第13話 ローズの街にて



 たどり着いた街ではオークが暴れまわった跡が痛々しく残っていた。


 破壊された門からは煙が上がっており、その奥にも壊された民家が見えていたのだ。


 まいったな。こんな状態じゃ飯を奢ってもらうのも気が引けちゃうよ。


 俺はもう引き返そうかと思い、立ち止まった。


「どうされました?」


「あ、いえ、オークどもに攻められた跡に驚いてしまいまして……」


「えぇ、私達の住んでいた住居も……」


 暗く俯く女達。


 うーん、こりゃ何とかしなきゃいけないか。


 そんなことを思っていると、兵士が一人こちらに気づき、走って出てきた。


「おおっ! お前たち! 無事だったのか!!」


 全身を鎧に完全武装し、長い剣を帯刀してガッシャガッシャと音を鳴らしながら近づいてくる。


「今、追撃するための兵力を集めていたんだが、皆が無事で本当によかった」


 兵士は安堵の声をもらした。


「ん? お前は? 初めて見る顔だな」


「始めまして。俺はソウっていいます。旅の途中で皆さんがオークに連れ去られている所を見かけまして、なんとか助け出したんです」


「うん? 馬鹿言っちゃいけねぇよ。一人でオークが倒せるわけがないだろう?」


 むぅ、やはりオークはあれで結構強いモンスターなんだな。失敗した。もうちょっと苦戦してるように見せればよかったよ。


 だが、そこでエリザが割って入ってくれた。


「兵士さん。本当のことよ。彼は、華奢に見えるし、異国の服を着てるけれど、凄腕の魔法使いなのよ! オークなんかみんな焼き殺しちゃったんだから!」


 エリザは興奮した顔つきで鼻息荒く、俺の活躍を兵士に語ってくれた。


「ま、マジ?」


「そうじゃなければ、私達が揃って無事なわけがないでしょ?」


「まぁ、確かに。さっきは疑って悪かった」


 兵士さんは素直に謝って頭を下げてくれた。


「あ、いえ。当然のことをしたまでですよ。頭を上げて下さい」


「いや、本当にありがとう! 森の中に討伐隊を向かわせてたら被害はもっと酷くなったに違いないんだ。なんせ森は奴らのテリトリーだ。この街の領主様も心を痛めておられたんだ。君はこの街の恩人だ。是非、このローズの街でゆっくりしていってくれ」


 下げた頭をさらに深くして兵士さんがお礼を重ねた。


「あの、皆さんもお疲れのようですし、そろそろ……」


「あぁ、そうだな。是非俺たちの街へ寄っていってくれ。歓迎するぜ!」


「あ、はい。でもその前に門の壊れた所をなんとかしましょう」


 俺はこの街を覆うようにバリヤーの魔法を使用した。


「しましょうったってな。この有様じゃあどうにも……いっ?!」


「えっ」「うそっ!」「信じられないっ!」


 後ろの女性たちからも一斉に声があがる。


「ちょっと、アンタ!」


 エルフの女の娘が俺の袖を引っ張りながら、眉間にシワを寄せて俺に話してくる。


「え、えぇと。これでみんな安心できるかなぁ、って思って」


「アンタねぇ。こんな街ごと覆う結界魔法なんて常識外れもいいとこよ! みんなビックリしちゃってるじゃない!」


 またやっちまったのか。くっ、この世界は以外とレベルが低いのかな?


「私だってこんな奇跡みたいな魔法、故郷でしか見たことないのよ? しかもその魔法を使ったのはエルフの神様。一体どうなってるのよ?」


 ミーナは我を忘れているのか、俺の顔に寸前の所まで近寄って迫ってきた。


 あ、胸が無いように見えて体が柔らかいっ……、って今はそんなことを考えている場合じゃない!


「まぁまぁ、落ち着いてミーナ。ほら、彼も困っているでしょ?」


「フンッ! 後でゆっくり話しをきかせてもらうんだからね!」


 ミーナはさっさと結界を通って街へ帰ってしまった。


「ごめんなさいね、ミーナったらいつもは冷静なのに、ホント、どうしたのかしら……」


「いえいえ、気にしてませんから! それよりも早く中へ入りましょう」


「そうね。良かったら私の家にも来てもらえないかしら? お礼がしたいのよ」


「お、お礼ですか!?」


 エリザは贔屓目に見ても美人である。そんな彼女のお礼……。


 ゴクリと生唾を飲み込んでしまう。


「はい、俺、予定とかないんで。少しこの辺りの片付けを手伝ったら寄らせていただきますね」


 あぁ、楽しみだなぁ!


