それではデートを始めましょう
「さて、どこに行こうか。
デートを始めるにあたって軽くデートプランを提案してみる。悲しいかな我が玖球町はデートスポットなる物はほぼ皆無と言ってもいい。地元の同世代は外に遊びに出る時、国岩か山徳にまで足を運ぶ事が多いのだ。玖球からだと遊びスポットは山徳方面が近く、スズネちゃんは国岩方面に住んでいるからあっちの方には目新しさはないんじゃなかろうかと考えた。もうちょい遠出して県跨ぎに広島まで行ってしまうのも有りかも知れないが。
「あのぅ、そのデートプランなんですけどぅ?」
俺があれこれグルグルと考えているとスズネちゃんが俺の前に立って挙手をしている。うん、なにかデートプランを考えてきてたのかな? だったら、スズネちゃんの意見を聞いた方がよさそうだね。
「あのですねぇ、スズネはここでろうえい先輩とデートをしたいと思っているのです」
「ここって、玖球でってことかい?」
「ですです、ここ、玖球でです」
スズネちゃんは両手で地面を指さしてニコニコと頷く、だけど、地元民としては玖球は遊べるところほぼほぼ何も無いけどいいのかな。
「いいのです。スズネはろうえい先輩とミサカちゃん先輩が生まれ育ったここ玖球町を体験してみたいのです」
「体験といっても、本当に面白いところはあんま無いと思うよ?」
「いえいえ、ろうえい先輩には見飽きた場所でも、スズネにとっては新鮮で面白い発見があるかも知れませんよう」
うーん、スズネちゃんがそういうならいいけど。スズネちゃんから誘ってくれたデートでもあるしそうだなぁ、ここから徒歩でいけるそれなりに良さげな場所といえば……。
*
「ここはどうかな、あんまりデート映えスポットて感じではないのかも知れないけど見晴らしはいいんじゃないかな」
「おおっ、奥の方に大きな赤い輪っかがありますねっ。充分にデート映えするスポットではないですかっ。青空を背負ってSNSに画像をアップすればイイネが必ず付きますよぅ」
色々考えた結果スズネちゃんを連れてきたのは並木通り運動公園だ。ここは川沿いに並列に作られたジョギングコースがあり、所々に軽めにストレッチ等を行う木製のアスレチック遊具が設置されていて、中央の赤い輪っかの巨大オブジェクトの奥には芝生広場がある。滑り台や色褪せたバネ付きパンダの遊具も置いてあるので小さな子ども連れの親子等もよく見掛ける。川へと続く下り道を降りていけば近くで水鳥の鑑賞もできるので、一応のデート映えスポットではなかろうかと考えてみた。見慣れた地元民としては目新しさは何も無いが、スズネちゃんの飴玉おめ目の輝きとワクワクに口端が大きく上がっていくのを見るに、ここにして正解だったようだ。
「あの大きな輪っかまで行ってみましょうっ」
「了解、だったらスタートラインはそこの小石を蹴ってよーいドンにしようかな?」
「もう、競走じゃなくてお散歩ですよぅ。それにスズネのローファーで走るのは不利じゃないですかぁ。足がイテテになっちゃいますよぅ」
「確かにそれもそうだ、だがしかし走りやすいスニーカーであったならば?」
「ふふ~ん、勝負に熱く燃えるヒロインに変身するのも悪くはないですねぇ」
「おお、やる気スイッチ入っちゃいますか。けど、どっちにしてもそのオシャレ服で走るのは無理だったね。危なかっしくて勝負はできないよ」
「ん~、確かにヒラヒラフワフワと危なかっしいですねぇ。短いスカートは走りやすくはあるのですけどスズネにも羞恥心というものはあるのでスニーカーを履いていていても勝負はギブアップ
スズネちゃんが両指で丸を作って丸いお目目で楽しそうに覗き込む。きっと、彼女の描いた指の丸の中には赤い輪っかオブジェが綺麗に収まっているのだろう。俺も真似っ子をして両指でエア双眼鏡を作って覗き込もうとした。その時。
────バサバサアァッ────
と、激しい羽音を鳴らしながら大きな水鳥が川辺に着水する瞬間が見えた。
「「おおっ」」
俺たちは両指の輪を作ったまま水鳥の方に同時に声をあげ振り向いていた。
「パシャパシャっと衝撃の瞬間をとらえてしまいましたぁ」
「あれ、それカメラだったの?」
「のんのん、瞳のレンズに焼き付けて心の中にこの瞬間を思い出として写しだしてくれるのです。つまりはスズネ自身が思い出カメラになるという事にっ」
「な、なんだって、スズネちゃんがカメラになってしまって?」
「はい、妖怪ワンダーカメラウーマンの誕生です。んふふ~、おふざけはここまでにしときましてぇ、本当にいい瞬間でしたねぇ。水鳥の着水なんてなかなか見れるものじゃないですよぅ、ろうえい先輩に感謝ですです」
