第15話 オークジェネラル戦
(ミーナ視点)
不思議な男、ソウに出会ったのはオークに攫われて、担がれている時だった。
んっ、お願いっ精霊さん! 協力してっ! オークから逃げられればそれでいいのっ! ビックリさせてスキを作ってくれるだけでいいから!
小爆発の魔法が発動した。しかし、オークの赤い目の色は全く動ずることなく、何事もなかったかのようにそのまま進行を続けた。
も、もう……だめなの? 私、オークの苗床になって死んじゃうんだわ!
絶望が私の心を支配しつつあり、もう抵抗する気も無くなってしまった時だった。
突然、多数のオークが頭を燃やしバタバタと倒れていったのだ。
「何なの? 何が起こっているの?」
黒い炎。こんな魔法は見たことも聞いたこともなかった。私はエルフとして生まれて百歳になる。エルフの里を出て、人と暮らして五十年以上行きているのだ。
これまで色んな魔法をこの目で見てきたというのに、あのオークをたった一発の魔法で倒していくなんて!
その男は黒く短い外套を着ていた。中に着ているシャツは完璧に漂白されて不自然なほど白い。よく見ると、羽織っている外套も黒光りする不思議な服だった。靴も革靴とは思えないほどの黒さで、薄く、そして、光を反射してテラテラと光っている。
異国の者はかなり見てきたけれど、こんな格好をする人も初めてだった。
男はあっという間にオークを全て倒し、我々の所へ近づいてきた。
私はエリザとお互いの無事を喜び合った。
そのエリザが私達を代表して、彼と話してみることになった。
エリザ、大丈夫かしら……、あの男は私達の味方なの? それとも……。
男はエリザと話を始めるとすぐに何かの魔法を使ってくれた。
私達の傷や痣は完全に癒えただけでなく、古傷まで消えてしまった。それどころか、みんなの顔や手のシワまで減っていったのだ。
「若返ってる? そんな馬鹿なこと……、あるわけないのに……」
これは一体何? 何の奇跡なの? この男は神だとでも言うの?
ただでさえ、絶望に瀕していた私達を救ってくれただけでなく、体も清めてくれたせいもあって、女達の彼を見る目が信仰の目に変わっていった。
だが、私だけは騙されなかった。あの男がエリザを見る目はそこらの冒険者がエリザを値踏みするように見る目だったからだ。
エリザと話をしながら鼻の下を伸ばしてだらしなく顔がニヤけている男を見て、私は無性に腹がたってしまったのだ。
エリザは今でこそ親友だけど、私はエリザの母親とも親友だったのだ。エリザの母親は街で一番の薬師で私が取ってきた薬草を大変気に入ってくれた。そこから長い付き合いなのだ。その母親が亡き今、私はエリザの親友兼、母親代わりでもあるのだ。
エリザはもう16歳。そろそろ良い男と巡り合って欲しいとは思うけれど、野蛮で粗野な男だけは絶対に近づけさせない!
気づくと私は男に失礼なことをたくさん言ってしまった。本当は感謝していたんだけど……。
後で本当に自分が嫌になってしまった。
それでもエリザは分かってくれた。
「ミーナ、ありがとう。私のために色々と言ってくれたんでしょう?」
「うぅん、私は嫌な女なのよ。助けてくれた彼に感謝も言わず、疑うようなことばかり言っちゃった」
「そんなこと言わないで。ミーナが言ってくれるの私、嬉しいんだから。いつも野蛮な男達から守ってくれるのはミーナだって、私、本当に感謝してるんだから」
「エリザ……」
「ほら、そんな暗い顔しないで。あなたにそんな顔は似合わないわ」
「うん……」
しばらくエリザのお店の片付けをしているとあの男、ソウがやってきた。
話を聞いていると薬草の採集を手伝うと言い出した。
私は私なりに彼にお礼がしたかった。それで、薬草の見つけ方や見分け方、採集の仕方など、私が得意なことでお礼にならないかな?って思ったんだけど……。
また憎まれ口を開いてしまい、強引に着いていく感じになってしまった。
彼に嫌われてなければいいんだけど……。
森に入ると清々しい空気が私を包み込んだ。今まであった嫌なことがスッと無くなっていくようだった。
機嫌よく薬草を採集していると、ソウが不思議そうにこちらを見ていた。
何でも雑草と薬草の見分けがつかないみたいだった。そして、精霊魔法の存在を教えてあげると、彼はすごく興味を持ったようだった。やっぱり学者肌の人なんだろうな。
考えている彼の姿はちょっとだけ素敵に見えた。
そんな時だった。彼の顔色が突然変わったかと思うと、私をひょいと両手で抱えたのだ。
うそっ! やだっ、私っ、まだ心の準備が……、なんて勘違いしたのも束の間、彼が木々を飛び跳ねて行くと、無数にも見えるほどのオークの群れが眼前を埋め尽くしていた。
そ、そんな……。ウソでしょ? こんな数……、絶対に倒せっこないっ!
私の手はブルブルと震えた。ソウにギュッと抱きついてなんとか恐怖に耐えながら、彼に逃げるよう精一杯伝える。
でも彼の目には恐怖の色はなかった。オークの大群を目の前にしても全く動じない。
異国から来たからオークを侮っているのだろうか?
