鍵
三毛猫マヤ
鍵
カチャリと、ドアが開く音がする。
目を閉じたまま、聴覚に意識を集中させる。
フローリングを歩く度にキシキシと床板が音を立てる。その音から体重が軽い人物であることが容易に想像される。
ゆっくりとした足取りは迷うことなく私の背中へと近付いてくる。
ドキドキと心臓が早鐘を打ち立てているのがわかる。
……ギシッ―――すぐ背後でベッドの
閉じた目をぎゅっとする。
まだ、まだだ……もう少し。
後ろの髪に鼻を寄せている気がする。
息が僅かにうなじにかかり、ぞわり。
危うく
頬にかかる髪を掻き分けられる。
髪が触れた
…………
………
……
ダメか、ダメなのか?
バレた……のか?
無意識に息を停めていて、苦しくなってくる。
ゆっくりと鼻から息を吸う。
っ――――と、火照った頬にひんやりとしたものが押し当てられた……。
瞬間、目を開く!
「え……え……?」
唖然とする相手の小さな呟きに構わず、私は枕の下に隠していたスマホを引き抜いて相手に最大光量の画面を突きつけた!
…………
………
……
『……やっぱり、お姉さんでしたか』
私の前には目を見開いたまま、石像のように固まったお姉さんが座り込んでいた。
*
時刻は深夜2時12分になったところ。
腕を組み仁王立ちをする私と、その前でしゅんと小さくなるお姉さん。
『それで、何でこんなことしてるんですか?』
「……え、ええとね、それは……あ、アレだよ、アレ……ねぇ?」
人差し指を立てて、えへへと愛想笑いを浮かべるお姉さん。
どうやら頬にチューしている本人にバレたショックから立ち直っていないようだった。
『アレじゃわかりません』
首を振ってぴしゃりと返す。
「あ、は、はい。で、ですよ、ね~。ええとね、だから、つまり、その、ぎ、ぎむ?そう、お姉ちゃんとしての。ちゃんと妹ちゃんが毎日ぐっすり眠れているかなーって。私、心配性だからさ」
かなり苦しい言い訳だった。声も震えているし。
『いいお姉さんは夜な夜な妹の寝床を覗きに来ない。そもそも、合鍵とかいつ作ったんですか?』
「それは、もちろん妹ちゃんがお風呂に入ってる時に……て、あわわっ!?」
この人チョロいくせに油断ならない。
私はひとつ咳払いすると、努めて冷製に口を開いた。
あまり冷製ではないかも知れないけど。
『お姉さん、毎夜寝るときに施錠した筈の鍵が、朝になると解錠されている日々を過ごすこちらの身にもなってください。誰にも相談できず、今日まで私がどれ程の恐怖を感じていたことかっ!』
「ご、ごめんなさいっ!!」
お姉さんがガバッと土下座をするように謝る。
まあ、悪気はないのだろうけど。
……じゃあ、何のつもりで……?
『お姉さん?なぜ、こんなことをしていたんですか?その理由を、教えてください』
「そ、それはっ……」
お姉さんが言いよどむ。
私はお姉さんの前に座り込み、ぐっと瞳を覗き込んだ。
お姉さんは頬を赤らめて、すぐにハッとして視線を反らす。
私はお姉さんの膝の上にお行儀よく乗っている手のひらを重ねて、ぎゅうっと握った。
もう逃がさないぞという意思表示だ。
他意は、ない。ないないない。
頬が赤いのも、気合いを入れているからだ。
お姉さんが驚いて私を見つめ返す。
うぅぅ、そんなに見つめないで欲しい。
私は明後日の方を向いて、不機嫌そうな声を出す。
『き、今日こそは、ほんとうの答えを聞くまで、逃がさないんですからねっ!』
何かツンデレみたいな物言いになってしまったけど、勢いが大事。うん、うん。
はわわっとおろおろするお姉さんは私の横顔と手のひらを交互に見つめ、ごくりと唾を飲み込むと、ぽつりと呟いた。
その答えにぐっと息が停まった。
『き、聞こえ……ない!』
ウソ。ほんとうはちゃんと聞こえていた。
でも、私は今まで散々、お姉さんに思わせ振りな態度をされて、意地悪されてきたんだ。
だから、もっと、聞きたい。
その答えを何度も何度も!
「だ……から、……き、なの……」
『聞こえない聞こえない!全然聞こえないっ!!』
「私は、あなたのことが……だいっ、好きだーっ!!」
目を閉じたお姉さんが片手を胸に押し付けて、今までに聞いたことのない大声で私に告白した。
胸がぎゅっと締め付けられるような衝撃に、危うく心臓が停まるかと思った。
で、でも、まだ、まだだ。
私は胸を押さえながら、震える声で訊ねる。
『そ、そそ、それは……ら、ライク? それとも、ら、ララ……』
うぅぅ……だ、ダメだ!こ、これ以上は、む、ムリ……。
頬が高熱にうなされている時のように熱い。
あと、あと少し…なのに……。
地の底より響いてくるような乾いた声を吐き出した。
…………
………
……
とんっ。
肩に何かが触れて僅かに顔を上げると……
ぐいっ!!
あごの下から強い力が加えられ、強引に顔を上げさせられた。
そして――――目の前にお姉さんがいる。
閉じられた瞳。
うわあ、ほんとうにお姉さん、
唇に先ほどと同じ感覚が触れる。
ひんやりと潤いを
時間にして数秒であろうその感覚は、離れた後もそこに残っていて、永遠のようにも思えた。
『…………』
「…………」
そっと自らの唇に触れる。お姉さんは俯いたまま、黙り込んでいる。
しばらくして、瞳を潤ませたお姉さんがこちらを上目遣いに見つめながら、ぽしょりと言った。
「これが……答え、です」
『あ、は、…はい……』
未だに思考停止していて、うまく頭が回らない。
「そ、その……」
『は、はい…』
「い、いや……かな?」
『は、はい……あ、いや、いやでは……ない…よ……うん。と、いうか、う、うれ……』
「うれ?」
『うれ……しかっ……た』
「じゃ、じゃあ……」
お姉さんが瞳をきらきらさせながら私の言葉を待つ。
うぅ、その表情は、反則です……。
『よ、よ、よよ、よろしく……お願い、します……』
「っ――――?!」
…………
………
……
反応がない。
私は恐る恐る顔をあげ……
『わっ?!』
急に抱き締められ、バランスを崩してそのまま2人で倒れ込む。
後頭部を打ち付けると思っわれが、お姉さんの手が受け止めてくれた。
「うれしいっ!!」
満面の笑みを浮かべるお姉さんの瞳の光量に圧倒されながら、私はふいっと顔を反らして不機嫌そうに呟いた。
『こ、今度からはちゃんと、私が起きている時に入ってきてよねっ!!』
――――――――――完―――――――――
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