第18話 暴走? とにかく列車ですの!

「ストップストップ、美月お願い、凉坂さんを止めて」

タッタッタ、と素早くそして力強くお嬢様が走っていく。彼女の太ももを三回叩いてギブアップを伝えようとするも彼女は全くこちらの意図を組んでくれない。


「はあ、啓様は私が彩様の事を止められると本気で思っていらっしゃるのでしょうか? 私の力が弱い事をご存じでないのですか?」

かなり後ろの方から息を切れした声が聞こえる。あのメイド力が弱いだけでなく足も弱いのかよ!


というかお嬢様が全く止まらない。この地面しか見えない視点から辛うじて分かることは、かなりの高速移動をしていることと、耳から聞こえてくる美月のはあはあという息の切れた音。そして凉坂さんの鼻歌だけだ。


男子高校生を簡単に抱えてこのスピードを出せるお嬢様ってなんだよ、サイボーグか?

「啓さん、楽しみにしててくださいね! 私がきっと素晴らしい御方を見つけますわ~」

もう結構な距離を走っているというのに、凉坂さんの言葉は息一つ乱れていなかった。


それにしてもこの速度で動いたのはいつ振りだろうか、もちろん車や自転車には載っていたのだが、脚を壊してから少なくともこんな風に学校内を動くことはなかった。

今こうして走っているのが、自分の足でない事が少し残念に思う。

少しだけ昔の事を思い出した。

もう自分の足ではこんなに早くは走れない。

とっくに捨てたと思ってた感情が今になって湧いてくる。

僕の事をよく知らない彼女だからこそこんな風に土足で心に踏み込んでくるのだろうか、知らない人でよかった。

知っている人だったら悲しくて、涙があふれていたかもしれない。



「うーん、なかなか啓さんに釣り合うような方はいませんね」

凉坂さんが困ったような声を出す。

「いや、だから僕それなりに友達いますから」

「でも、お友達は多い方がいいですわよ、私は今日一人も啓さんのお友達を紹介されないなんて嫌ですわ!」

「待って、もしかして今日知り合った人と直ぐ友達になってそれを凉坂さんに紹介させるつもりだったの?」

「もちろんそうですわ!」

「いやいや、今日初めて会う人と友達になるなら何とかなるかもしれないけど、それを紹介するってかなりハードル高くない?」

「啓さんなら大丈夫ですわ! なんでもできますわ!」


なぜだか絶大なる信頼を寄せられている。その根拠のない自身はどこから来ているのだろうか。

「なんでそんなに信じてくれるんだ?」

「それはもちろん啓さんの事を……。今日ほぼ初対面の私と美月との同棲を受け入れた啓さんの対応力さえあれば全く問題ないと思いましたの!」


めちゃくちゃ根拠のある自身だった。確かにその通りだ。奇想天外な事が起こりすぎて、自分でも今日初めてあった人と同棲をした事を失念していた。


「見つけましたわ! 私はあの方が良いと思いますわ!」

考え事をしている間に再び会話をしていたはずのお嬢様が前へと動き出す。


顔を上げて彼女の進行方向を見ると、明らかに見知った友人の顔がそこに佇んでいた。

「待って待って、あいつだけは嫌だ」

「関係ありませんわー!!!」


必死の抵抗も力で押さえつけ、暴走列車は地獄へ向かっていく。

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