港町フィアーノ
「おぉ~。海だ~」
馬車に揺られること三日。窓から見えた光景に思わず歓声を上げる。元の世界の海はもちろん見たことあるけど、こっちの世界の海は初めてだ。
「そっか。ホタルさんは海見たことあるんだ」
馬車の中で向かい合わせに座ったセレスタが呟く。
「まぁね。元いた世界の海だけど」
「同じなの?」
「うん、同じ。でもこっちの世界の海の方がきれいかな」
「じゃあ、しょっぱいのも?」
「うん、一緒だね」
「な~んだ」
つまらなそうな顔をするセレスタにきょとんとする。なんだ? どうした?
「あてが外れたな」
そんなセレスタにジェードが御者台から笑いながら声をかける。
「どういうこと?」
「ホタルが海を見たら大騒ぎするだろうって楽しみにしていたのさ」
「えぇ~。例え初めてだとしても大騒ぎなんてしないよ。いくつだと思ってるのさ」
ジェードの思わぬ言葉に不満の声を上げる。三十過ぎだよ。海みてはしゃぐってどういうことさ。
「何言ってんの。ホタルさん、自分の精神年齢いくつだと……」
「ホタル、やめとけ。馬車から落ちると後が面倒だ」
セレスタの失礼な言葉にマダム仕込みの右手を握り締めたところでジェードに止められる。確かに馬車から飛んで行ってしまったら拾うのが大変だ。
「坊主、命拾いしたな」
「ホタルさん、なにその捨て台詞。冗談に決まってるじゃん。怖い顔しないでよ」
物語の悪役よろしく凄んでみたものの目の前のセレスタにはどこ吹く風。ジェードもそんな私たちを見て苦笑いだ。
「ほら、そろそろフィアーノだ。セレスタ、準備しろよ」
「りょ~かい」
レナのお陰で書類はばっちり。しかも理由がフィアーノの領主様のご息女ツァイ様からのお呼び出しということもあってすんなり町に入れてもらえた。
「さて、宿屋に向かうでいいかな」
「せっかくフィアーノの領主様のお屋敷に泊れるチャンスだったのによかったの? って、ホタルさん?」
フィアーノの町に入ってから何もしゃべらなくなった私にセレスタが怪訝そうな顔をする。
だって、だって、すっごい可愛い町なんだよ!
フィアーノの町の方針なのかな。どの家もお揃いの真っ白な建物に水色の屋根。通りは明るい茶色のレンガ敷き。あちらこちらに南国らしい極彩色の植物がたくさん。町の背景は真っ青な海。もう最高でしょ。
「あっ、 仏桑花だ! あっちは極楽鳥花! えっ? 今見えた瑠璃色の鳥って何? ねぇ、ジェードお願いちょっとだけ馬車止めて!」
「いや、通りのど真ん中で止める訳には」
「えぇ~。あっ、飛んでっちゃったぁ」
「ホタルさん、しっかりはしゃいでるじゃん」
「えっ、あっ、いや、別に」
気が付いたら目の前のセレスタがにやにやと笑っている。やだ。よく見るとジェードまで笑ってるじゃん。
「ホタル、宿屋に馬車を置いてからスケッチにでかけたらどうだ? ツァイ様とのお約束は明日だし付き合うぞ」
「……ありがと。そうする」
笑ったままのジェードの言葉に俯いたままうなずく。
うわ~、嘘でしょ。恥ずかし過ぎる。いくらタキの町ではお目にかかれない花や鳥がいたからって、いい年して何してんのよ。
「いいんじゃない。ホタルさんらしくて。後でリシアに怒られるのは嫌だから僕も行くけど。いいよね?」
「もちろん! でも、なんでリシア君?」
急に出てきた言葉に首を傾げる。でも、セレスタは答えるつもりがないのかにやにやするばかり。なんか、感じ悪いぞ!
「まぁ、いいじゃん。いいよね? ジェード」
「俺は構わないが」
「それじゃ、決まり。あっ、宿屋が見えてきたよ」
セレスタの言葉に馬車の窓から顔をだして通りの先を探す。と、他の家より二周りくらい大きな家が見える。まわりと同じ白い壁に水色の屋根。遠目には読めないけど看板がでているところをみるとそこが今夜の宿みたい。
宿屋に馬車を預けると早速、今来た道を歩いて戻る。途中で見かけた 仏桑花や極楽鳥花を早速デッサンする。
「この花、どういう造りなんだろ? おばさんに持って帰ったら喜びそう」
「こら! マダムって呼ばないと怒られるよ」
「おばさんはタキの町だよ。バレるわけないじゃん。おばさ~ん! ほらね……って、痛っ!」
ゴツッ。
極楽鳥花を面白そうに見つめていたセレスタの頭に街路樹から何かが落ちてきてクリーンヒットする。
「これってパイナップル?」
通りの茶色いレンガに転がったオレンジ色の実は一見パイナップル。でもよくみるとちょっと違うし、そもそもパイナップルは木ではないはず。と、落ちてきた木を見ると特徴的な幹が目に入る。
「そっか。アダンね」
「アダン?」
「そう。そっちの赤い花が綺麗な木は多分、鳳凰木じゃないかな」
「詳しいんだな」
「と言ってもどれも前にいた世界の名前だからこっちだと違うかもしれないけど」
「ちょっと、二人とも! 僕の頭の心配は?」
ぷんすか怒るセレスタを他所にデッサンを続ける。確かに温暖なフィアーノはタキの町に比べて鮮やかで大振りな花が多い。マダムがどんなアクセサリーを生み出すのかすごく気になる。
「保存瓶持ってくればよかったな」
「いや、勝手に取ったらまずいだろ」
ジェードの言葉にうなずく。おそらくフィアーノにもノームさんのような精霊がいるのだろうけど、さすがに探している時間はない。
「その分、たくさんデッサンしていく!」
「あぁ、そうだな」
うなずいてくれるジェードに感謝しながら私は目に見える植物や鳥を片っ端からデッサンしていった。
「だから、二人とも僕の心配してよ~」
どこかでセレスタの声がした気もするけど、とりあえず無視ってことで。
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