18 辺境伯領は竜だらけ

 いきなり辺りが光り出したら、辺境伯領に住まう竜たちをさぞや驚かすんじゃ――と、投げる前ちょっとだけ心配だったけど、いざやってみたら、それは全くの杞憂だった。


 と言うのも、首長竜ギータが手紙や物を運んで来て、発光弾で知らせる事が、ままあるんだろう。

 発光弾を投げた後、騎獣軍の竜たちに襲い掛かられることはなかった。


 さっきは猛スピードで突っ込むように飛行して来たせいで、火竜リントヴルムたちも驚いたのかも知れない。


「ハルトっ⁉」


 ただ、こちらに向かって来なかった火竜リントヴルムの代わりに、見覚えのある白い竜が、辺境伯家の館の裏から突然空へ、僕の視界の目の前へと舞い上がった。


 今、デュルファー王国にただ一頭しか姿を確認されていない竜。白竜グウィバー


 この国を代表する(元)冒険者、リュート叔父さんの契約竜だ。


 当然その竜の背には、長剣を片手にした叔父さんがいて、目の前で首長竜ギータに一人乗りをしている僕に、驚愕の視線を向けていた。


 白竜グウィバーと叔父さん。

 

 僕からすれば、そっちの方がよほど絵になって、ポカンと口を開いてしまったくらいなんだけど。


「おまえ……っ、で訓練を受けていたんじゃないのか⁉ 何があった!」


 叔父さんの厳しい声に、僕もハッと我に返る。


「その『竜の牧場』が大変なんだよ、叔父さん! 二人組の少年が首長竜ギータの卵を奪って逃げたんだ!」


「――んだって⁉」


「それで、指導員の冒険者の一人が、僕にここへ助力を仰ぎにいけ、って……!」


 本当なら、一連の流れを詳しく言いたいところだけれど、今は上空、竜の上。

 お互いに最大限に声を張り上げないと会話が出来ない。


 どうやらちょっとイラっとしてきたらしい叔父さんが、先に根を上げた。


「とりあえず、降りるぞ! 話はそのあとだ……っ」


 そう言って、辺境伯家の館の裏手を人差し指でちょいちょいと指さしている。


 ついて来いって言うコトなんだろう。


 僕はそっと、首長竜ギータの背中に手をあてた。


「大丈夫。今の人、僕の叔父さんだから。後ろをついて行って、一緒に下りてくれる?」


 哀しいかな僕はまだ、そんな華麗な手綱さばきで竜を制御することができない。

 首長竜ギータに「お願い」をすることしか出来ないのが、ちょっと悔しかった。


「……ぐるぅ」


 首長竜ギータは、そんな僕を慰めるかのような柔らかい鳴き声を発して、くるりと旋回した。




.゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜ .゜*。:゜.゜*。:゜ .゜*。:゜




「ハルト!」


 辺境伯家の館の裏には、竜のための離発着場のような空間があり、叔父さんも僕も、そこにそれぞれの竜を下ろしていた。

 

 僕が首長竜ギータの背中から地面に降り立つや否や、リュート叔父さんが急いで様子を見に来てくれた。


「竜の牧場から辺境伯家の館まで、休みなしで飛んで来たんだろう⁉ 疲れているとは思うが、事情と状況を聞かせて貰っても良いか? もう日が暮れる、とりあえずは中へ」


「叔父さん! でも……っ」


「いくら火竜リントヴルムと言えど、無計画に追いかけさせるワケにもいかない。ちゃんと話を聞いて、対策を立てるくらいの時間なら、アイツらならすぐに取り戻せる」


 火竜リントヴルム首長竜ギータよりも遥かに早く飛ぶことが出来る。


 叔父さんはそう言って、僕に落ち着けとばかりに背中を何度も叩いた。


「――うおっ、マジでハルトかよ⁉ 訓練初日で長距離飛行とは恐れ入る! 騎獣軍来るか? ウチはいつでも新人歓迎だ!」


 そう言いながら辺境伯家の館の中から出て来たのは、叔父さんと一緒に辺境伯領に向かった、ギルさんだった。


 その声色は、意外と本気の勧誘な気もしたけど、叔父さんの方が秒でそれを却下していた。


「冗談は顔だけにしろ、ギルフォード。だいいち今はそんな場合じゃないだろう!」


「おぉい、騎獣軍屈指の美丈夫捕まえて、それはないだろう⁉ まあ確かに、そんな場合じゃないってのは賛成だけどな。そんなワケでハルト、悪いが中で軍団長おやっさんとエイベル当主が詳しく聞きたいと待ってる。その首長竜ギータはそこで待機させて、中に入ってくれ」


 投げた発光弾には全員が気が付いていたようで、僕はギルさんに辺境伯家の館の中へ入ることを促された。


 チラっとリュート叔父さんを見れば、叔父さんも、従ってくれと言わんばかりに頷いていた。


「大丈夫だ、ハルト。見聞きしたことを、中に入って話すだけでいいから」


「う、うん」


 最後には「俺もついてる」と、まるでご令嬢相手であるかのように囁いた叔父さんに、僕は白旗を上げた。


「ごめん、もうちょっとここで待っててね。必ず、卵は取り戻すから」


 ――僕はそう言って、隣にいた首長竜ギータの背を軽く撫でた。


「ハルト、盗まれた卵って、その竜の……?」


 首長竜ギータをじっと見る叔父さんに、僕はふるふると首を横に振る。


「ううん。違うみたい。ただこのコが、あの牧場での竜のリーダーみたいだったって、指導者さんが言ってくれていたんだ。すごい責任感のあるコだよ」


「……へえ」


 そうか、と呟いた叔父さんは、僕と同じように首長竜ギータの背中を撫でた。


「ハルトをここまで連れて来てくれてありがとうな。俺の相棒の白竜グウィバーを置いていくから、ちょっとの間、一緒に待っていてくれ」


 返事の代わり――なのか返事そのものなのか、首長竜ギータはゆっくりと目を瞬かせて、頷いた……ように、見えた。

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