第35話 ぴぃぃっ!

 サイマラに刻まれた真言に手が触れた。途端に激しく反応されるが、もはや手遅れだ。ここからは時間との勝負である。

「彼我を【繋げ】よ、コネクト!」

 光を繋いでコアの掌握にかかる。

 暴れ動くサイマラにしがみついての精神的な攻防だ。もちろん簡単な事ではない。万一振り落とされた場合はエルツの手を借り待避し、クリュスタが戦闘行動に移る事になっている。だが貴重な魔導人形の為にも、そんな無様な事はできなかった。

 残り二体をクリュスタとサイマラが取り押さえている間に支配せねばならない。

 抵抗を乗り越え反撃をはね除け、サイマラに刻まれた内容を俯瞰し、その中から命令権者の情報を見つけ出す。同タイプに一度触れた直後であるため、思ったよりも時間はかからない。

 必死にしがみついたまま集中し、なんとか支配に成功する。

「よしっ、これで完了だ」

「流石先生!」

「ふっ、当然というものだよ」

 暴れる魔導人形を支配したので、間違いなく誇ってもいいだろう。

 内心では冷や汗もので、背中は実際に汗だらけ。それでもサネモは弟子の前で余裕な態度を取り繕って見せた。師匠なりのやせ我慢というものだ。

「我が主よ、得意になっているところ申し訳ありませんが、あちらは急いだ方がよろしいかと」

 クリュスタが指摘した通り、サイマラ同士の競り合いは一進一退。何かあれば、そのまま警備魔導人形が解き放たれてしまうだろう。それでは意味がない。大慌てで走って、またもや冷や汗を掻きつつ支配に取りかかる。

 余裕を持って出来たのは、クリュスタの側に行ってからだ。

 三体のサイマラを支配し第二展示室を制圧した。


「あー、疲れた疲れた。やっぱり三体連続というのは、いや時間は多少空いても四体連続だった。流石に疲れてしまった」

 床に座り込みサイマラの一体に背を預け、軽く目を閉じ息を吐いた。精神的な疲労は少し休めば多少回復する。大事に至る前に、小まめな休息を取る事が大事だ。

 なお、そんなサネモをクリュスタが視線を逸らさず見ている。本当に大丈夫かどうか判断すると頷き、辺りを確認のため歩き回りだした。

 エルツは遠慮がちに言った。

「先生、お疲れ様。やり方を教えてくれたら、僕もやってみるけど……」

「まだ早いな、これはなかなか難しい。下手をすると精神が焼き切られる事もある」

「そ、そうなんだ……」

「しかし、やる気があるのは良いことだな。いずれ頃合いを見て指導するとしよう。ちなみに、動きながらやるのは極めて難易度が高いから真似しないように」

 釘を刺しつつ、機会を逃さず自分の凄さを主張しておく。

 難易度が高いのは本当だ。サネモの場合は死にかけて必死になって、何となくのコツを掴んだばかりだ。普通の術士であれば絶対にやらないだろう。

 戻ってきたクリュスタが目の前に来ると、ちょこんと座り込んだ。

「我が主よ。さり気なさを装い自慢しているところ、お邪魔します」

「何か微妙に辛辣な言葉だな」

「そんな事はありません。と、褒めてくれない不満を隠しながら主張します」

「……ありがとう、助かっている」

 何となく人間のような反応を見せるクリュスタに、サネモは戸惑うばかりだ。そしてクリュスタはサイマラに持ってこさせた品を差し出した。何とも皮肉な事に、長年警備をしてきた魔導人形の手により展示品は集められたのだ。

「ここにありました展示品を回収しました」

 どれもこれも土を練って焼いた器ばかり。

 外側が鉄のように色づいたものは見た目は良いが、ごつくて大きくて中に何を入れたら良いのか分からない。または変に歪な形をした器など、技巧にはしって本質を忘れ使い勝手が悪そうだ。

