第42話 パスワード?


「えっと、なにがわかったんですか? おしえてください」

アステリッドは置いてけぼりを喰らったようですこし気分を悪くしたようだ。この子の知識に対する探求心つまり、「知識欲」も相当に高い。


(「知識欲」ねぇ――)

キールはふとあのじいさんの声が言った言葉を反芻していた。

(人類の根幹をなすもの――もっと知らねばわしのことは見えない――)


 キールの知識ではまだ見えないという事だろう。


「あ、ごめん、ちょっと舞い上がっちゃた。この魔法書の秘密の一つがわかったんだ。この魔法書、それぞれの記述の言語が『創作されたもの』なのかもしれない」

キールはそうアステリッドに説明する。


「『創作されたもの』?」

アステリッドはそう聞いて、はっとした表情をする。彼女も気付いたようだ。

「え? ということは、ここにある『言語』は作り出されたもので、実在はしていないという事ですか?」


「たぶん、ボウンが作った彼の「創作オリジナル」だよ。どこかの誰かが使っていた古代語ではなくて、彼がこの本を書く時だけ使った言葉だ。だからこの言語を調べても該当する古代語なんてどこにも存在しないのさ。それは彼の頭の中にしか存在しないのだからね」

キールは言っててその天才ぶりに驚愕する。さすが伝説の魔術師、大魔導士ボウンだとも、とても理解しがたい偏屈者、異端者ボウンだとも言える。


「そんな……。それじゃあ解読のしようがないじゃないですか――」

アステリッドの表情に絶望の色が広がってゆくのが見て取れる。その色に染まる前に希望を与えなくてはならない。


「大丈夫。ヒントはもらっていたんだ、もう随分と前、この魔法書を手に取って数日のうちにね」


 キールはこのことについて説明した。普通の人ならにわかには信じがたい話であろうが、アステリッドは自分の想像の上を通り越してしまうようなキールの話であっても、素直に聞き入れることにすでに抵抗はない。


 キールが初めのころに習得した4つの魔法、その後解読できた2つの魔法の関係性について、アステリッドにこまかく語ってゆく。


「ってことは、最初の4つは意味も分からないのに読めてしまったってことですか? それはまた、すごい能力ですね」

アステリッドは驚きを通り越して呆れてしまった。


「ああ、でも、それが事実なんだよな。で、次の二つの魔法はその4つの魔法と同様の語句が含まれていて、また別の4つの魔法の記述の文法が使われていたので、解読できたのさ。つまり――」

キールがそこまでいった時、アステリッドもようやく意図することが理解できた。


「その4つの魔法がこの書を読み解く「パスワード」という事なんですね――」

と言ってから、

「パスワードってなんだろう?」

と言って首をひねった。


「もしかしてそれも前世の記憶からの言葉、かな。あれ? そう言えば君、「パソコン」って言葉は聞いたことある?」

アルは思わず思い出してしまった言葉を投げてみた。いつだったか不意に頭の中に浮かんだ言葉だ。


「「パソコン」? あ、あれだ! 前に机の上に箱みたいなものと窓みたいなものがあってっていう話しましたよね? それが「パソコン」です、たしか――」

アリステッドは目を見開いてキールを見る。

 

 前々から思っていたがこの子の瞳はすごく澄んでいて引き込まれるような感じを受けることがある。そういえば、あいつもそうだったよな――と思い出したのを今は振り払う。


「え? しってるの? ってことは僕と君の前世の誰かは同じ世界にいたってことになる……のか?」


「そう、なりますね……」


 二人の間にだからと言って何か大きなものが生まれるわけでもないが、小さな共有感は芽生える。

 その時はまだそのような感覚でしかなかった。


 なんとなく気恥ずかしさに二人ともしばらく押し黙ってしまった。



「――そ、それで、解読の方、なんですが――」

アステリッドがようやく言葉を絞り出す。


「あ、ああ、そうだね。とりあえず、共通の綴りがあるものをピックする作業は続けていかないといけないね。でも、この先は、しらみつぶしでなくていいかもしれない。まずは4つの記述とそれぞれに全く共通の語句が入っているものを抜き出して、それに今度はまた4つのどれかの文法を当てはめて構文を作ってみよう。それで意味を成すかどうかを調べる。意味を成すようだと判断したら、ほかの同一基準で構成されたものと比較対照して調べていく。こうやって少しずつやっていくしかない。相変わらずやることは膨大だけど、随分と絞り込めたのは事実だ」

キールは確かな前進を噛みしめていた。 


「これは大きな一歩だよ、アステリッド」





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