第三章 ミネの村

 馬車に揺られながら、パーティは流れる景色を眺めていた。


 徒歩なら半日ほど掛かるミネへの道も、馬車なら約半分の早さで着く事ができる。


 次から次へと後方へ景色が流れていく。


 まるで風になったような感覚に、爽快感すら覚える。


 しかし、そんな中ジークだけは何か難しい顔をしていた。


「ジーク……どうしたの?」


 それに気付いたアレンは不思議そうに声を掛ける。


「ん……いや、ミネの鉱山から出て来るとかいう魔物について考えてた」


「ああ、なるほど」


「どうせ、倒そうって考えてるんだろう?」


「勿論」


 アレンの躊躇いの無い返答に、ジークは思わず苦笑する。


 分かってたさ。


 アレンの事だからな、と。


 相変わらずのまっすぐさ。


 こうなったアレンは、誰がどれだけ反対しても意志を曲げることは決してない。


「そう言うと思った。だから、作戦を考えていたんだ」


「作戦?」


 アレンが興味津々と書かれた顔で見つめてくる。


「ああ、作戦。その魔物は、夜に現れるって言ってただろ?」


「うん。他の魔物も、昼間より夜の方が多く現れるよね」


「そうだな。だから、もしかすると奴は日光に弱いんじゃないかなって」


「なるほど」


「だから、なんとかして日光を浴びせたいなって思ってさ。まあ、具体的にどうするかは現地を見てからだな」


「凄い、さすがジークだよ。よく思いつくね」


「へへ、まあな」


 アレンに褒められ、ジークは照れ臭そうに頭を掻く。


 カノンはそれをちらりと見て


「単純だなぁ……」


とこっそり呟くのだった。






「さあ、着きましたよ! ここが、ミネの村ですぜ!」


 長い馬車旅で眠ってしまっていた三人は、ダリグの大きな声で目を覚ました。


 時間はお昼時。


 日も高く登り、人々が活動する時間。


 その筈だった。


「な……!?」


 アレン達は目を疑った。


 そこには荒れ果てて、もはや村とは呼び難い光景が広がっていた。


 破壊された家屋、作物の枯れた畑、柵が壊れ動物が一匹も残っていない牧場。


 そして、ボロボロの服を着て、行く宛もなく立ち尽くす痩せた人々。


 お腹を空かせて泣いている子供たち。


「っ、酷い……!」


 カノンが思わず声を漏らす。


 ジークも苦虫を噛み潰したような顔をしている。


 アレンは目を見開いて動けなくなってしまった。


「……これが、この村の現実です。鉱山から現れる魔物によって、この村はほぼ壊滅状態になってしまったんです」


 ダリグが辛そうに説明する。


 自分の力が及ばず、救えなかった現実が、彼の胸を締め付けていた。


「……少し、村の様子を見ても良いですか?」


 アレンは消え入りそうな声を絞り出す。


 ダリグは日が落ちる前には村を出る事を条件に、承諾してくれた。


 アレン達は村を歩き始めた。


 やはり、鉱山から魔物が出ているようで、鉱山に近付けば近付く程荒れ方は酷くなっている。


 家屋はめちゃくちゃに砕かれ踏み荒らされ、瓦礫や岩が散乱している。