 そんな中で目を引いたのは、口元の開いた形をした真っ黒な器だった。

 内側に星のような模様が散らばって、角度を変えれば複雑に色が変化し煌めく。まるで大量の星が輝く夜空のように美しい。とは言え――。

「魔導人形三体を貼り付けてまで守らせた価値があるのか?」

 横からエルツが身を乗り出してきた。

「でも、これ綺麗だよ! ねえ、僕が貰っても良いかな」

「どう使うつもりだ?」

「昔っから自分専用の器が欲しかったの! これ、ちょうどいいかも」

「いいのではないかな」

 はっきり言えば使い勝手が悪そうに思えたが、自分の物を自分で選ぶ機会も殆んどなかったであろうエルツが欲しいと言ったなら話は別だ。

 サネモも調子を合わせ、似たような模様の器を手に取った。夕食のスープを飲む程度には使えるかもしれない。同じような品も割れたときの予備に全部回収しておく。

 楽しげな二人の側で待機するクリュスタは、それら器に添えられてあった説明文については口にしなかった。国宝といった文字は不要と、最高級魔導人形なりに判断したのだ。


 第三展示室で更に一体を加えた。

 これでサネモの引き連れるサイマラは五体となっていた。嬉しいがしかし、美術館の中を歩くには多すぎた。後ろをぞろぞろ動かれると大渋滞といった具合だ。

「しかし、妙に警備用魔導人形の数が多い気がする」

「そうなの? 他を知らないから分かんない」

「前に行った遺跡では四体……ああ、そう考えると大差ないかもしれない」

「その四体も先生が支配したの?」

「もちろんだ。あの時はクリュスタもおらず、なかなか苦労したが」

 手柄話をさり気なく自慢しながら、奥に向かって歩いて行く。通路は真っ直ぐ続いているが、奥の方は流れ込んだ土砂によって完全に塞がれている。

 壁に貼られた案内表示によれば、通路の途中で第四展示室に接続しているようだ。その枝分かれした辺りは、薄暗くなっている。

 なにか雰囲気が違う様子を感じ、慎重に近づく。

「……なんだこれは?」

 先頭を歩かせていたサイマラの後ろから第四展示室を覗き込み、サネモは眉を寄せた。その下からエルツも顔を出して頷く。

「とっても気味が悪いね」

「これも展示なのか? そうだとすると、随分と趣味が悪い」

「絶対、それ違うと思う」

 そこは、他の展示室とまるで赴きが違った。

 壁には粘液性の物質が付着し、一部は糸を引いて垂れ下がっている。展示ケースもあるが透明ガラスは砕けた状態。照明も破壊され奥に行くほど薄暗くなっていた。

 さらに壁や足元に、大小様々な楕円形をしたオブジェが幾つも並んでいる。

 オブジェは乳白色をして表面は固そうで、根元には粘性の物質が盛り上がるように多く付着している。あまり触りたいとも近づきたいとも思わないものだ。

 だが、エルツは興味を感じたらしい。

 直ぐ近くの壁にある乳白色のオブジェに近づいた。

「なんだか嫌な感じ。でも、これなんだろ」

「あまり近づかない方が良いぞ」

「うん、分かってる」

 喋った途端、楕円形をしたオブジェが開いた。中から勢い良く飛びだした何かがエルツの顔にぶつかる――その寸前で、素早く動いたクリュスタが掴み取った。

「えっ、えっ!?」

 エルツは極限まで目を開き、クリュスタの掴んでいるものを見つめた。


 艶光りする黒い生物。

 甲高い声をあげ鋭い針のある長い尾を振り回し激しく暴れている。誰がどう見ても獰猛そうで、本能的に嫌悪感と恐怖を感じる姿だ。

 クリュスタは平然として掴んで確認している。

「これは戦闘用に生み出された、モンスター兵器グレムリアンです。卵の存在は情報にないため新発見です」

「そうなのか」

「はい、少なくともクリュスタが製造された時点ではですが」

 ほっそりとした白い手の中で、黒々としたグレムリアンが暴れている。しっかりと捕まれているので良いが、その獰猛さを見る限り、放たれた後にどう動くかは容易く想像がついてしまう。

 エルツは目を見開いたまま固まっている。

「このグレムリアンは極めて危険な存在です。兵器として生み出されましたが、国際的な条約にて使用が禁止され、発見次第最優先で殲滅する事が決定されております」

「えっと発見次第最優先で殲滅って……どうして?」

「幼体が人体に入り込むと、そこを苗床に内臓などを食い荒らしながら成長。犠牲者の体を食い破って飛び出した後は人間を襲撃。男性体は食料として捕食、女性体に対しては尻尾の産卵管を用い交尾を行い繁殖。産まれた幼体が次の犠牲者を襲います」

「あうっ……」

「この幼体はエルツの口から侵入するつもりだったのでしょう」

「ぴぃぃっ!」

 エルツは短い悲鳴をあげた。

 目の前にある無数の楕円形をしたオブジェ、その全てがグレムリアンの卵だと気付いたのだ。サネモに飛びつくとガタガタ震えるばかり。

 しかし、そのお陰もあってサネモは動揺と恐怖を堪えられた。人は自分よりパニックになった者を見ると冷静になれるものだから。

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