第4話 私の幸せの為にひれ伏せ

 遠ざかっていく馬車の後方からリンドウが手を振っている。悪い奴ではないのだろう、ただ失礼なだけで。軽く手を挙げて、サネモは気を引き締めた。

 ここは遺跡の近くだ。

 夕方になる頃に迎えの馬車が来るので、それまでが遺跡調査の時間となる。逆に言えば、それまでは帰れないという事でもあった。歩いて帰れない事もないが、それをする意味はない。

「なるほど、これは街……だな」

 石で覆われた道の両側に石の柱が幾つか並び、石積みの壁もある。手前にあるものの大半は崩れ、奥に行くほどしっかり残っている。さらに奥には建物らしき形状が確認出来た。空気は乾いて、時折吹く風で薄く細かい砂が舞っている。

 遙か昔の時代に人々で賑わったであろう場所は、今ではハンターが生活するための狩り場というわけだ。奇妙な感慨が込み上げるが、それを追いやりギルドで受け取った紙を取り出す。

「まずは指定の交差路に移動か」

 手元の紙を見ながら、指定の場所へと向かう。途中でモンスターらしき唸り声を聞いて恐怖したが、幸いにして遭遇する事もなかった。とにかく足音をさせないよう、目立たないようにと、こそこそ進んでいく。

 モンスターに気付かれないまま、なんとか目的の交差路に到着した。

 書類を再確認し眉を寄せる。

「前前、後ろ後ろ、右左、右左で進む? なるほど、これは儀式魔法を利用した空間転移の技法という事か」

 以前に読んだ論文を思い出し、素直に交差路を真っ直ぐ進み――視界が揺らいだかと思うと、歩きだしたはずの交差路に戻っていた。数秒立ち尽くし、何度か瞬きして状況を理解した。

「なるほど! こうなるのか! はははっ、これは面白い」

 知識としては知っていたが、実際に体験するのは初めて。興奮を覚えながら指示書の通りに交差路を進んでいって、最後は左に曲がる。

「そしてここに着くと」

 目の前に殆ど無傷の建物があった。二階建ての大きな造りで、これが数百年前のものとは思えない健全さだ。調査すべ場所は目の前にある。


 ドアを開けた瞬間、現れた亡霊に驚かされた。

「うっ!」

 驚いて振り回した手は、青白く半透明の身体をすり抜けただけ。逆に触れられた部分に軽い霜が降り、冷たさと痛みを感じ舌打ちした。

 亡霊の囁くような声は聞き取れないが、明らかに嘲っている様子だ。

 サネモは舌打ちをして動揺する。

 どうすれば良いのか分からず、まごつく間に再び青白い姿が迫ってくる。

 大げさなぐらい大きく飛び退いて、それで足を躓かせ転んだ。床に倒れた時に打ち付けた身体も痛いが、それを指さし笑う亡霊の姿に怒りを感じた。

 それでようやく、どうすれば良いの思い至る。

「亡霊如きが私を嘲笑うのか! 喰らえ、【光】【矢】ライトアロー!」

 這いつくばったまま力ある言葉を唱え指を鳴らす。

 サネモの前に生じた光が矢の形をとり、驚き逃げようとする亡霊に向け飛翔した。逃げようとするが、そこに追いすがって命中。金切り声のような悲鳴が響き、青白い姿は消え去った。

 昇天したか消滅したかは分からない。

 とりあえず居なくなれば問題ないのだ。

「私を怒らせるからだ、馬鹿者め」

 いつの間にか出ていた額の汗を拭う。思ったより、それは多かった。

 魔法を使うのは久しぶりで、しかも攻撃用魔法ともなればかなり昔に習って以来である。それでも思ったよりスムーズに使えた。

「なかなか上手くやれたじゃないか」

 サネモは気を取り直し辺りを見回した。

 入ったばかりの玄関だ。天井の一部が弱く白い光を放ち、内部を照らした薄暗さ。広さのあく空間は、多少埃臭さは感じるが、淀んだものは感じられない。足元は赤い毛織物を敷き詰められ、歩いても足音が殆どしない。

 入って直ぐに、あのギルドで見たようなカウンターがあって、小さな受付となっている。古代の建築様式は分からないが、少なくとも単なる住居ではなさそうだ。

 だが、そんな事よりも。

 サネモは素早く辺りをあさり、小さな版や棒などを見つけた。これに価値があるかどうか分からないが、売れるかもしれないので背負い袋に放り込む。

 足音の響きにくい絨毯に感謝しながら進むと、赤と青の扉があった。


「せっかくだから赤の扉にするか」

 慎重に開けた扉の中、廊下の先に見つけた存在にサネモは目を見開いた。

 角張った石塊を人の形に繋げた彫像が、通路の半分を塞ぐように立っていた。間違いなく魔導人形だ。ゆっくりと明滅を繰り返す目の部分を確認するまでもない。姿を見れば分かる。

 なぜなら魔導人形の専門家なのだから。

「あれは軽戦闘用魔導人形のアリーサクか。関節の稼働範囲を画期的に向上させた汎用型、通説では五本指が採用された最初の魔導人形になる。脚部から見れば初期生産型に思えるが違うな、あの頭部形状からすれば後期生産型だ。初期よりも遙かに性能が高いぞ。しかし室内に配置させるタイプなら重量軽減で耐久性は少し落ちるか」

 サネモは嬉々として呟いた。

 魔導人形研究に打ち込んだだけあって、アリーサクの能力は把握している。同時に自分が戦って勝てる相手でないとも分かってしまう。

「…………」

 警備に配置されているのは間違いないのだから、近づけば即座に起動し攻撃してくるはず。ここで戻っても、魔導人形の存在を報告すれば報酬は貰えるだろう。

 ――だが、果たしてそれでいいのだろうか。

 自問自答する。

 今のままで得られる報酬は微々たるもので、そんなものでは生きるのに精一杯。いつまで経っても不条理な世を見返す事も、魔導人形の研究を再開する事も出来ない。

 いま目の前にいるアリーサクという魔導人形。

 これを何とかすれば、もっと遺跡内部を探索できるだろう。金になる遺物を見つけられるかもしれない。そしてアリーサクを倒す必要はない。サネモは魔導人形を研究する中で知っている。真理の文字を見つけ出し、支配権を掌握するばいいのだと。

 真理の文字がある場所は知っている。

 方法も知識も研究の中で身に付けている。

 あとは少しの運と、もう少しの勇気さえあればいいのだ。

 これから先、こんなに上手い状態でチャンスが訪れる機会があるだろうか。

 ――あるはずないな。

 今が正念場と覚悟を決めれば、心のタガが外れていくのを感じる。

「やらいでか! 我に力を与えよ、【力】【肉体】シャープネス」

 指を鳴らし身体強化の魔法を使えば、魔力の動きを感知しアリーサクが反応。関節部分から小片を落とし動きだした。一気に駆け寄るサネモに対し向き直った。

「侵入者ハッケン、排除シマス」

 固い無機質な声をあげ、強烈なパンチを放ってくる。

 ゾッとしながら辛うじて腕をすり抜け、背後に回り込む。振り回された腕を回避、そのまま背に飛びつく。そのままよじ登り、真理の文字に――しかし、アリーサクの関節の稼働幅は大きかった。

 サネモの身体は石の指に掴まれ、締め付けられ、床へと叩き付けられてしまった。


 目の眩むような衝撃、身体がバラバラになるような激痛。我知らず涙がこぼれ落ちていく。少しの運すらなかったらしい。

 アリーサクの足音と衝撃が迫って来る。

「こんな事は……ありえない、何かの間違い……どうして私がこんな目に……」

 夢描いていた人生が脳裏を掠めていく。

 大きな屋敷に住み、上質な服を身に着け、美味い料理を口にして極上の酒を飲む。愛すべき妻が居て、子供に本を読んで聞かせてやる。魔導人形に囲まれ心ゆくまで研究を行い、弟子を迎え知識を伝え書物をしたため後世に名を残す。

 それなのに現実は、床に這いつくばり死を待つばかり。

 許せるはずがない。

「私は……私はこのまま終わらない。終わって堪るか! 絶対に諦められない!!」

 不条理な世の中、横領犯に仕立て上げた学院長、裏切り者の元妻のせいで、全ての夢が手からこぼれ落ち消え失せた。幸せになるべき自分が、こんな場所で惨めに死んで良いはずがない。

 諦められるはずがない。

「私は! 私はただ幸せになりたいだけなんだ!」

 全身全霊を込め立ち上がる。

 その強い視線を向けた先は、近づく巨体ではない。壁に飾られた一枚の絵画だ。

「燃えよ【炎】、フレイム!」

 指を鳴らすと同時に絵画が燃え上がるり、途端にアリーサクが反応した。

 警備用なら建屋の火災対策が最優先と睨んだが、そのとおり消火にかかる。これが人間なら、先に侵入者を撃退してから消火に向かうだろう。だが魔導人形はそうではない。命令を順守する。

 サネモは痛みを堪え足を引きずりながらも走って、アリーサクに飛びつきよじ登った。反応し暴れる身体にしがみつく。不安はあるが、やらねばならない。

「私の幸せの為にひれ伏せ!」

 今度こそ真理の文字を見つけ、手を当て、力ある言葉を唱える。

「彼我を【繋げ】よ、コネクト!」

 仄かな光がサネモとアリーサクとの間を繋いだ。

 感じる抵抗と反撃。それに堪えながら、暴れる魔導人形にしがみつきながら、精神的攻防を繰り広げる。身体の痛みはあるが、集中は途切れさせない。

 ついに核へと到達する。

 だが、まだだ。

 解析し命令を見つけ書き換え支配権を奪わねばならない。

 短い時間でありながら、気の遠くなるような時間が過ぎ――。

「命令ドゾ」

 アリーサクは両腕を降ろし軽く膝を曲げ、命令を待つ体勢となった。

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