 ところどころ血痕や血溜まりなども確認できた。


「ここら辺、特に酷いな……」


 ジークが小さく呟く。


 カノンは今にも泣きそうになっている。


「!」


 すると、突然アレンが走り出した。


「アレン?」


「勇者様!」


 二人も慌てて追いかける。


 アレンが向かった先には、瓦礫と化した家屋の近くで蹲る一人の少女が居た。


 歳は八つくらいの、幼い女の子だ。


「君! こんな所でどうしたの?」


「!」


 少女は涙で濡れた顔を上げた。


 そして、枯れた声で、小さく言った。


「この下に……パパが居るの」


「え……」


 アレンは少女が指した瓦礫を見た。


 壊されてから一週間は経っているように見える。


 そこからは血が流れていたようで、既に黒く固まっている。


 少女の父親が、この瓦礫の下敷きになったのだとしたら……。


 考えなくても、もう死んでいるだろう。


「パパね……いつまで経っても出て来ないの。重いからかな?」


 少女は、父親の死を理解できていないようだった。


「これ、退かしたら出て来れると思うの……でも、わたしじゃ持ち上げてあげられないの……!」


 そう言うと、少女はまた泣き出してしまった。


 少女は、父親を助けようと毎日ここを訪れているのだろうか。


 瓦礫を退かそうとしてできた傷が手に沢山できている。


「ねえ、お兄ちゃん! お兄ちゃんならこれ、退かせる!?」


 少女はアレンに泣きつく。


 アレンはどう答えていいのか分からなかった。


 お父さんは死んじゃったんだよと教えてあげるべきなのか。


 それとも、僕にはできないと断るべきなのか。


 どう答えても、少女の心を傷付ける事に変わりはない。


 アレンはそれが怖くて、何も言えず黙ってしまう。


「おい、アレン! どうしたんだ?」


 アレンが黙り込んで俯いていると、ジークとカノンが追い付く。


「お兄ちゃんのお友達?」


 女の子はアレンが答えるより先にジークとカノンに問いかける。


「え、ああ……」


「こんにちは、そうだよー? 貴女、お名前は? こんな所でどうしたのかな?」


 戸惑うジークに対し、カノンが優しく言うと、少女は目を輝かせた。


「わたし、トゥラ! お兄ちゃん、お姉ちゃん達にお願いがあるの!」


 少女――トゥラは無邪気に言う。


 きっと、年上の人が三人も居れば、瓦礫を退ける事ができて、父親が出て来てくれると思っているのだろう。


「あのね、これを退けて、パパを助けて欲しいの!」


 トゥラが指した瓦礫を見て、ジークとカノンも瞬時に状況を察した。


 アレンが言葉に困る理由がわかり、二人も同じように困ってしまう。


 暫く悩んだ後、カノンは優しく笑ってトゥラの頭を撫でた。


「お姉ちゃん達じゃ無理かな。ごめんね? でも、知り合いに力持ちのおじさんが居るから、その人に聞きに行こうか」


「うん!」


 それを聞いて、トゥラは嬉しそうだ。


「取り敢えず、一度団長さんの所に連れて行きましょう」


