第10話 嫌な事なんて、言葉と一緒に捨てればいいんですわ

見慣れた部屋のベッドに体を預けるようにダイブする。

疲れた、休日にこれだけ疲労を感じたのはいつ振りだろうか。

部活を辞める前にはいつも疲労の毎日だったな。倒れこんで、足を見ながら思い出す。割とよくなってきたよな。


僕はバレーボールをやっていた。そのおかげか身長も平均より大きくなり、元々は悪かった運動能力もある程度の所までは上昇した。

特に不満のない仲間や先輩、厳しくて苦手だった顧問も今では何も思わない。


僕は三か月前怪我をした。事故だったらしい。医者は、日常生活には支障がないくらいには回復するが負荷のかかる運動は諦めろ。というようなニュアンスの言葉を優しい言葉で伝えてくれた。


その言葉は僕にとっての全てを奪うようなものだった。無論言葉通りの全てという訳ではない、ただその時に一番打ち込んでいたものを奪われただけ、回復すれば日常生活だって行える。脚だってなくなったわけじゃない。


そんな事は理屈で分かっていても、全てを奪われたような感覚に陥った。

部活の事が好きだったのだ。特段上手かったわけでもなく、練習前は毎日サボりたいと言っていた。それでも出来ないとなると耐え難い喪失感が背中の方から体を包んでいく。

恐ろしい事にその喪失感は一人でいるとき程襲ってくる。夜が怖くなった。


幸か不幸か喪失感は一週間もすれば怒りへと変化していた。

いつからか僕は足を怪我した程度で狂ってしまったのか、加害者の足を壊してやろうと考えるようになった。「いつか自分の足をこんな事にした奴に鉄槌を下してやる」と、腸が煮えくり返るほどの激しい怒りを無理やり腹の中に収めていく。

そんな毎日を過ごしていた。


そしてついに加害者との面会が叶った。

ああ、やっとこいつをぶち壊せる。同じ思いをさせて反省させられる。そんな事ばかりを考えていた。

しかし、加害者のに実際に会うと問い詰める気すら起きなかった。

相手の反省の色は目に見える程で、明らかに食事が喉を通っておらず、隈が出来た目元からは相手の苦悩が受け取れる。


顔を合わせた途端加害者のおじさんは泣きながらこちらに謝罪をして来た。

「ごめんなさい」「申し訳ございません」「払える限りのお金は払います」

彼なりに考え尽くされたような言葉をこちらが話す暇もなく、繰り広げられた謝罪の嵐は神に対する懺悔のように聞こえた。


そんな言葉を浴び続けていると、怒りの矛先は既に加害者のおじさんには向けられない。許したわけではなく、ただ自分のされた事を忘れたくなったんだと思う。

理由を付けて、残りの面倒くさい処理や相手に対するやりとりは全て親にお願いをした。

親は何も聞かずに残りの事を引き受けてくれた。


その後はどうなったかはよく知らない、まあ、治療費や慰謝料とかを親が受け取ってくれていたと考えるのが妥当だ。

加害者から送られてきた、有名店のお菓子くらいしか僕の手元に届いたものはない。


彼を許したわけでもなく、ただ何となく怒りを向けるのは違うと感じた。

残りの入院生活は貰った未開封のお菓子を見ながら、ただどうしようもない怒りのぶつけ先を模索して終了。

そんな感じだったと思う。


今でも足を見て思い出してはやりようのない怒りとスポーツへの切なさを感じる。


「また、思い出しちゃったな」

後悔を声に出して吐き捨てた。


「ああ、疲れたな」

お嬢様とメイドが来たことに対しての感想を声に出して再確認する。なんとく部活をしていた頃の心地の良い疲労感も思い出していた。

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