 俺ははやる気持ちを抑えながら崩れた門の片付けを手伝うのだった。




   *




「いやぁ、アンタ、見た目に寄らずすげぇ力だな! 助かったぜ!」


 屈強な体つきの男達から感謝の目で見られている。


 俺は瞬く間に重い瓦礫を積み直し、門として役に立つよう、簡易的ではあるが修復を終えたのだ。


「今日は結界があるから大丈夫ですけれど、早く直ったほうが安心できますからね」


 よし、そろそろいいだろう。エリザさんの家にレッツゴー!




「エリザさんのお礼……、楽しみだなぁ!」


 はっ、いかんいかん。口からよだれが垂れてしまった。俺は紳士なんだ。決してやましい心なんかもってないぞ?


 エリザさんの家はと、ここ……か。


 薬屋の看板はあるものの、店の出入り口が壊されており、エリザさんはまだ片付けている所だった。


「あ、ソウさん! いらっしゃたのね」


 家が壊されたというのに笑顔で迎えてくれるなんて……、優しい方なんだなぁ。


「なんだ、お前もきたのか。言っておくがエリザには指一本触れさせないぞ?」


 ミーナが片付けを手伝っていたようでエリザの後ろから顔を出してくる。


 チィッ、この口うるさいエルフも一緒かよ。


「片づけを手伝いますよ! 俺、こうみえて力は結構あるんです」


 これだな、こんな大きな木材だって今の俺の力なら……


 すぐに玄関周りの廃材をヒョイと持ち上げた。


「まぁ、すみません。本当にソウさんには助けてもらってばかりで」


「いえいえ、少しでも助けになれば俺も嬉しいですし」


「エリザ、気をつけろよ! コイツ鼻の下が伸びてるぞ」


「ミーナ、またそんなこと言って」


 なんやかや言いながらみんなで片付けをするのであった。




「ふぅ、終わりましたね」


「ソウさんのおかげです! こんなに早く終わるなんて」


「フンッ、ま、力はあるみたいだな」


「またミーナったら」


 あぁ、俺をかばってくれるエリザさん優しい!


「あ、そうだ。疲れてますよね? 簡単にですが、魔法使っておきますよ。ヒール! キュアー!」


 唱える必要もないのだが、あの小うるさいエルフがいる。少しは信用してくれればいいんだけどなぁ。


「わぁ! 森の中でもかけていただいた魔法ですね! すごくさっぱりしましたよ!」」


 三人ともこれで汗も埃もスッキリだ。


「……フ、フンッ!」


 ミーナは相変わらずか……。


「しかし、うちは薬屋なのですが、この騒ぎじゃ……。当分薬草の仕入れが難しくなりそうね」


 エリザは視線を落とした。


 あぁ、美人にそんな顔されたら協力するしかないじゃないか!


「もし、よろしければですが、俺が取ってきましょうか?」


「そこまでお世話になるわけには……」


「いえいえ、俺の故郷では”困った時はお互い様”って言いまして、困った人を助け合う文化があるんですよ」


「まあ、それは素敵な所なのね」


「えぇ、必要な薬草について教えてくれれば、すぐに取ってきますよ!」


「じゃあ、お願いしちゃおうかしら?」


「ちょっとエリザ。いくらなんでも信用しすぎだってば! 今日初めて会ったばかりなのよ?」


「でも……」


「いいじゃないか。俺がいいって言ってるんだし」


「むぅ、わかったわ。ただし、私も連れて行きなさい!」


 生意気そうに俺を指差しやがって、なんてかわいくないんだ!


「くっ、どうして着いてくる?」


「アンタが胡散臭いからよっ! その化けの皮を剥がしてやるんだからっ!」


「俺、何か気に触ることでもしたか?」


「フンッ、そのだらしない顔見てれば、エリザを心配するのも当たり前でしょ!?」


「まぁまぁ、でもミーナが一緒に行ってくれるなら安心ね」


「え!? そうなんですか?」


「えぇ、ミーナはエルフの森で育ったこともあって薬草を採集するのがうまいのよ。獲り方も完璧なんだから!」


「そ、そうですか……」


 はっきり言って足手まといなんだけどなぁ。ちょっとかわいいけれど小生意気だし、口うるさいし、すぐ怒るし。


「そういうことよ。じゃ行きましょ」


 ミーナは胸を反らして腰に手を当てながら歩いていってしまう。


「あぁ、待ってくれよ」


「いってらっしゃーい」


 あぁ、エリザの笑顔が眩しいっ!


 俺はエリザに見送られながらミーナと薬草を集めに森へ行くことになってしまったのであった。



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