 カノンはトゥラに聞こえぬようこっそり二人に伝える。


 二人は頷き、


「じゃあ、行こうか」


「お姉ちゃんにおてて繋いでもらいな?」


とトゥラに微笑みかける。


 トゥラはカノンの手をギュッと握る。


 そして手を引かれてダリグのもとへ向かうのだった。


 三人とトゥラはダリグのもとへ行くと事情を説明した。


 ダリグも困ったように腕を組む。


 トゥラに問うたところ、母親も鉱山から出現する魔物によって殺害されており、家族はもう居ないようだった。


 アレンは暗い顔をして落ち込んでしまった。


 アレンも幼い頃、両親を魔王の手下の魔物に殺されている。


 自分とトゥラの姿が重なったのだ。


「……アレン、大丈夫か?」


 心配になったジークが声を掛ける。


 ジークもアレンの過去については知っている。


 故に、アレンが自分では想像もできぬほど辛い気持ちである事は、分かっていたからだ。


「うん、大丈夫だよ」


 アレンは強がって笑って見せる。


「……そうか」


 強がりなのは分かっていた。


 けれどジークは、気付かぬ振りをした。


 本当は強がって欲しくない。


 もっと素直になって、甘えて欲しかった。


 でも、それを言ってしまうと、頑張っているアレンの気持ちを踏み躙る事になる気がして、できなかった。


「……ジーク」


 心苦しく思っているジークを、アレンは静かに呼んだ。


「ん、何だ?」


「……ありがとう。心配してくれて」


「……ああ。どういたしまして」


 ジークはその一言で、何故だか救われた気がした。


 それと同じように、アレンの心もジークの言葉で軽くなっていた。


「僕、鉱山から出るっていう魔物を倒すよ。必ず」


「ああ」


 二人は改めて決意を固めた。


 トゥラのために。


 犠牲になった人々のために。


 そして、これ以上こんな悲しみを増やさないために。






「ダリグさん! 僕達やっぱり鉱山の魔物を倒そうと思います!」


 アレンは力強くダリグに告げる。


「え。ゆ、勇者殿? あの、夜になる前には、ここを出るというお約束じゃ?」


 アレンの勢いの良さに、あのダリグがしどろもそろになる。


「僕達は、世界を、人々を救うために旅をしているんです。困っている人が居るのに、放っておけません!」


「ですが、あの魔物は俺達でも勝てないんですぜ!?」


「関係ないです! もう決めたことなので!!」


 こうなったアレンはやはり折れる事はない。


 ダリグに何を言われても、もう聞こうとしない。


 これには思わずダリグも困り果てる。


 論破と言うにはあまりにも強引に、ダリグを黙らせてしまう。


 それを苦笑しながら見ていたジークが口を開く。


「まあまあ団長、俺に作戦があるんだよ」


「作戦? どうするつもりだ少年」


 ジークは作戦を語り始める。


「まず、魔物が夜になって現れたら息を潜めて朝が来るのを待つ。そして日が昇り魔物が鉱山の採石場内に戻ろうとしたら、入口を塞ぎ閉め出してしまう。そうすればソイツに朝日を拝ませる事ができると言う訳だ」


