第93話 聖戦 2



「あら、姉さんったら張り切っちゃって。さて、私も動きましょうかね?」


 霞の目の前には空を覆い尽くすほどのファイヤーボールが数十発が宙に浮いている。


「ウチらを舐めたら、痛い目に遭うってこと、おわかりいただきますえ?」


 無数の炎の玉が霞へ目がけて襲いかかる。


「ふふっ、可愛い炎だこと。風の精霊よ、遊んであげなさい」


 霞が手を前にかざす。すると風が吹き荒れ、渦を巻き、竜巻となって現れた。


 ファイヤーボールを全て吸い込み、巻き上げ、遙か上空に吹き飛ばしてしまった。


「なっ!」


 チコは驚きの声を上げ、開いた口が塞がらなくなっている。


「あら? その程度なの? もっとアナタの攻撃、見せて欲しいのだけど……」


 チコは、はっと気付いたように気を取り戻すと、こめかみをヒクヒクと動かし、


「ウチを舐めたこと、後悔してもらいますえ?」


 低く、震える声でそう絞り出すと、再度、ファイヤーボールをいくつも宙に浮かべていく。だが、先ほどと違うのは霞の上空に氷の槍アイシクルランスを多数配置し、さらに、霞を取り囲むように周りの土が先端の尖った筒状に変形し、土のミサイルアースジャベリン数十発が発射のスタンバイを整えた。


 圧倒的な魔法の数。それは多くの者にとって脅威と言えるだろう。だが……、


「ふわぁぁ、全く、攻撃の用意するだけでこんなに時間がかかるなんて、アナタ、魔法の才能ないわよ?」


 欠伸をしながら呑気につぶやいた。


 その一言がチコを怒りモードに引き込んだ。


「なら、その体に教えて差し上げますえ!」


 怒りに手を震わせながら両手を霞にかざし、全ての魔法を一気に放つのだった。




   ***




 後方待機をしていたエルガは待っていた。


 腕を組み、大きな石に腰を下ろし、ただ待っている。そのドッシリとした構えに焦りの色は一切ない。


 そのエルガの眉毛がピクリと動いた。


「来たな……。皆の者! 各自先頭用意せよ!」


 エルガは立ち上がる。エルガの部隊は皆、士気が高かった。元々、エルガに憧れ、付き従う者で構成されているため、以前より遙かにパワーアップして帰ってきたエルガを喜んで迎えたのだ。


「行くぞ!」


 エルガの号令と共に、兵達も動き出す。その練度は高く、エルガ自身の手ほどきにより、いずれもが一騎当千に値する兵となっていた。


 凄まじいスピードで移動するエルガとその部下達、総勢50名ほどの軍勢は小高い丘に立ち、遠くを見た。すると、森をかき分けるように、新魔王城に直接向かおうとする軍勢を遠くに発見した。


「あれか……。よいか、皆はあの軍勢を徹底的に叩け。俺は先頭に立つ総大将を打つ。決して俺の戦いに巻き込まれるなよ!」


「「「応っ!!!」」」


 エルガは森の上を駆けた。木々が高くそびえ立つその天辺を蹴りながら。


 そして、森を行軍する先頭の部隊へ一気に襲いかかった。


「ふんっ!」


 空中から放つパンチにより、闘気を飛ばす。先頭集団に襲いかかった攻撃は一撃で10名の騎士を馬ごと押しつぶし、地面が大きく抉れる。


 エルガの軍勢が一斉に襲いかかると、あちこちで戦闘が発生し、敵の軍は一気に混乱を極めていく。


 そんな中、エルガ一人をただ見据え、悠々と歩いてくる男がいた。


 赤い鎧を身に纏い、赤く巨大な剣を背中に担いだその男はエルガの前でゆっくりと剣を抜き、構える。


「貴様が魔王とやらか?」


 その男は魔王軍を知らないのだろう。一番強い者が魔王だと認識しただけのようだ。


「俺は魔王軍を統括する将軍エルガ。その首、もらい受ける」


「ほぅ! 貴様……強いな。わかる、わかるぞ。その立ち居振る舞いから貴様の強さが手に取るようにわかる。相手に不足はなさそうだ。俺はFina1。冥土の土産に覚えておくがいい!」


 Fina1は剣を抜いた。赤く光るその剣は魔力を纏い、燃え上がるようにオーラが揺らめく。


 二人は構えたまましばらく動かなかった。その構えからお互いの実力を確認しあうように。周りの戦闘音がけたたましく鳴り響く中、エルガとFina1の周りだけは静まりかえっていた。


 そこに突如、爆風が吹く。近くで強大な魔法が使われたのだろう。だが、二人の視線は動かない。ただ黙って相手を見つめ、その呼吸を読んでいた。


 そして、さらなる爆発が起こる。二人の間に爆煙が流れ、視界を奪い取った。


 その瞬間であった。Fina1の姿が消えた。


 ガギィィィン!!!


 Fina1が上空から剣を打ちおろす。エルガのは腕に着けた籠手こてで防ぐと、すぐさまパンチを放つ。


 Fina1の体は上空にあったにも関わらず、姿を消し、そのパンチを躱すと、また離れた所へ移動しているのだった。


「やはり……、出来るな。嬉しいぞ! 貴様ほどの使い手と出会えるとは!」


 Fina1は両手をいっぱいに広げた。その顔は興奮し、口角が吊り上がる。


「フム、ハイスピードによる攻撃、見事なものだ。だが……、俺に通じるかな?」


 エルガは余裕の笑みを浮かべる。


「ほざけっ! これが貴様に追えるか?」


 Fina1は自分の残像を各地に残しながらハイスピードでエルガに迫った。


 そして、本命の一撃はエルガの背後からの攻撃。剣を両手で突きだす。エルガはまるでついて行けてないかのように棒立ちだ。


「もらった!」


 Fina1はエルガの背中に剣を突き入れた。が、エルガの体がブレるように消え去る。


 そして……、


 ゴシャッ!


 エルガの放ったパンチがFina1を捉えた。肩口に放たれたパンチはFina1の来ていた鎧をべっこりとヘコませ、Fina1は十メル以上も吹き飛ばされた。


「くっ」


 Fina1は飛ばされながらも身を回転させ、地面に華麗に着地する。特にダメージは負っていないように、すぐに立ち上がった。


 ぺっ、っと地面に血糊を吐き出すと、目を今までとは全くの別人のような鋭さに変化させた。


「やってくれるじゃないか。スピードは俺の方が上のはずだが……、攻防に関しては貴様の方が上手ということか」


 もはやFina1に油断はない。腰からショートソードを左手で抜き、二本の剣を交差させるように構えた。


「今のやりとりでその程度しかわからんようでは、期待外れだな。出直すつもりはないのか?」


 エルガの放つ侮辱とも言える言葉にFina1の髪の毛が逆立った。魔力を解放し、その魔力がまるで激しい炎のように揺らめく。


「必ずや、貴様を後悔させてやろう。ここからは本気だ」


 Fina1の姿は炎の揺らめきだけを残し、また消えるのであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る