私は必死に説得した。
私のせいでソウが死んでしまうなんて絶対に嫌だったのだ。
しかし、どれほど言葉を尽くした説得もソウは聞き入れなかった。
そして、私に謝ったのだ。すまなかったと。
私がソウの実力を勘違いしていた? 一体何のことを言っているのかよくわからない。しかも縛りプレイなんて言葉まで飛び出した。
私は百年も生きてきたけれど、実は男の人を本当の意味では知らない。見た目が幼く見えるからだろうか、言い寄ってくる男もいなかったし、それで困ったこともなかったからだ。
縛りプレイとは恐らく、王都で流行っている”薄い本”に出てくる相手を愛しすぎるがゆえに色々とやってしまうアレだということは私にだって想像はついた。
そんなことを私にしようだなんてソウという男は変態なんじゃないか? って本気で心配しちゃった。
どうやら私の勘違いだったみたいで少し安心しちゃったけど……、でもこれほどの数の敵を一体どうするつもりなんだろう?
彼は私を強引に背中に背負うと、オークがひしめき合う中にとびおりたのだ!
信じられない! 彼は今の今まで手には何も持っていなかったのに、いつの間にか手には光る剣を、それも両手に持ち、それを自在に振り回していく。
一振りするたびに十体以上ものオークの体が真っ二つに分かれていく。
わずかに数瞬しただけで百体以上ものオークの死体が転がったのだ!
圧倒的だった。彼はオークに攻撃をさせる間もなく次々に葬っていく。
だが、オークの数は半端じゃなかった。どれだけ仲間が死んでもその死体を乗り越え、どんどん攻めてくるのだ。
だが、次の一言は私を震撼させた。これほどの強さを見せていながらも、彼はまだ本気ではないというのだ。
しかも、森の木を心配していたと言う。今はオークを先になんとかしなければ、森の木々もどんどん倒されてしまうのだ。のん気に構えている時ではないというのに!
その次に放った技はまさに強烈無比。これほどの攻撃というものを私は初めてみた。剣から出た衝撃波がオーク達を貫いて遥か先にある岩に衝突したのだ。その間にいたオーク達はみな一瞬で絶命した。
彼はあれほどのオークを目の前にして全く怖がった様子すら見せなかったのは本当に余裕だったからなんだろう。
私は驚きのあまり、声が出なくなってしまった。ただガッチリと彼の背中に捕まって、彼が生き残ったオークを掃討するのを見ているしかなかった。
強さの次元が違っている。そう思ったのは、逃げ惑うオーク達を後ろから容赦なく倒していく姿を見てしまったからだ。
オークが逃げ惑う? バカ言っちゃいけねぇ! と街の人々に言われることは間違いないだろう。こんなことを言った所で信じてくれる人なんていないのは分かってる。
彼はオークの位置がほぼ正確に分かっているかのように飛び回った。彼の行く所、オークの断末魔が上がっていく。まさにオークにとって彼は死神そのもののようだった。
もう視界には生きているオークが入らなくなってきた頃だった。
「グボォォォォオオオオオッッッ!!」
遠くから凄まじい勢いの雄叫びが辺りに木霊した。
私の口は驚きの連続で塞がる暇がなかった。
何も声は出せなかったが、この雄叫びは只者ではない。ソウの体を掴む手に力が入る。
やがて現れたのは五メートル以上もある巨体だった。
オークジェネラル。
名前だけは聞いたことがある。
曰く、歩く災害。
オークジェネラルが現れる所、街は崩壊する。そう言い伝えられている。
銀色の毛並みはギラギラと光り、大きな牙が天に向けて生え、赤く光る目でソウを睨みつけた。外見上の特徴から間違いなく、噂に聞くオークジェネラルであることを確信した。
私はゴクリと喉を鳴らした。あまりの大きさ、威風堂々とした体躯、凄まじい声量の雄叫び。
樹齢数百年ほどもある木を引っこ抜き、頭上でブンブンと振り回すと、それをそのままソウを目がけて投げつけてきた。規格外のパワーから放たれる巨木。
一瞬にして、地面は大きく陥没した。
轟音と供に土砂が辺りに襲いかかる。
しかし、ソウと私は瞬時に高い木のてっぺんへと移動していた。
不思議なのは、今いたと思われる所にソウと背中にしがみついている私の姿が残っていたのだ。
その姿を目がけてオークジェネラルはパンチを振り下ろし、足を踏み降ろし、また、巨木を引っこ抜いて叩きつけた。
「あ〜あ、派手にやりやがって。全く雑魚のくせに環境破壊ばっかりするんだから手に負えないな。こんなクズはすぐに駆除しないとな」
まるで緊張感のないセリフがすぐ近くから耳に入る。
うそでしょ? オークジェネラルなのよ?
過去に発生した噂では推定レベル3000オーバー。こんなのを倒すには一国の軍隊では足りない。数カ国の協力が必要なのだ。
「そうら、行くぞ?」
全くやる気のかけらもない声と供に、彼は動き始めるのであった。
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