「その魔物は日光に弱いんじゃないかと仮説を立てたんです」


「なら、無理に夜に戦う必要はない。力が弱る朝に叩けばいい」


 話を聞いたダリグとカノンはなるほどと手を叩く。


「だけどお兄ちゃん、入口を塞ぐって言ったってどうするの?」


 カノンの問いに、ジークは得意げに答える。


「ここには鉱山があるんだぜ? なら、岩くらい壊せる物だってあるよな?」


 ダリグは暫く考え、ハッとした。


「そうか、爆弾……!」


「ビンゴ、その通りだ。爆弾を使って入口を崩し、塞ぐわけだ」


 ジークはニヤリと笑う。


 この作戦ならいける。


 そう確証があったからだ。


「早速、俺とアレンで日が沈む前に爆弾を探してくる。団長とカノンは、住民達を出来るだけ鉱山から離れたところに避難させてくれ」


「うん、分かった!」


「了解した、少年よ! 貴様、意外と冴えておるではないか!」


 ダリグに褒められジークは得意げに笑う。


「じゃあ行こうか、アレン」


「うん。二人とも、住民の人のこと、頼むよ」


「はい!」


「おう!」


 四人はそれぞれ二手に分かれて動き出した。


 アレンとジークは鉱山に向かった。


 流石に採石場内まで入るのは危険と判断し、周囲を探索する。


 ザッと歩いただけでも人の死体が転がっていたり大きな血痕があったりと、なかなかにグロテスクな惨状になっていた。


「うわ……」


 思わず口元を覆うジーク。


 アレンも顔を顰めている。


 だがこんな事で怯んでいる場合じゃない。


 爆弾を探さなければ。


 二人は死体や瓦礫を退かしたりしながら爆弾を探す。


 すると、アレンが「火気厳禁」と書かれた大き目の箱を見つけた。


「ジーク、これ!」


 大きな声でジークを呼び、箱を開ける。


 そこには、隙間を開けずビッシリと爆弾が詰め込まれていた。


「お、でかしたアレン!」


 ジークは箱を覗きアレンの頭を撫でる。


「ん、どうも」


 アレンは照れくさそうに笑いながら大人しく撫でられる。


「これを採石場のトンネルの入口に仕掛けるんだ。行くぞ!」


「うん!」


 爆弾が入った箱をも二人掛かりで持ち上げ、危険を省みず採石場の入口に持っていく。


 これだけの火薬を移動させるとなると、やはり注意深くなるようで思ったよりも時間が掛かってしまった。


 既に時間は夕方近くになっている。


「さっさと仕掛けてしまおう、モタモタしてると日が暮れる」


「うん、わかってる」


 二人は素早く爆弾の設置に取り掛かる。


 近くに転がっていたピッケルで岩に穴を開け、トンネルの入口上と左右に爆弾を仕掛ける。


 そして目立たないように気を付けながら導火線を離れた岩の陰に繋げていく。


 この岩の陰に隠れ、日の出と共に火をつけようという考えだ。


「なかなか上手く仕掛けられたんじゃないかな?」


「ああ、上出来だ」


 作業が終わった頃には日が沈み始めていた。


「そろそろカノンと団長と合流するか。行こう、アレン」


「うん」


 一方その頃、カノンはダリグと村の住民達を鉱山から一番離れた建物に避難させていた。


 勿論、トゥラも一緒だ。


 カノンの手をぎゅっと握っている。


「お姉ちゃん、パパは?」


「あ……」


 どうしよう、とカノンは困ってしまう。


 そうだった、この子には力持ちの人がいるからと言ってついて来てもらったんだった。


「えっと……お父さんはね、後で助けるから、今はお姉ちゃんと一緒に来て? ね?」


「本当に? 絶対助けてくれる?」


「もちろん! だから、今はお姉ちゃんの言う事聞いてね?」


「うん、分かった!」


 トゥラは無邪気について来てくれる。


 けれど、カノンはトゥラに嘘をついてしまった事を心苦しく感じた。


「お嬢ちゃん、これで村の住民は全員らしい」


 ダリグが声を掛ける。


「団長さん、ありがとう」


 二人は空を見る。


 そろそろ日が沈む。


 ……ヤツが、出て来る。


「ただいま戻りました!」


「仕掛けて来たぜ」


 そこに二人が帰って来る。


「おかえりなさい!」


「ああ。……さて、ここからの動きを説明する。皆、言う通りに動いてくれよ?」


 ジークは村の地図を広げてこれからの作戦を話し始める。


「まず、鉱山の採石場近く、導火線の先に俺が待機する。日が昇り始めたら爆弾に俺が点火して入口を塞ぐ。アレンは鉱山に近いこの建物に、団長には鉱山入口をのここに待機してもらう。入口が塞がったら攻撃をしかけてくれ」


