第8話 3−3
……。
…………。
気がつけば、ベンジさんは肌寒さを感じていました。空気を感じていました。
外の、空気を。土の、匂いを。
そして、自分がいつもの体ではなく、別の体だという事に気が付きました。
同時に体は、縦に置かれたベッドに固定されている事も。
目を開けようとしたとき、そばから声がしました。
「あっ、ベンジ様っ。どうやら新型システムの起動と躯体の接続は成功したようですねっ。では躯体の魔導コアを起動させますっ」
聞き慣れた少女の声。アルカちゃんの声です。
システムはちゃんと動いているようです。良かったですね。ホッとしました。
続けざまに、自分の胸の奥底が、強く震えだしました。
きゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいきゅいっ……。
そんな甲高く力強い音を、歌声を上げながら。
歌声は、赤ん坊が生まれた産声にも似ていました。
躯体の産声とともに、ベンジさんの両の「瞳」は静かに開きました。
機械とも生き物のものとも取れる目が見たものは、直ぐ側から覗き込んでいる黒髪に黒目の可愛い美少女の姿でした。
その周りには、自分とアルカを見ている数体のゴーレムちゃん達。
少し離れたところに、
クルスのゴーレムちゃんのようです。
アルカちゃんは体のそばにある何かを見たあとで、
「魔導コアは順調に駆動中ですねっ。今メンテナンスベッドのロックを解除いたしますっ」
そう言って目を忙しく動かしました。
すると、体のあちらこちらから、
カチン。カチン。
という音がして、自分にかかっていた力がふっ、と弱まるのをベンジさんは感じました。
その音を確認するかのようにアルカちゃんは、
「ロック解除しましたっ。ベンジ様っ、動けますよっ」
と言って笑顔を見せました。
自分の体ではないのに、自分の体である一体感を感じながら、ベンジさんは右足を動かしました。
右足がベッドを離れ、宙へと踏み出します。
背中も同時にベッドから離れます。
踏み出した足は振り降ろされ、地面へとそっと足の裏のつま先から大地へと付きました。
その瞬間。
──あ。自由に歩ける。
感動にも似た感情が、ベンジさんを包みました。
そのまま左の足も振り降ろし、地面へと付きます。
そして、両の足でしっかりと上半身を支え──。
ベンジさん、大地に立ちました!
ああ、なんて感動的なんでしょう!
……コホン。ちょっと取り乱してしまいました。
さて、ベンジさんは自分が立ったのを確認すると、自分の両の腕を動かし、じっと見ました。
両手をわきわきと動かすと、両肩を回しました。
肩を動かしたあと、何度も体を左右に捻り両の足も何度か蹴るように伸ばしました。
準備体操にも、滑稽な踊りにも見えます。
その一連の動作をしたあと、ベンジさんは改めて、
「動ける……」
そう、つぶやくように、押し出すように言いました。
それからアルカちゃんの方を向き、謝意を述べました。
「ご苦労さま。アルカ」
「ありがとうございますっ。ベンジ様っ。武装はこちらで用意しておりますっ」
「あそこの輸送用自動馬車にあるのか」
「はいっ。あと、状態表示などの表示窓が開きますので、開いてみてください」
「ん? これ?」
見ると、視界に四角いアイコンが表示されていたので、それに視線を合わせると、ピッ、と音がして、次々と視界に複数の表示窓が開きました。
一つは体の省略図が表示されていて、一つはいろいろな文字や数字、もう一つはアルカちゃんを含めたここにいるゴーレムちゃん達の顔が表示されています。
そのうちのアルカ達の顔が表示された表示窓のアルカちゃんの顔が喋りだし、
「この表示窓は私含めこの案件に参加するゴーレムちゃん達の通信に使われますっ。外には声が漏れませんので、何か秘密の要件などがあればこちらでお話くださいっ」
そう報告しました。
「うん、わかったよ」
ベンジさんも通信テストを兼ねて、通信窓で応えました。
言いながら、ベンジさんは歩き、近くに止まっている輸送用自動馬車へと向かいます。
きゅいっ、きゅいっ、きゅいっ、きゅいっ、きゅいっ……。
歩くたびに魔導コアの駆動音が響きます。
なんだかとても可愛いですね。
さて、ベンジさんは辺りを見回しました。
遠くに山々が見え、その山腹には緑の木々が映えています。
もう少し季節が遅くなれば、その木々が赤や黄色に染まるところもあるでしょう。
視線を近くに移すと、すぐ近くに大きな山が見え、その中腹に古びた神殿の入り口が見えていました。
神殿はかなり大きく、巨人が立ったまま余裕で入れるほどの高さを持っています。
装飾から女神系を祀った神殿にも見えますが、実は邪神アレクハザードが封印された神殿なのです。
伝説によれば、別世界から出てきたアレクハザードを前に、善の神悪の神含めてほぼすべての神々が団結し、勇者達を集め、戦いの末ここから封印したとされているのです。
ちなみに、封印した世界は地獄の一つとされていますが、封印された場所は秘密とされています。
