地獄、突っ込まれる
助手が穴を掘り広げるための大量の替え刃を用意してきた。引き続き掘り進めていく。しばらくするとさらにドリルから伝わる冷気が強まる。カメラから見えるのはあばたが潰れあかぎれになっている者たち。
「これは尼剌部陀(にらぶだ)地獄でしょうな。あばたがひどくなってあかぎれになると言います」
しかしここまで来るとこのカメラでは寒すぎて作動不良を起こしてしまう。さらにはドリルに氷柱が生えて来る。
「これが地獄の氷か」
「先生!食べてみましょう!」
「助手さんは勇気がありますね……。とりあえず成分分析しましょう」
助手はとりあえず食べてみようとしたが、そこは研究員が華麗に回避する。また山伏が霊的な分析を行う。山伏の分析は常人にはよくわからない。そして科学者はドリル軸の温度を測定する。
「なになに193Kか。ドライアイスができるな」
「先生~、氷を分析しましたが物質としては普通の氷ですね~」
「こちらも分析しましたぞ。霊的にも問題ないようです」
「じゃあやっと食べられるね。名付けて地獄のかき氷!」
助手がどこからか持ち込んだかき氷製造機に氷柱を入れてゴリゴリ削っていく。シロップをかけ果物の缶詰を開けて高級かき氷を皆でたべる。
「地獄の冷気で冷えているからか背筋までゾクゾクしますな」
「なあ山伏、本当にこれ大丈夫なんだろうな」
「あーおいしー」
「助手さん、ほら、汚れてますよ」
氷柱ができるほどの冷気なのでこれ以上人力でドリルを回すのが困難になってしまった。しかしアースドリルなど借りるのはかなり高額になってしまうため、さすがに予算オーバーである。
「仕方が無いですね。またテレビを呼んできましょう。研究者さんはこのかき氷を参拝者に売ってください」
畜生界見学棟の脇にあるカフェで「地獄のかき氷」を売り出す。最初は恐る恐る、しかしちょうどお盆だったので暑さには勝てずぽつぽつ売れていく。しかし食べてみると不思議な涼しさがあるということで徐々に広まっていく。
数日すると助手が連れてきた超科学雑誌の編集記者と夏の心霊番組特集のネタ探しをしていたテレビ局がやってきた。
「この宙空に浮いているのが地獄界に続いているというのですか!?」
「み、見てみてもいいですか?」
超科学雑誌の編集記者は嬉々として、テレビクルーは恐る恐る映像を見る。超科学雑誌の編集記者は非常に興奮し、テレビクルーはさすがにこれはテレビには流せないと肩を落とす。
代わりに地獄に届く柱から採れた氷でできたかき氷を食べ、やはり霊感が強い人たちを中心に背筋が凍るようだというコメントをして去って行く。
「えっと、こんど拙誌で特集を組ませてもらってもいいですか?」
「え、まあ構いませんが、研究のための施設ですので一般公開はできませんよ?」
「ええ、ええ、勿論です。というかその方が神秘性が上がってよりよいです!」
神秘性が上がるそういう考え方もあるのかと科学者は感心する。それよりも研究費用の捻出について相談したところ超科学雑誌でクラウドファンディングを組んでくれると言うことだった。
「じゃあ編集員さんよろしく頼みます」
「任せてください。そうだ、そろそろ夏休みで暇を持て余したオカルト好きな学生たちが来るようになるでしょうから警備員を増やした方がいいですよ」
研究の邪魔になる迷惑な客以下の俗物が来るかもしれないという指摘を素直に受け取り、警備会社と契約することになる。なぜか警備員は陰陽師の家系という人が多かったという。
テレビの影響は大きかった。テレビをみて訪れた者たちがSNSで拡散しさらに客が増えるという循環がおきた。おかげでこの夏の収入は体感で普段の1万倍くらいになった。
「ひぃぃ、俺は研究が仕事なのに……」
「先生!手を休めないでください!これも研究費のためです!」
「はぁ~い、お待たせしました~デラックス地獄盛りです~」
「先生!新しい氷をココに置きましたぞ!」
かき氷屋の仕事が終わり、大量の現金を前に学問第一の科学者も思わず顔がほころぶ。思わずこのままかき氷屋になるのも悪くないという思いを振り払う。
そして長いようで短い夏休み期間が終わり、訪問客と売り上げがガタンと落ちる。幾分静かになった境内にはアースドリルなど重機が集まってきていた。地元の土建屋が町おこしの一環ということで協力してくれることになったのだ。さらに空調を扱う菱印の大企業も商業性が大きいと判断したのか熱交換器を携えてやってきていた。
「おお!これは素晴らしい!もう少し広げていただければこの管を挿入できますね」
菱の印の大企業は事業成功の暁には権利の幾ばくかを得るという条件で資金援助と機材の援助を買って出た。そういうことで早速ドリルで穴を広げていく。大型建機の力はすさまじく、あっという間に巨大な穴が完成する。
人が入れそうな穴が宙空にぽっかり空いているが、この先は地獄なので入れないようバリケードを置く。もちろんあの世の悪霊が這い出てこれないよう般若経を書いている。しかし現世の者は知らない。地獄からすると一秒にも満たない時間でしか無いため這い出てくることができないことを。
そしてその晩、山伏が姿を消した。そのことに気がついたのはいつまで経っても職場に来ないことを心配した助手が呼びに来たときだ。すぐさま捜索されたが、バリケードが少し開けられていたことからここから侵入したのでは無いかという結論になった。
念のため地獄を覗いてみると山伏が地獄に落ちてしまっている姿が見られた。
「どうします?蜘蛛の糸を垂らしてみますか?」
「そうだな。仲間だしここは助けよう。地獄の住み心地も聞いてみたいし」
そういうことでこの日は作業を中断し、蜘蛛の糸で救出を試みたが説話通り切れて山伏は地獄に戻ってしまった。
「しかたがない。出てこれるまで何億年だか何兆年だか頑張ってくれ」
あっさり救助を諦めた3人は作業に戻り、大企業や土建屋の協力で熱交換器を地獄の穴に突っ込み固定する。もちろん熱交換器にも般若経を書いた布を巻いている。蜘蛛の糸も大企業にかかれば量産など朝飯前で、印刷は大手印刷業のでこぼこ印刷が請け負ったのですっかり資金が必要なくなっていた。
しばらくすると熱交換器を通じて冷気が広まってくる。残暑の厳しいこの時期だというのに周辺は氷が張り始めている。
「おお!これは素晴らしい!この技術をプラントとして当社の工場に持って行きたいのですが、ご協力お願いできますか?」
資金提供と引き換えにということで半ば脅迫のような気もしたが、これも仕事と割り切り霊子を使って菱印工場とでこぼこ印刷の冷却プラントが完成する。これもなぜか背筋が寒くなる者が時々現れることが見られた。
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