「分かったよ」


「任せろ少年!」


「カノンは、ここで安全のために住民の様子を見ていてくれ」


「分かったわ」


 ジークが話し終えた、次の瞬間。


「グオオォォォォォオオオオオッッ!!!」


 獣の咆哮のような声が地を震わせた。


「や、ヤツだ!! またアイツが現れた!!」


 住民の一人が叫ぶ。


 住民達はパニックに陥ってしまう。


「大丈夫です! 皆さん落ち着いて!」


「落ち着け、大丈夫だから!!」


 アレンとジークが宥めようと声を上げる。


 しかし、ヒステリックに叫ぶ住民の声にかき消されてしまう。


「うっっるさいッツってんだろ!! 黙れ!!!」


 暴言じみた声が騒然となる建物内の空気を切り裂いた。


 それはある意味、魔物の咆哮より恐ろしいもので、皆静まり返る。


 声の主はハア、と一息つきニッコリ笑ってこう言った。


「大丈夫だから、静かにしてね! 皆!」


 そう、声の主はカノンだったのだ。


 皆口を揃えて「はい」と答えるしかできなかった。


 カノンはよしと満足げに笑っていた。






「さあ、作戦開始だ。夜の間は見つからないようにするのが第一だ。あくまで行動を起こすのは日が昇ってから。良いな?」


 ジークが改めて確認する。


「分かってる。大丈夫だよ、上手くやるさ」


「必ず、成功させようじゃないか!」


「皆、頑張ってね!」


「ああ。……じゃあ、行くぞ!」


 ジークの号令で三人は駆け出した。


 ジークを先頭に、壊された村を駆け抜ける。


「……! 止まって」


 アレンが二人を静かに引き留める。


 すると、ドスン、ドスン……と規則的な地鳴りが近付いてくる。


 慌てて三人は建物の陰に隠れて様子を伺う。


 大きな音を立てながら、二メートル以上の大きな何かが歩いていく。


 よく見るとそれは、大きな猿のようだ。


 しかし、体が無く、側頭部から大きく逞しい腕が生えている。


 また、足が短く一頭身の滑稽な姿をしている。


 腕を松葉杖のように器用に使いながら移動していく。


「なんだアレ……猿?」


「にしては変な形だよね……足が無いカニみたい」


「カニ……ん? カニ? カニかあれ?」


「変な形ですが猿形の魔物ですぜ。あの腕が厄介で、恐ろしい威力の攻撃を繰り出してきます。まあ、本当の猿みたいに木に登ったりするところは見たこと無いですがね」


「へえ……」


 アレンは不思議そうに猿のような魔物を見つめる。


「腕に栄養が行き過ぎて、他が残念になっちまったんじゃねえの?」


 ジークが嘲笑する。


 その瞬間、魔物が顔をこちらに向ける。


「やべッ」


 慌てて建物の陰に身を引っ込める。


 間一髪だった。


 魔物は暫くこちらを見つめてから、気付かなかったのか、またノソリと動き始めた。


「あっぶねぇ……」


 魔物がある程度離れたのを確認してから、三人は作戦の位置まで走り出す。


 その途中、何度かあの魔物の咆哮や何かが破壊されるような音が響き渡った。


 その度に三人は振り返り、カノンや住民達が居る方に行っていないか確認した。


 幸いな事に、魔物の移動スピードはそれほど速くないようだ。


 さらに、その建物とは反対方向に進んでいるようだった。


 三人は胸を撫で下ろし、また走り出した。


「よし、ここで別れるぞ。それぞれ位置に着いてくれ」


 鉱山近くまで来ると、三人はそれぞれジークが指示した場所に着く。


 アレンは鉱山に近い建物の陰に。


 ダリグは鉱山の入口に。


 そして、ジークは採石場入口近くの岩陰に。


 ここで朝が来るまで身を潜める。


 静かに、気付かれぬように。


 朝まで待つとなると、かなりの時間が掛かる。


 しかし、時折響く破壊音や咆哮で、三人が眠気を催す事は無かった。


 寧ろ、緊張で時間の流れが速く感じる程だった。


 近くに時計はないが、月や星の動きである程度時間の推測はできる。


 三人は、空を見上げる度に位変わる星々の位置に驚いていた。


 時間は流れ、夜明けまであと少しというところ。


 魔物が鉱山の方に戻ろうとし始めた。


 徐々に足音が近付いてくる。


「来たな……」


 ジークは準備していたマッチを手に取る。


 アレンとダリグも、それぞれ剣と鉄槌に手を掛ける。


