第4話 教育により永遠に失われる魔法
私と同じように、この巨大森で生まれ育った子達――娘達が居る。
「姫様。こちらへどうぞ。これから、皆で魔法の練習をするのです」
居たのは5人。見事に全員娘だ。本当にオスが居ない。が、それはもう良い。いずれ外の世界へ出た時の楽しみに取っておくことにする。
私よりいくらか年上の少女達が、巨大樹の根本の広場に5人、集まっていた。その他にひとり、金色が褪せた黄土色の髪を伝統的下げ髪に結んだ老齢なエルフが居た。恐らく教師だ。
「姫様。ようこそお出でくださいました」
「うん」
魔法で木材を削って作られた椅子が並べられている。そのひとつに案内され、座る。
私の鼓動は高鳴っていた。魔法。使ってみたい。使えるようになりたい。生活を便利に、美しく彩るエルフの知恵の結晶。
「まずは、座学からです。そして今日の実践では、初歩として自分の魔力について感じて貰います。では、始めますよ」
言葉には意味がある。魔法。魔の法。法というのは、母がよく言う世界の理のことだ。人が決めた法律ではなくて、天が決めた法律。
魔というのは、人を迷わすもの。善行を妨げ、悪を為すこと。
世界の理を、破ることだ。自然のルールに背くこと。世界にとって悪い意味で使われる、魔という言葉は。私達、行使する者にとっては都合の良いものなのだ。悪いことをして、利益を得る。それが、魔法。
魔の法というより、法を魔する、という意味が正しいか。
「この世界は、本来誰の物でもありません。ですが、魔法は、その『世界の理』を自分の物にするのです。目を閉じて。風を感じてください。良いですか。今日は少し、冷たいですね。それを、自分の物にするのです。イメージが大事です。少しでも構いません。魔力は誰しも、血のように身体を流れています」
目を閉じる。
そう。魔力というものがある。悪を為す力。世界の理に背く力。……遥かな昔から、エルフは魔法を使ってきた。クレイドリのように魔法を使う生き物もヒト種だけではない。ならば、最早魔法も自然の一部なのではないのか?
言葉は定義される。エルフはニンゲンに次ぐ種族。そんなもの誰が決めたのか。
ニンゲンは、魔法が使えない。魔力が無いのだ。つまり。
魔という、悪い言葉は、彼らニンゲンが、私達亜人を羨み、差別して付けられた名前なのだ。
この巨大森の公用語は、ニンゲン語なのだ。エルフの古い言葉は、廃れてしまった。もう、エルフという言葉に『人』という意味は無い。失われた。
失われたまま、世代交代して。私達娘達が大人になって。
やがて言葉は、意味は、永遠に失われる。
「……凄い姫様!」
「ここまでとは……。やはり女王様のご息女ですね。凄まじい、魔力をお持ちで」
再び目を開けた時。私の全身を風が包んでいた。円形に尾を引く、緑色の光の線が見える。これが私の魔力。私の瞳の色と同じ魔力。
「これ、オトコより強いんじゃない? 姫様!」
「きっとそうよ! 凄い! これでキモいオトコなんてイチコロよ!」
オスを嫌うメスが居て。そんなメスばかりを集めた社会で産まれて育ってしまえば。
永遠に、失われると思う。この娘達は、親の教育通りに、賢く育っている。
この日私は、魔力の目覚めと共に自覚した。
私は愚者だ。愛情を注いでくれる母親を疑問視し、その言葉を信じず、育ててくれた社会を疑っている。
賢者にはなれそうもない。生まれてから一度もオスと会ったことのない彼女達が、教育によって脳内に発生した想像のオスを蔑む様子を見て、そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます