第14話 彼と、酒店(ホテル)の望まれぬ客
オールバックの男はジニアの髪をつかみ、顔へと銃を突きつける。
「止まれよ、クセェの。
煙草の灰を散らしながらジニアへと笑いかける。
「どこがいいよ
拳を握り締めながら、マーチが足を止める。
「お利口だな、『待て』ができるたぁ」
男が笑ってマーチに目をやった、その瞬間。
「ハッ!」
それは正確に相手の銃身へと伸び、絡みついてもぎ取った。その間に
が。オールバックの男はくわえていた煙草を吐いた。
突然放たれた赤い火に、
床の上で息を詰まらせ、けいれんしたように震える相手を見下ろして。オールバックの男は、鼻から空気を長く吸い込む。音を立てて息を吐いた。
「ふゥ……。拾えよ」
誰も身動きの取れない中、オールバックの男は足を振り上げた。革靴の踵を、相手の肋へと打ち下ろす。くぐもった音がした。
「拾えよ……テメェのせいだろが、あ? オ・レ・の・タ・バ・コ・を・ひ・ろ・え・つってンだよダボが!」
何度も何度も踏みしだき、動きが止まったところで。男は流星錘の絡まる銃を拾い上げた。相手に向け、間髪いれずに引き金を引く。ユンシュも他の
倒れた男は身を震わせ、何度か口を開け閉めした。それきり動くことはなく、目を開いたまま伏していた。胸の下から床へと、紅く血溜まりが広がった。
靴先がそこに浸かったが、オールバックの男はよけなかった。新しい煙草をくわえる。後ろから駆け寄った黒服が火をつけ、駆け戻っていった。
長く息を吸った後、細く長く煙を吐く。その煙を頭上の天井扇《ファン》が散らしていった。首をかしげて言う。
「なァ? コレはコレでいいとして、だ。そこのクセェの」
煙草の先でマーチを差し、続ける。
「聞いちゃァいたが、マジに蘇ってンだなオイ……キモッ」
嘲るような笑みを浮かべて、マーチの体を眺め回す。
「にしてもよォ、オレもおちおち眠れんぜ。随分
黒服らにあごをしゃくる。
「後学のためって奴だ。どんだけやりゃあ動かなくなるか、試させてもらえ。クセェの、前へ出な。残りの奴はお利口に『待て』だ」
ジニアが何か言いかけるが、黒服に口を塞がれた。
マーチの眉が動き、眉間に皺が刻まれる。
「マーチ」
ユンシュは横に首を振ったが、マーチも首を振り返した。
踏み割るような音を立てて、マーチが一歩足を踏み出す。石造りの床が壁が、わずかに震えた。それから顔をしかめ、煙草をくわえた。火をつける。
黒服らの中から屈強な者が二人進み出る。拳を大きく振りかぶると、男たちは交代で殴った。マーチの顔を、腹を何度も、鈍い音を立てて。
それでもマーチは表情を変えず、煙草をくわえたままでいた。その先をオールバックの男へ向け、上下に動かしてみせる。手招きでもするように。そして再び足を上げ、床へ叩きつけた。
先ほど以上に壁が震え、天井から土埃が落ちる中、ユンシュは小声で言う。
「マーチ……! 何をやってる、挑発するな!」
オールバックの男は頬を震わせた。肩を揺すり、喉を鳴らして笑う。
「テメェよォ……よっぽど脳ミソ腐ってンな。立場分かってンのか?」
男がスーツのボタンを外す。ワイシャツの上、両脇に吊るされていたのは革のホルスター。拳銃を入れていたらしい右脇は空だったが、左脇には中身が収められていた。銃ではなく刃物、小振りの柳葉刀だった。抜き放ったそれを、目を見開いて震えるジニアの頬につける。
「いいのかよ? だぁいじな娘が痛いことンなンぜ、あ?」
おどけたように大きな動きで、マーチは肩をすくめてみせた。煙草をまた上下させた後、音を立てて宙へ吐き捨てる。それはどこにも届かず、
男の頬がひくつき、煙草の先が震える。
「ほォ……そりゃ何か? オレのカラテを採点してくれるってか、拳法家のセンセイよ?」
マーチは唇の片端を吊り上げた。
男の口から噛みちぎられた煙草が落ちる。
「悪ィなセンセイ……だったらよ。オレの鉄砲も採点してくれやコラァ!」
銃を手に、男は一歩前に出る。マーチの前にいた二人が跳び退くと同時、マーチへと銃を向けた。
そのとき。マーチはまたも、足を床へ叩きつけた。石造りの廊下が、壁が震え、天井から土が落ちる。さらに踏み込み、拳を繰り出す。壁へ向けて。
硬く音を立て、右の
土台にひびが走り、折れた
「お……うおおぉぉぉッ!?」
気づいた男は転げるように跳び退き、伏せながら後ろへ下がる。
マーチはその間に、ジニアに向かって駆けた。ジニアは体をよじり、マーチへ向けて身を乗り出す。ジニアの体をつかんだ黒服は、オールバックの男とマーチを交互に見るばかり。
跳び込みながら伸ばした手がジニアに触れようとしたところで、オールバックの男が何かを放つ。孤を描いてマーチの脚に絡みついたそれは流星錘。銃を拾ったときに手に入れていたものか。
床に倒れたマーチが立ち上がる前に、男は長く舌打ちしながらエレベーターへ駆けた。
「テメェら何やってる、ガキ連れて戻ンぞ! オラァ……寄ンじゃねェぞクソ共!」
閉じていくエレベーターの扉の間から、男は銃をでたらめに撃った。マーチへ向け、奥にいる
弾丸を受けながら駆け寄るマーチの目の前で扉は閉まり、エレベーターの駆動音が重く響いた。
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