 夜が開けると同時に攻撃する。


 その瞬間が、足音と共に少しずつ近付く。


 高鳴る胸を抑えつけ、三人はその時を待つ。


 ……つもりだった。


「……えっ」


 アレンが何かを見つけ、小さく声を漏らす。


 それは、カノンの元に居るはずのトゥラだった。


 松明を持ち、アレンのすぐ目の前を過ぎ、自分の家へ走っていく。


「待って! 危ないよ!!」


 アレンは慌てて呼び止めようとするが、トゥラは聞く耳を持たない。


 松明の明かりが跳ねながら、遠ざかっていく。


 そこへ……


「グオオォォォオオオ!!!」


 鉱山に戻る途中の魔物が近付いて来る。


「まずい……!」


 アレンはトゥラを救おうと持ち場を外れて駆け出した。


 アレンが動いたことで、ジークとダリグも異常事態に気付く。


「何だ…!?」


「アレン、どうしたんだ!?」


「トゥラちゃんが、こっちに!」


 ジークとダリグにアレンが叫ぶ。


 見てみるとアレンの前を明かりが動いている。


 二人はそれを確認すると、アレン達の元へ走り出した。


 トゥラの元に、魔物が近付く。


 トゥラは周りが見えていないようだ。


 崩れた家まで来ると、救える筈もない父親を救い出そうと瓦礫を退けようとし始める。


「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、誰も助けてくれないなら、私だけで助けるもん……!」


 待つよう言われたが、もう我慢の限界で飛び出してしまったのだろう。


 それが、どれほど危険かも知らず。


 ドス、ドス、ドス……


 トゥラに地鳴りが近付く。


「え?」


 夢中になっていたがやっと音に気付き、そちらを見る。


「グオオォォォオ!!!」


 雄叫びをあげながら、魔物が近付いて来ていた。


「ヒッ……!?」


 あまりの恐ろしさにトゥラは松明を落とし、腰を抜かして動けなくなってしまう。


「大丈夫!?」


 そこにアレンが魔物を追い抜き駆け寄る。


 しかしそのすぐ後に魔物は迫っていた。


 腕を振り上げ、二人を叩き潰そうとする。


「いやあぁ!!」


「っ!」


 悲鳴を上げるトゥラを庇うようにアレンは抱き締める。


 痛みに備えて歯を食いしばった。


 ……しかし、その腕が振り下ろされることはなかった。


「やめろおおぉ!!」


 ジークが背後から飛び上がり、大剣を魔物めがけて振り下ろしたのだ。


「ギヤアァァアアアアッ!!!」


 魔物の絶叫が響く。


「だあぁ!!」


 続いてダリグの鉄槌が魔物に振り下ろされる。


 魔物はまたも悲鳴を上げる。


 ジークは着地すると、アレンとトゥラに駆け寄った。


「アレン、無事か!?」


「うん、大丈夫だよ。ありがとう……!」


 アレンはトゥラを抱き締めたまま答える。


 トゥラはアレンの腕の中で震えていた。


「そうか、良かった……」


 ジークが胸を撫で下ろした。


 が、安心している間も無さそうだ。


「グアッ!!」


「!?」


 ダリグが建物の壁に叩き付けられる。


 魔物がその巨大な腕で、ダリグを投げ飛ばしたのだ。


 そして、次はお前達だとでも言うように、鋭く此方を睨んだ。


「話は後だ、逃げるぞ!」


 ジークはトゥラを小脇に抱え、駆け出す。


 アレンもほぼ同時に走り出す。


 次の瞬間には、三人が居た場所に腕が振り下ろされ、地面に亀裂を入れた。


 アレンはトゥラとジークを逃がすため、剣を抜き魔物に向き合う。


「ジーク、行って!」


「分かった、無理するなよ!!」


 ジークはトゥラを安全な場所に連れて行くため、アレンを残して走り去る。


「ダメ、パパが! パパが!!」


 魔物への恐怖で放心状態だったトゥラは、ハッとするとそう言って暴れ始めてしまった。


 ジークも離すまいと腕に力を込めるが、それに反抗するようにジタバタと暴れる。


「パパを助けるの! パパを!!」


 ジークは暫く黙って抱えていたが、魔物からある程度離れると立ち止まり、トゥラを降ろした。


 そして、その目を見て言い放った。


「無理言うな!! お前の父親はな、死んだんだよ!!」


「えっ……」


 それはトゥラにショックを与えるものだった。


