前のエピソード――3　ある日の依頼

　ここ、デュルファー王国には、四つの騎獣軍と一つの近衛騎士団が存在している。

　近衛騎士団は、王を護ると言う大役を担う事から、騎士団長は武門の誉高きランブール公爵家が管理監督者だ。

　宰相職を担うヘンゼルト公爵家と対を為す、王の側近中の側近職だ。

　対する四つの騎獣軍は、東西南北の国境それぞれに配されている辺境伯家がその監督責任を背負っている。

　各辺境伯家は、遥か昔の建国時に、各家の初代が配下に置いた竜種を、それぞれの騎獣軍の象徴として乗りこなしているんだそうだ。

　火竜（リントヴルム）―― 東のザイフリート辺境伯家

　風竜（ワイバーン）―― 西のメルハウザー辺境伯家

　水竜（ガルグイユ）―― 南のティトルーズ辺境伯家

　地竜（クエレヴレ）―― 北のオクレール辺境伯家

　このうちギルさんが所属しているのが、火竜・リントヴルム種を騎獣として乗りこなす、東の火竜騎獣軍だ。

　両親と田舎で暮らしていたままなら知らなかったかも知れないけど、叔父さんにくっついて、このドレーゼに出て来た後、冒険者の子供たちが通える学校に僕も通わせて貰ったから、色々と学ぶ事が出来た。

　四種の竜は、各騎獣軍の軍属および辺境伯家関係者以外の所持、騎乗は認められていない。

　これらの竜以外では、王家専用となる宝石竜（ヴィーヴル）と、民間の移動や運搬に使われる首長竜（ギータ）が、国内で知られた竜となるらしい。

　もちろん、それ以外にも他の魔獣や竜種はいて、叔父さんが乗りこなす竜なんかも、冒険者時代にうっかり従えた（本人談）希少種らしいんだけど、僕はまだ、三～四種類しか見た事がない。

　騎獣軍や近衛騎士団に入るのでなければ、首長竜（ギータ）が分かれば充分、なんてギルさんは前に笑ってたけど、きっとリュート叔父さんは冒険者時代に全部見ている筈だから、僕も叔父さんの役に立つためには、いつか全種類見ないと！　……なんて事はこっそり考えてる。

　まだまだ、リュート叔父さんの役に立てるようになるには、道は遠いな……。

　そんな風に僕がちょっと遠い目で黄昏ていると、コンコンとギルさんに騎獣軍の説明を受けたらしい叔父さんが「分かった、分かった！」と両手で降参のポーズを見せていた。

「要はその、卵だ幼体だと、今、行方不明になっている竜種って言うのは、ザイフリートの火竜（リントヴルム）だけじゃないんだな？　それでも容疑の筆頭がザイフリートにかかってるってコトなんだな？」

「そう言うこった。……ったく、ハルトでも知ってるようなコトを言わすなよ」

　ギルさんの目がちょっと半目になっていたけど、椅子の背に深く身体を預けて、足を組んだ頃には、もういつもの軽い雰囲気が戻っていた。

「正直首長竜（ギータ）程度だったら、一般にも出回る汎用竜だから、ただの警察案件で話（コト）は済む。今回何が問題かって言うと、行方不明になっている中に宝石竜（ヴィーヴル）の卵が含まれているってコトが一番問題なんだよ」

「なっ……⁉」

　思わず声をあげかけたリュート叔父さんは、慌てて片手で自分の口を塞いでいた。

　僕は僕で、驚きすぎて逆に言葉が出て来ない。

　宝石竜（ヴィーヴル）は王家専用の竜。

　瞳や額に、ダイヤモンドあるいはガーネットと言った宝石を宿す特別な竜。

　その宝石を得た者は世界一の権力者になるとの伝承まであって、実際に代々の国王が戴冠式で頭上に乗せられる事になる冠は、全てその宝石竜（ヴィーヴル）が死後に遺した宝石から出来ているそうだ。

　つまりどういう事かと言えば、誰かがその宝石を狙って、この国の王族にケンカを売ったと言う事。

　今、生きている成体竜よりも、卵なり幼体なりの方が、まだ盗みやすいと判断されたんだろう。

　自然に任せていれば、竜が死んで宝石がこぼれ落ちる前に、人間の寿命の方が早く尽きるだろうけど、そんな当たり前の倫理観があれば、最初から強奪を目論んだりはしない。

「宝石竜（ヴィーヴル）の卵を含めて、複数行方不明……ってコトは、辺境の養竜山へ連れて行く予定の冒険者なり、辺境伯家の兵なりが襲われたと？」

　情報を整理しながら予測を立てていくリュート叔父さんに、ギルさんも「まあ、大筋としてはそうだな」と頷いていた。

「分かっているのは、行方不明と言う事実のみ。襲われたかどうかまでは定かじゃない」

　どの辺境伯家も、空を飛んでいた竜を、ある日いきなり捕まえて騎獣にするワケじゃない。

　既に騎獣になっている竜の子にしろ、新たに保護した竜や卵にしろ、騎獣にするために、育てて訓練する場がある。

　と言っても、竜自体の大きさを考えると、養鶏場や養豚場のような規模を確保したところで首長竜（ギータ）１頭飼えるかどうかだ。

　そこそこの標高を持つ山が一つ、竜の為のねぐらになっていて、逆に言うとそれが可能なのが辺境伯家であり、騎獣軍を持つ事を許されている理由でもある。

「今回は事前の依頼があって、山間にある耕作地を荒らしていた魔獣を退治した冒険者たちが、その中に幼竜や卵がある事に気が付いて、ギルド経由で王家に連絡がいったんだ。で、王家としても詳しい調査確認は必要だろうと、いったんはその、捕獲された場所から一番近い辺境伯家、つまりは東のザイフリート家に一時保護の指示がいった」

「……ああ、何日か前にギルト長たちがバタバタして、俺が受付やら買取やらヘルプに借り出されていたのは、そう言うワケだったのか。ギルド長たちがチラチラと俺を見ながらも、結局最後までギルド業務の手伝い以上の情報を明かさなかったから、俺も敢えて自分からは首を突っ込まなかったけどな」

　そこは突っこんで欲しかった、とギルさんは顔を顰（しか）めているけれど、対する叔父さんはどこ吹く風と言う感じだ。

「何せ今の俺は資料室の番人。本気で俺の手を借りたかったなら、おまえのように『探偵事務所への依頼』と言う形で、正面から来ればよかったんだ。俺の身体は一つしかない。無償で奉仕する程お人好しじゃない」

「……耳が痛ぇな。だがまぁ、依頼なら聞いてくれるんだな」

「話くらいはな。後は聞いてからの判断だ」

　充分だ、とギルさんは口元を綻ばせた。