第213話 燥ぐ銀世界の列車旅

「凄い!」


 汽車、というのを初めて見た。

 黒い。大きい。うるさい。煙を噴いていて、ガシャンガシャンと機械の音がしている。


「姉ちゃん達、切符買ってきたよ」

「ありがとう!」

「うおっ」


 格好良い。これが、大勢の人を乗せて長距離を移動するらしい。

 馬も居ないのに。


 感極まって、ジンの左腕に抱き着いてしまった。


「エル姉ちゃん……!?」

「あははっ! 早く乗りましょう! この切符はどうするの?」


 面白い。これはオルスにもレドアンにも無かった。聞けば、アルニアだけでなく、大山脈以北のキャスタリア大陸北部では公共交通手段として一般的であるらしい。馬車の使えない吹雪でも問題なく利用できるのだとか。


 しかも安価で。






◇◇◇






「暖かい。魔法ではないわね」


 アルニアは勿論ニンゲンの国だ。魔法は使えない。なのに、客車内は暖かい空気が循環していた。

 切符に記載された席に座る。2人席と3人席があって、通路を挟んで左右に別れている。ジンが取ってくれたのは3人席。

 彼を真ん中に、窓側の左が私。通路側、右側にルフ。


という、大山脈で採れる特殊な石炭を燃料にしているようです。北部の主要名産品で、汽車は北部文化発展の象徴のようですね。その予熱で車内を暖める構造になっているそうです」


 ルフが、駅舎で配布されていたパンフレットを広げている。汽車に乗れる駅のある街は観光地でもあるのだ。


「へえ。よね。流石ニンゲンだわ」

「エル姉ちゃんめっちゃはしゃいでる」

「そりゃそうよ! の為に旅をしているのだから!」


 新しい発見。学び。それは大自然だけでなく。人の営みもだ。国が違えば文化が違う。大陸が変われば文明が変わる。


 面白い。楽しい。


「師匠の居るウリスマまでは線路は通って無いんだけど。その途中までは汽車が早い。乗り換えを挟んで、あと3時間くらいは、こうやって揺れてるよ」


 今日は雪がちらちらと降っていた。これから段々強くなるらしいけど、吹雪でも構わず走るらしい。凄い。こんなに暖かく安全に、こんな速い速度で旅ができるなんて。

 予め敷かれた線路の上だけとは言え。


「……良かったよ。エル姉ちゃん元気になって」


 ジンから、切り出してくれた。声色から少しだけ緊張が伝わる。


「………ええ。ごめんなさいジン。自分の感情なのに、制御できない時があるの。失格ね」

「そんなことないよ。だって、今だって姉ちゃん、感情を制御できてない」

「ん。……あははっ。そうね。ありがとう」

「なんかあったら何でも言ってくれよ。その為に俺が居るんだから。俺は大丈夫だから」

「…………ええ。ありがとう」

「俺もごめん。軽率だった」

「そんなことないわ。じゃあ、次は甘えさせてもらうわね」

「えっ?」

「ふふ。好きなこと言うわよ。そして、私もあなたの発言を受け入れる。そうしてみる」

「…………うん」


 肘掛けで、手を重ねた。

 いつも街では彼の右腕に引っ付いているルフのように。私も、もう少しスキンシップを増やそうと思う。

 好きだから。






◇◇◇






 最初の街から、首都まで行って。そこでだ。アルニア南西の街パロットまで。

 首都も、時間があれば観光したかったけれど。今は仕方ない。


「あまりはしゃいで、転けないでくださいね。街道から外れたら、雪の下に何があるか分かりませんから」

「分かっているわよ」


 パロットからは徒歩だ。街並みはどの街も同じような、とんがり屋根の木造建築が並んでいる。


「舗装道路じゃなくなったわね」

「ウリスマは田舎だからね。夏なら馬車があったんだけど、今の時期は徒歩しかない。この先に、街道沿いの街がふたつあるんだ。今日はそこで宿泊かな」


 街道。道路が整備される前の、古い街道だ。ただの道。積もる雪を、サクサクと踏み抜いて歩く。


「そろそろ路銀が尽きますよ」

「そうよね。ウリスマには仕事はあるかしら」

「うーん。多分無いことは無いよ。田舎だから猛獣が出たりするし、俺達なら雪山に入れるから、薬草や薪なんかを調達できる」


 一面の銀世界。

 雪は、エデンにも降るけれど。積もりはしない。

 綺麗な国だと思う。


「暗くなる前に街へ行こう。まあ、暗くなっても別に大丈夫なんだけど」

「駄目よ。魔法使えないんだから」






◇◇◇






 そうして。途中の街で一泊して、次の日のお昼過ぎ。


 雪山の麓にある街、ウリスマに到着した。

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