第2話

   

「ようちゃん! これは何?」

 彼がベッドで横になってテレビを見ていた時だ。いつになく強い口調で私が突き出したのは、派手な絵柄のポケットティッシュだった。

 彼のジャケットから出てきたものだ。部屋の隅に脱ぎ散らかしてあったから、親切心でハンガーにかけようとして、その時に気づいたポケットの膨らみ。中から出てきたのがこれだった。

「どうした、優子。ただのティッシュペーパーだろ?」

「ただのティッシュじゃないわ。よく見てよ!」

 ポケットティッシにはありがちなことだが、宣伝広告らしきカードが入っている。このティッシュの場合、駅前通りの裏路地にあるキャバクラの店名が書かれていた。

「ようちゃん、仕事もなくて私に養われてる身分よね? キャバクラなんて行く余裕ないでしょう! どういうつもり?」

「いや、勘違いするなよ。ただ駅前で配ってたのを受け取っただけだぜ。俺がキャバクラで遊んだわけじゃなくて……」

「嘘! じゃあ、これは何?」

 続いて私は、証拠2号を突きつける。キャバ嬢の名刺だ。ティッシュと一緒に、彼の上着に入っていたものだった。

「ああ、それは……」

 慌てたような口調と表情は、ほんの一瞬。彼はすぐに平静を取り戻す。

「……うん、思い出した。先輩に誘われて断れず、付き合いで行ったやつだ。何年も昔の話だから、すっかり忘れてたよ」

「嘘ばっかり! 先輩って誰よ?」

「二つ前のバイトの先輩でね。確か名前は、長谷川さんだったかな?」

「聞いたことないわ、そんな名前!」

 今まで彼のバイト話に『長谷川さん』なんて出てきたことがない。

 しかし、ポイントはそこではなかった。まず『何年も昔の話』というのがあり得ないのだ。

 彼のジャケットは、時々私のスーツと一緒に、クリーニングに出しているのだから。何年もポケットに入れっぱなしならば、とっくの昔に見つかっているはず!

「ようちゃんの嘘つき!」

 彼を罵る言葉を吐きながら、私は悲しくなって、自分自身を憐れんでいた。

 こっちは毎日毎日、嫌な上司の相手をしながら、会社で頑張っているのだ。その間、彼は家でゴロゴロしている。それだけでも少し納得いかない気分なのに、『家でゴロゴロ』どころか、外で水商売の女と遊んでいたなんて……!

「私というものがありながら、どういうつもり?」

 仕事で疲れて早く眠りたい時でも、彼がその気になった夜は、私の方から断ることはなかった。しかも彼はベッドの中でも、奉仕するよりされる方を好む性癖。だから私は、いつも精一杯尽くしてきたのに……!

「私よりキャバ嬢の方がいいっていうの!?」

「いや、そうじゃないさ。俺の一番は優子だけど……。ほら、食事でもさ、たまには好物以外が食べたくなる、みたいな感じかな? 女も同じで、たまにはプロのテクニックを味わってみたい、って気分になって……」

 彼は弁解のつもりだろうが、全く弁解になっていなかった。むしろ墓穴を掘っていた。

 例え話とはいえ「食べたくなる」という言葉が出てきて、それに続いて「女も同じ」「プロのテクニックを味わう」という発言。キャバクラ来店を認めたどころか、キャバ嬢と関係を持ったと告白したようなものではないか!

「許せない!」

 頭に血が上った私は、キッチンから包丁を持ち出して……。

「冗談はやめろよ、優子」

 ヘラヘラ笑う彼の胸を、グサリと突き刺したのだった。

   

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