(もしこの伝説が本当なら、ここから邪神を出しちゃいけないんだ)
ベンジさんは神殿をちらりと見て、一つ頷くと、アルカちゃんとともに大型輸送用自動馬車へと近づきました。
魔導鋼板で作られた輸送用自動馬車のサイドドアが、誰にも触れずに音を立てて開きました。
この自動馬車も、ロボッタの一種類なのです。
ベンジさんが操る勇者型ゴーレムちゃんとアルカちゃんがそこで立ち止まると。
馬車の中から何かが出てきました。
それは、武器を収めた骨組みコンテナでした。
骨組みコンテナには、ベンジさんの勇者型ゴーレムちゃんの背丈ほどの大剣が収められていました。
大剣の大部分は魔法陶器で形作られており、刃も魔法陶器製です。
とっても大きくて、頑丈そうです。
この刃は魔力によって熱などを帯び、その高熱などで物を断ち切るという寸法になっているのです。
「セイバー
「輸送用のロボッタもいるので何かあっても安心ですっ」
「何もないと良いけどな」
「そうですねっ」
言い合いながらベンジさんのゴーレムはコンテナから剣を受け取り、背中に背負いました。
背負うと言うか、装着する方が正しいでしょうか。
その様は、ちょっと不釣り合いにも見えます。
「皆も魔導器を装備した?」
「はいっ! 私もスタッフを装備していますっ」
アルカちゃんは無い胸を張りました。
そんなに自慢しなくてもいいのに。
ともかく、その右腕を見ると、彼女の背よりも大きな杖状の機械を手にしていました。
これがスタッフ
スタッフ魔導器の先端には丸いクリスタルにも似た輝くものがいくつも埋め込まれ、その間を細い配線が走っています。
これで呪文を発動したりするのです。
他にも、この魔導器には幾つか機能があるのですが、それはまた別の話として。
その大きさの不釣り合いさと、可愛い美少女が大きな物を支えているという姿は、どちらが本体なのかわからないほどです。
一体、どちらが本体なのでしょうね?
「じゃあ、行こうか」
「はいっ」
二人は頷きあうと回れ右をして自動馬車から離れ、待っているゴーレムちゃん達の元へと向かいました。
その後ろでコンテナを支えているアームが動き、自動馬車の中へと入り、馬車のドアが閉まります。
ベンジさん達は彼が目覚めたメンテナンスベッドがある輸送用自動馬車へと戻りました。
メンテナンスベッドも、先程の輸送用自動馬車のコンテナと同じく、乗せてきた輸送用自動馬車の中へと収められていました。
「おーい。アルカー」
「はーいっ」
その輸送用自動馬車の近くで、ベンジさんと共に探索に向かう他のゴーレムちゃん達が待っていました。
ゴーレムちゃん達はそれぞれの職能の冒険者姿に、手や背中につけたアームなどで、ベンジさんやアルカちゃんなどが持っているのと同じような魔導器を保持しています。
そのうちの一体、染めた風な茶髪にギャル風の顔立ちで重厚そうな青い鎧を着込んだ戦士姿のゴーレムちゃん、マルティが、
「お待ちしておりました。ベンジ様」
うやうやしくお辞儀をしました。そう、あの屋敷で働いていたメイドゴーレムちゃんの一体、ギャル型メイドのマルティです。が、次の瞬間には口調を変えて、
「全く、待たせるもんじゃないよねー。こっちはレディだってのにさ」
とほっとしたような呆れたような顔で苦笑しました。
が、ベンジさんも負けずに、
「どっこがレディなんだか。ギャルじゃん」
と軽口を叩きました。
「だってあたしレディだよ? 立派な?」
「髪の毛茶色に染めてその口調ってどこがレディだよ……」
「そっちこそ引きこもり勇者なくせしてさ」
「おー言いましたか? ギャルちゃん?」
なんだかこのままだと軽いディスのしあいをしそうな雰囲気を察してか、アルカちゃんが割って入りました。
「まあまあっ。それはいいとしてっ。既にクルス様より内部の地図情報などは受け取っておりますっ。時間はお金と一緒ですっ。さっそく行きましょうっ」
「あ、うん」
「わかったよ、アルカ」
「了解しました」
「うん、わかった」
他のゴーレムちゃん達も頷きます。
やる事が決まればゴーレムちゃん達は動き出すのは早く、彼女達は一斉に山腹の神殿へと歩みだしました。
ベンジさんも一緒に歩き出し、クルスさんの方へ、
「クルス、行こう」
そう呼びかけました。
ベンジさんの呼びかけにクルスさんも一つうなずき、お供の女性型ゴーレム達とともに歩き出しました。
勇者とゴーレムちゃんのパーティが一歩一歩歩むたび、邪神の神殿は大きくなっていきます。
それでも、ベンジさんの表情は楽しげでした。鼻歌でも歌い出しそうな表情です。
彼の顔を見て取って、横に並んだアルカもいい笑顔で尋ねました。
「ベンジ様っ。なんだかとっても嬉しそうですねっ」
「えっ、そう?」
「そうですよっ。楽しそうに見えますよっ」
「そうかなあ……」
首をかしげたベンジさんの歩みは、とっても軽やかでした。
五%
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