第7話 結婚にまつわる真実
尋ねずとも、もう答えはわかっていた。けれど
どうか、『聞かされたのはごく最近だ』と言って欲しい。
どうか、『王命に逆らうことができなかった』と嘆いて欲しい……。
「その通りだ。わたしはなにもかもを知ったうえで、お前との婚姻を決めた」
冷たい声が、希望を打ち砕く。
「わたしだけではなく、お前の両親も、兄弟も知っている。娘が公式寵姫になるとなれば、親族も莫大な恩恵にあずかることができるからな。もちろん、夫であるわたしも、だ」
絶望に打ちひしがれる間もなく、残酷な現実が次々と突きつけられる。
「公式寵姫になるにあたっては、既婚者であることと、相応の身分が必要だ。ゆえに、お前を『侯爵夫人』にするための相手として、わたしが選定された」
「そう……ですか」
メリザンドは、
──最初から国王陛下の愛人にする腹積もりだったのなら、言ってくれればよかったのに。
恐らく、メリザンドが『畏れ多い』と怖じ気づくことを予期して、誰も彼もがこんな重大なことを隠していたのだろう。
万が一メリザンドが逃げ出せば、父や兄弟の出世街道は断たれ、リュシアンも王の不興を買うことになってしまうから。
男たちの危惧は、決して杞憂ではない。
だってメリザンドは、国王の愛人に、ましてや『公式寵姫』に相応しい女ではない。成り上がり者の血を引く、平々凡々な容姿の女だ。
王妃を差し置いて宮廷で大きな
もっと早い時分からそのことを知らされていれば、嫌だ嫌だと泣いて拒絶したかもしれない。自暴自棄になり、そこらの男と駆け落ちでもしていたかもしれない。
──いいえ。それでも、最終的には腹を決めていたはずだわ。逃げる度胸なんてなかったと思う。
だからこそ、最初からすべてを
良き妻、良き母になろうだなんて、神に誓ったりしなかった。
帰らぬ夫を恋しく思うこともなかった。たくさんの贈り物に、心躍らせることもなかった。椿の花言葉に浮かれて、寝所に飾ることもなかった。
──わたしの気持ちを、返して!
詮無いことだとわかっていても、メリザンドは心の中で子供のように泣き叫んだ。
結婚式のとき、父や兄弟が向けてくれたとびきりの笑顔は、メリザンドを祝福するものではなかったのだ。
敬虔な聖統教徒である母ですら、メリザンドが国王の愛人になることを黙認した。ただほんの少しだけ、娘を心配する
──みんな、ひどい……! 汚らわしい……!
けれどその悲憤を、決して表には出さなかった。
──この男の前で泣いてたまるか!
メリザンドのことを歯牙にもかけていない様子の、冷酷な男のために泣きたくない。
いくら王の命令とはいえ、神の前で偽りの誓いを立てる男に、弱みを見せたくなんてない。
メリザンドはきつく
「国王陛下は、お泊まりになるとおっしゃいましたね? そしてリュシアンさまは、陛下の『ご要望』に沿えるよう尽力すると」
「……ああ」
「つまりは、
「……察しがよくて、助かる」
冷め切った夫の言葉に、メリザンドの心にあった彼への想いは、余すところなく凍り付いた。
この怒りと悲しみを、国王への想いに変換するしかない。彼はメリザンドのことを、愛しいと言ってくれた。それが王者特有の気まぐれだとしても、構うものか。
「それでは、旦那さま。今から国王陛下に、誠心誠意お仕えして参ります」
メリザンドは
リュシアンはこちらに
「……任せた」
「ええ、任されましたとも」
踵を返し、リュシアンの部屋を出たメリザンドは、大声で女中たちの名を呼んだ。息をひそめて成り行きを見守っていたであろう女たちは、慌てて飛び出してきた。
そして、
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