エルフの姫

弓チョコ

第1章:楽園と地獄の狭間で

第1話 酷く優しい歪んだ揺り籠

 姫。高貴な家に生まれた女児。王族でなくとも、姫と呼ばれることはある。

 私は姫として生まれた。だから、幼い頃からこれを受けてきたんだ。

 教育を。


「私達の種族は、エルフと言うの。言葉の意味は『人』だけれど、この世界には他にも色んな人種があるから、エルフと言うと私達のことを指すの」


 巨大森。そう呼ばれる所に、私の生まれた家はあった。森の一番奥、最も安全な所に。一番大きな、樹齢1万年の巨大樹をくり抜いて建てられた大屋敷。窓からは森が一望できる。そんな部屋で、母親から世界を学んでいた。


「エルフの中には、低い確率で生まれる特別な子が居るの。生まれながらにとても賢いその子は、賢者と呼ばれる。……同じように、他の子と比べてとても愚かな愚者という子も。あなたが賢者かどうかはもう少し経たないと分からないけれど、愚者でないのは分かるわ。とても賢そうな、私と同じ緑柱玉エメラルドの髪と瞳。親バカかしらね。……女の子らしく、伸ばしましょうね」


 陽が射すと暖かい。そよぐ風は涼しい。時間の流れが緩慢に感じる。母の声は美しく、耳に心地良い。ふわり、さらりと、髪を撫でてくれる。


「あなたは色んなことを学んで、賢く育ってね。いつかここを出た外の世界には、沢山、色んな人達が居るから。お互いを認めあって、仲良くなってね」


 母の言葉は何より優しく、幼い私に希望を抱かせた。






◇◇◇






「姫様、窓の外を見てください。クレイドリのです。あそこに巣を作るつもりですね。彼らはオスが土を魔法で捏ねて、樹の上に巣を作るのです」


 母だけではない。皆が教師だった。エルフの一般的な髪色である金髪を、動きやすいように短く切り揃えたメイドのルルゥ。彼女は最近巨大森に来たらしく、外の世界の色んなことを教えてくれた。

 今朝は、私の髪を結ってくれている時間に。エルフの姫として、この森ではうなじ辺りで纏めて下げ髪にするのが伝統らしい。母や祖母も幼少期はそうだったという。


「……

「はい。大人として成長したオスとメスのカップルですね。今冬をこの巨大樹で過ごして、春には雛が孵るでしょう」


 そこには小さな鼠色の鳥が2羽、踊るように枝の周りを飛んでいて。もこもこと小さな土魔法で器のような巣を作っている光景があった。


「……ひな」

「はい。孵った雛は親鳥の愛情を受けて育ち、やがて夏には外の世界へ巣立って行きます。特にクレイドリは長距離を飛び、世界中を旅する種類です。そうやって成長して、繁殖期にはまた、この森へ帰ってくるかもしれません」


 単純な、論理だ。

 鳥は生き物である。

 私達エルフも生き物である。

 生き物とは、を設けるものだ。

 →つまりエルフも、、巣を作り、雛を持つ。その筈だ。


 愛情を受けて育ち、外の世界へ旅立つ。私は雛なのだ。親は居る。母親が。あれはメスだ。となると私もメスなのだろう。


 やがて持つ、当然の疑問。


「ルルゥ」

「はい? なんでしょう姫様」

「エルフにオスは居ないの?」

「!」


 樹齢1万年の巨大樹はその雄大な成長の過程で幹や枝、根は歪んでいった。何度か戦争にも巻き込まれ、その度枯れて、エルフ達が復活させてきたらしい。

 そもそも植物とは、歪みながら成長する生き物なのだ。

 案の定、質問と同時にルルゥはピシリと固まった。まだ私が、幼く愚かだと思っていたのだろう。

 この巨大森というの中で。恐ろしく優しい揺り籠で。

 私は森のエルフへの不信感と、より一層の外の世界への渇望を抱いた。

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