……」
昔はよかった。子供の頃ならば、短い手足、すぐに切れてしまう魔力、力では絶対に適わない大人達。ズールは身体が一回りも二回りも違う大人に混ざって修練を重ねていた。そう思っていたのも数十年も前の話だ。
成長するにつれ、手足は伸び、魔力は増え、陛下よりも力が強い存在など、一部のドラゴンくらいのものになってしまった。
「これが、王の孤独……」
ふぅー、っとため息が漏れてしまった。
「我はこの先、闘いを楽しめることは出来ないのだろうか?」
疲れ切った顔つきで項垂れるズール。
「これは失礼いたしました。次こそは陛下のお眼鏡に……」
「いや、もう良いのだ」
陛下に言葉を遮られてしまう。
確かにこのやり取りも30年続いているのだ。今更取り繕った所でどうなるわけもない。
だが、自分も阿修羅の国の闘士として生まれたからには、一度でも陛下を危機に陥れてみたい。そう願ってはみたが、陛下の強さはあまりにも突出して強大すぎた。自分では足下にも及ばないのだ。
以前は悔しさもあった。が、そんな気持ちすらもうなくなってしまったのだ。
だが、陛下にはもっと強敵と出会って欲しいと切に願う。こんなちっぽけな国に収まるような男ではないのだ。
そんな事を思いながら陛下と二人、控え室で沈黙していた時だった。突如、光り輝く男が出現したのだ。
「む? 貴様は誰だ? どうやってここへ入った?」
今、陛下が休まれているこの場所は闘技場の控え室。ドアは全て閉じたまま、誰かが開けた形跡すらない。
私は腰に提げた剣を素早く抜き、白く輝く男に刃を向けた。
「私はズールを迎えに来たのです」
「貴様、陛下を呼び捨てにするとは! この無礼者がっ!」
頭に血が上り、手に持っていた剣をその男に投げ放った。
しかし、剣は途中で固いモノにでもぶつかったように弾かれた。
「なに? 妖しい奴め! 覚悟しろ!」
白く輝く男に斬りかかろうとしたとき、私の胸を抑える手が伸びてきた。
「陛下……」
「よい、ブーズよ。我はこの者の話を聞いてみたい」
「はっ、仰せのままに」
私は陛下の後ろに下がり、様子をみることにした。
「さすが、血気盛んな阿修羅族の者ですね。そうでなくては」
白く輝く男は刃を向けられたにも関わらず、ニッコリと微笑むのだった。
***
ズールはブッピーの大剣を弾き返し、そのままの勢いで斬りかかっていく。
「陛下……、良かった。初戦の敵がこれほどの実力者で本当に良かった」
宰相であるブーズの顔を涙が流れていく。それほどにまでズールには敵がいなかったのだ。
ブッピーに斬りかかるズールの顔は笑っていた。口元が、目元が、頬が、全力を持って闘えることに喜びが溢れていた。
「なんとしても勝利してください! 陛下! 次の対戦相手も必ずや陛下を満足させられるはずです! あぁ、素晴らしい! なんて素晴らしいトーナメントなのでしょう!」
ブーズはいつしか手を強く、震えるほどに握りしめ、モニターに必死になって見入るのであった。
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