第36話
海が見える公園に二人で来る。
そんな理想のような日が訪れるなんて、2年前の僕なら考えもつかなかっただろう。
高校卒業直前のこと。
僕は人生で一番の勇気を振り絞った。
ウチの高校では定番中の定番の場所だけれど。校庭横にある用具倉庫の裏に山瀬さんを呼び出した。
嫌な思い出がある場所。それを塗り替える意味も込めて。この場所を選んだ。
『ずっと好きでした! 付き合ってください!』
グダグダ言うよりもストレートを選んだ。
山瀬さんへの告白。
大野の一件依頼。茂部さんとヒサシ君、そして山瀬さんの4人で遊びに行くことが多くなった。が、恋愛的な進展は全くなかった。
卒業してしまえば毎日会えなくなる。
既に付き合い始めていた茂部さんとヒサシ君からも、応援と言う名の脅迫じみた告白実行命令を受けていたのもあり、このタイミングしかないと踏んだのだ。
しかし、その告白は意外な返事で成就した。
『遅いっ! どれだけ待たせるつもりなのよ!』
『……え?』
『ねえ、もう高校卒業だよ!? 私の青春どうしてくれるの! ちゃんと責任取ってくれるんだよね!?』
怒りながらも。嬉しそうに恥ずかしそうにはにかむ山瀬さん。
それに戸惑いながら、
『……えっと? これは告白の答えはOKってこと……?』
『まったく……言わせないでよ! これからよろしくね! 今までの分もしっかり楽しませてね!』
そう言った山瀬さんはいたずらっぽい顔を向ける。
そういう表情が、本当に可愛い人だと思う。
未来がどうなるかなんて、わからないものだ――。
僕は告白した時のことを思い出していた。
思わず苦笑う。
「ふふ」
「ん? どうしたの?」
少し先行く彼女は振り向いて、小首をかしげた。
「ちょっと、昔のことをね」
「昔?」
「いや、うん。……なんで僕だったのかなって」
「へ? どういうこと?」
そよぐ風に彼女のスカートがふわりと揺れた。
顔にかかる髪を手で抑える。
「亜未ちゃんみたいな子が、なんで僕で良かったのかなって。そんなこと考えてた」
言って。恥ずかしくなる。
照れてうつむく僕をやはりいたずらっぽい顔で見る。
「なんだ。そんなことか」
吹く風と同じように、優しく穏やかな口調だった。
「だって、そりゃ思うって。僕なんてすごい地味なヤツだったじゃん。……まあ、いまも大してかわらないけど……」
「ふふっ。そうかもね」
「あ、ひどっ!」
「あはは、ごめんごめん」
笑う彼女は僕に一歩近づく。
「高2になったばかりの時ね。クラス委員に選ばれちゃってね」
「……ん?」
「一人、クラスに馴染めない男子がいたんだ。クラス委員としてはなんだかすごい気になっちゃって。どうにかしようって思って観察してた。そしたらその人、休み時間に私がやってたゲームの攻略サイト。スマホで見てたんだよね」
覚えがある。休憩時間中一人でいるのが寂しくて、その時やってたゲームやオーディオ関連のサイトをスマホでよく見ていた。
「それで一気に親近感湧いちゃって。私、結構インドア系の趣味あるのに、周りからはそう思われてないみたいで。ゲームのことなんて話せる人いなかったから。そんな些細なことの積み重ね」
「確かに……。亜未ちゃんは今でもそういう趣味があるようには見えないけどね」
僕は頭を搔いた。
実際こんな可愛い子が僕と同じ様な趣味を持っているとは今でも信じられない。
「でもさぁ、聞いてくれる? その人、私の気持ちに気づいてくれなくて。無理やりな理由つけて彼の部屋に行ったりもしたんだけど、ぜーんぜん反応なし。女子が男子の家に行くとか、フツーに考えて何か意味あるでしょ? ほんと鈍感なヤツなの。ねぇ、そんな男ってどう思う? 酷くない?」
亜未ちゃんは詰め寄りながら少し強い口調で言う。
イーッと口を横に広げた。
「あの時! すごっく勇気出したんだぞっ!」
そうだったんだ。
そんなふうに僕のことを見ていてくれていたなんて。
僕が一方的に憧れを抱いていた女の子、山瀬亜未さん。
今は『亜未ちゃん』として僕の隣にいてくれる。
僕にとって何よりも掛け替えのない存在となった。
いま僕は、誰よりも幸せだと言える自信がある。
君の隣に居るこの時間が何よりも大切だと思える。
今日できることは、明日でもできるかもしれない。
明日になって、今日を振り返ることもできるかもしれない。
でも、今日に戻ってやり直すことだけはできない。
『過去』に戻ることはできないし、『未来』がどうなるかなんてことは、誰にもわからない。
そんな僕らができること。
それは、『今』を必死に生きて、生きて、生き抜いて。
過ぎ去っていく『今』を積み重ねることだけだ。
『今』は過去を作り、未来を作る。
過去。現在。未来。全ては繋がり重なっている。
だから僕は、彼女の隣にいる『今』をこれからも生きていこうと思う。
だから――今。
全身で感じているこの想いを伝えたい。
視線をまっすぐに、彼女の瞳をしっかりと見つめる。
「亜未ちゃん。好きです」
「……へっ!? ……な、なに突然……」
頬を赤らめてもじもじと体をくねらす。
そんな彼女を少し強引に引き寄せて、しっかりと胸に抱いた。
「ひゃっ」
突然そんな事をされて驚いたのか、彼女は驚きの声をだす。
「今。言っておきたいって思ったから」
僕は耳元でささやいた。
「そ、そうなの……? ありがと……。でもなんかこんなとこで凄い恥ずかしいんだけど……」
こそばゆいのか、やたらと恥ずかしがる彼女。
それがまた、可愛いと思う。
だから心に溜まった想いをもう一度振り絞る。
もし未来の僕がみたらこういうのってどう思うのだろう。
我ながらバカだなって思うだろうか。
それとも、よくやった! と言うだろうか。
いや、そんな事はどうでもいいことだ。
だっていまそうしたいって思ったんだから。
理由なんてそれだけで十分だ。
だから周囲の喧騒に負けないくらい。
海を無数に漂う波の音に負けないくらい。
むしろ周りの人たちに見せつけるくらいの大声で、天に向かって素直な気持ちを吐き出した。
「これからもずっとずっと君の傍にいる! 大好きだっ!」
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