どちらかというとタイミングよく現れた水鳥に感謝じゃないかな? でも、連れてきてあげてよかったね。スズネちゃんは心のシャッターをもう何枚か切っているのかしばらく水鳥を夢中に眺めていた。
「おっと、前方からジョギングのおじさんが来るよスズネちゃん」
「あっ、はい
前の方から一定のリズムを刻むような独特な走り方をする元気そうなおじさんの姿が見える。俺たちは端によって道を譲った。
「こんにちはっ仲良しだなあお二人さんっ」
おじさんはまるで知り合いにでもあったかのように気さくに手を振って走り去っていった。
「えへへ~っ、カレシカノジョに見えてしまったのでしょうかねぇ?」
スズネちゃんもヒラヒラとおじさんの背に軽く手を振りながら、嬉しそうに俺の顔を見上げた。
「うーん、どうだろうねぇ。見えたのかも知れないね」
俺はちょっと鼻っ柱を掻きながら照れ隠しに笑った。
*
「ろうえい先輩。これどうやって座るんですかねぇ?」
「うーん、やり方はそこに書いてあるみたいだけど、うわぁもう経年劣化でくすんで文字見えなくなっちゃってるな。でも、どっちにしてもそんな短いスカートで座るもんじゃあありません」
「は~い、残念ですけどしょうがないですねぇ。その代わり、輪っかまで着いたら記念にパシャリと撮りますからねぇ」
「了解」
途中のベンチに手摺りが付いたようなアスレチック用具に興味津々なスズネちゃんとそれなりに楽しみながらジョギングコースを歩いてゆく。天気の良い抜けるような青空をふと眺めると、遠くで飛行機が飛んでいるのが見えた。さっきのスズネちゃんではないが俺の思い出カメラにこの瞬間を写してみようかと瞳のレンズにとらえた飛行機を心のシャッターでパチリと一枚撮影した。
「さあ、ろうえい先輩、大きな輪っかに着きましたよぅ」
スズネちゃんの声に顔を前に戻すと、大きな輪っかオブジェはもう目の前だ。スズネちゃんがタタッと近づいて両手を横に伸ばして自分の身体で輪っかの大きさを測ろうとするが、さすがに相手は巨大すぎて分が悪いだろうとクスリと笑った。
(そういえば、パシャリと撮るんだったかな?)
輪っか前で記念撮影をする約束を思い出し、俺は自分のスマホを取り出して、まだ両手を一所懸命に伸ばしているスズネちゃんにカメラモードを向けた。心の思い出カメラもいいけど、やっぱり形のある思い出を残すのも悪いもんじゃないよな。
「スズネちゃん」
「はい?」
スズネちゃんに声を掛けると両手を伸ばしたまま顔だけをこちらに向けてくれる。
──パチリと、その瞬間を撮影した。
緩く流れるウェーブ掛かったロングヘアと無防備な顔、とても絵になる瞬間を捉えられた。
「ん、なかなかよく撮れたんじゃないかな。どう? 約束の一枚」
スズネちゃんに撮れた画像を見せると、スズネちゃんはなんだかちょっとむくれた顔をする。その顔も可愛いけど、どうしたのかな。あ、やっぱり不意打ちに撮ったのはまずかったかな。
「もう違いますよぅ、記念のパシャリはろうえい先輩と一緒に撮るパシャリなんですぅっ」
「あ、あれって一緒にて意味だったのか。ごめんごめん」
「ですです、デートの思い出はツーショット。
スズネちゃんは自分のスマホを取り出しながら、芝生広場で遊んでいる家族連れに撮影をお願いしに走りに行った。
「はい、それじゃあお二人とももうちょい寄ってもらって。いい感じに撮れそうだから」
撮影を快諾してくれた家族連れのお父さんは綺麗に撮ってくれようとしてくれているようで、かなり真剣な目でスマホを構えてくる。
「やっぱり、カレシカノジョに見えてしまっているのでしょうかね?」
スズネちゃんの声に俺は口端を上げる。まぁ、見えない方がおかしいのかも知れないな。
「では、もうちょっとソレっぽくしてみましょうか?」
「ん? ソレっぽくとは?」
「こんな感じに。エイッ攻め攻めアタック」
言って、スズネちゃんは指を絡めるように俺の手を握ってくる。コレは所謂恋人つなぎっ。俺が急に攻めてくるスズネちゃんに驚いていると、その瞬間をパチリと撮られた。
「ありがとうございましたぁ。えへへ~、よく撮れてますよろうえい先輩ほら~」
スズネちゃんがお礼を言って受け取ったスマホには大きな輪っかオブジェの前でなんとも言えないマヌケな表情をしている俺と、攻め攻めな割りに恥ずかしげな表情のスズネちゃんが初々しい恋人同士のように手を繋いだ姿が写し出されていた。
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