猫の手だったら貸してやるにゃ

ぶらっく3だ

1章

プロローグ

 従来知られていたよりも意外なことに宇宙には、命が満ち溢れていた。宇宙全体では余りにもありふれていたため、命の価値は驚くほどに低かった。


 一人の男が歩いていた。一人分の足跡が砂に刻まれては、吹く風に消されていく。吹きすさぶ風は、遠くで争う獣の鳴き声のようにも聞こえた。

 男はここがどこだか知らない。


 男は歩いている先に何が有るのかも知らない。


 男が誰なのか、誰も知らない。

 

 男が着ている漆黒のマントは、日中と夜間の温度差が激しい砂漠でも快適に過ごせるほどの優秀な温度調節能力を有していた。

 呆れたことに男はそれを不思議とも思わなかった。男は不思議なマントを誰から貰ったのかも覚えていなかった。


 ふと、若い女の悲鳴が聞こえた。男は、進路を変えることなく歩き続けた。

 やがて銃や剣で武装した集団に囲まれ、黒いフードを被った女が後ろ手に縛られているのが見えた。


「へえ、薄汚れているが磨けば高値で売れそうだぜ」

「なかなか、可愛いじゃないか。しばらく旅の暇つぶしに可愛がってやるぜ」


 銃を持った男が女の胸をまさぐってまだ熟れていないやや固めの感触を楽しんだ。

 剣を持った別の男がフードの上から若い尻を揉んで下卑た笑いを漏らした。


 黒いマントの男が通りかかったのは、ちょうど男が女の腰に圧し掛かったときだった。


「なんだ、てめえは?」

「命が惜しかったら、水と食料を置いて行け」


 マントの男は、煩わし気に右手を振ると女に纏いついていた男たちが塵に還った。その周囲で囃し立てていた数人の男たちは燃え盛る炎に包まれた。


 女の目には男の右肩の上で微かに何かが光ったように映った。

 マントの男は、女の縄を切って手当をしてやった。


「あの、ありがとうございました。私を送って頂ければ、お礼をいたします。え?謝礼は要らないのですか。それでは、せめてお名前だけでも教えていただけますか?」

「俺に名乗る名など無い。

 そうだな、もし黒いシャム猫に逢ったら、その者を手伝え。それが今回の報酬だ」





◇◇◇


 惑星グレイの大陸に位置するクレイナ共和国の首都ギレルは、ミサイル攻撃に晒されていた。いや首都だけでなく各地の主要施設もシアー共和国の攻撃を受けたと臨時ニュースでアナウンサーが叫んでいた。


「何でだよ、シアー共和国の奴等め。好き勝手に攻撃しやがって、くそっ!」

「ああ、この子が何をしたと言うのよ!か、返してよ。

 う、うう・・・・・・ 許さない、あいつらも地獄に突き落としてやる・・・・・・」


 血だらけで肉傀を抱きしめる母親の悲痛な叫びと虚ろな呪詛が聞こえる。


 逃げまどう市民、我が子を失くした母親が復讐を誓う。誰が悪いのか、誰が間違ったのか?




◇◇◇


「で、吾輩にどうしろと?」


 黒いシャム猫が来客に尋ねた。


「ぜひ、我々をお助けください。ネコ船長!」


 若い男女二名が伝説の船長の前で、深々と頭を下げて懇願する。


「仕方ないにゃあ、探し物のついでに ・・・・・・

 猫の手なら貸してやるにゃぁ!」



 これが惑星グレイからシアー共和国が消滅することが決定した瞬間だった。

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