 目が、大きく見開かれる。


「そんな、こと……」


 否定しようと声を絞り出した瞬間、その背後で大きな音と悲鳴が響いた。


 驚き振り返ると、アレンが魔物の攻撃を受け、地面に叩き付けられていた。


「アレン!」


「お兄ちゃん!」


 二人は声を上げる。


 ダリグがアレンに駆け寄り、腕を引っ張って立ち上がらせる。


 そして、二人はまた魔物に向かっていく。


 何度叩き付けられ、傷付いても、二人は少しでもトゥラが逃げる時間を稼ごうと戦っていた。


「くそっ……!」


 ジークも見ていられなくなり、加勢しようとする。


「あ。パパ……」


 しかし、ジークが離れると、トゥラは父親の元へ向かおうとする。


 それに気付いてジークは足を止め、トゥラを引き止めた。


「何してるんだ! 早く逃げろ!!」


「だって、パパが……」


「だから死んだって言っただろう!!」


 もう、我慢できなかった。


 こんな状況なのに、父親が死んでいるという事を理解せず、作戦を狂わせ仲間が傷付く事態にしやがった。


 ここまで言ってもまだ理解しようとさえしない。


 怒りが限界に達したジークは、大声で怒鳴りつける。


「お前が現実を見ようとしないから、ああやって皆が傷付いているんだ!! お前の父親は死んだんだよ! 目を覚ませ!!」


「ッ……!!」


 トゥラの瞳からポロポロと涙が落ちる。


 ……本当は、分かっていた。


 パパはもう死んじゃったんだって。


 でも、それを受け入れたら悲しくて、心が壊れてしまいそうで。


 目を背けていた。


 自分に、皆に、嘘を吐いていた。


 それが、こんなにも誰かを傷付けるなんて思わなかった。


 そう、トゥラは、自分の心を守るために、無意識に自己暗示を掛けていたのだ。


 ジークに現実を突き付けられ、その暗示が解けた。


「ごめん、なさい……」


 もう、目を背けちゃいけない。


 受け入れなきゃ。


 じゃないと、また誰かを傷付けてしまう。


 ジークはトゥラの言葉を聞くと、そっと頭を優しく撫でた。


「分かれば良いんだ。さあ、父親の分まで生き抜け! 逃げろ!!」


「うん!」


 ジークが手を離すとトゥラは駆け出した。


 皆にこれ以上迷惑をかけちゃダメだ。


 パパにも怒られちゃう。


 私は、生き抜かなきゃ。


 ひたすらに、トゥラは駆けた。


「さて……」


 それを見届けると、ジークは大剣を握りアレン達のもとに駆け出す。


 既に二人は立っているのがやっとな程の傷を負っていた。


 最早気合いだけで戦っているようなものだった。


「二人とも、下がってくれ! ここからは俺がやる!」


 ジークは二人の前に立ち、構える。


 しかし、魔物は暫く三人を見つめると踵を返し何処かへ向かい始めた。


「え? どうなって……」


 ポカンとするジーク。


 しかし、すぐにその理由は分かった。


 もう、日が昇る。


 魔物は日光を避けるため、日の当たらない採石場奥に戻ろうとしているのだ。


 それを理解した瞬間ジークは走り出した。


 まずい、魔物が戻る前に爆弾に火を付けなければ。


 全力で走る。


 しかし、魔物も必死になって戻って行く。


「くっそ……!」


 万事休すか。


 そう思ったその時。


 ジークはある物に見つけた。


 先程トゥラが落とした松明が、炎を燃やし続けていたのだ。


 松明には油を染み込ませた布が巻き付けてあるから、そう簡単に火が消えることはない。


「これなら……!」


 ジークは走りながら松明を掴む。


 そして魔物を追い駆ける。


 魔物が鉱山に入る。


「いっけええぇ!!!」


 ジークはタイミングを見計らい、思い切り採石場の入口に松明を投げた。


 松明は魔物の頭上を弧を描いて飛び、導火線に火を点けた。


 魔物が採石場に入ろうとした瞬間、爆弾が点火され爆発する。


 それが他の爆弾を誘爆させる。


「ギエェェェエエエエ!!!!」


 爆発に巻き込まれた魔物の悲鳴が響く。


 岩が崩れる音がし、土煙が上がる。


「……やったか?」


 土煙が少しずつ収まり、状況が見えてきた。


 魔物は腕だけ岩の下敷きになっており、それを引き抜こうとジタバタ暴れている。


 岩もその力で持ち上がりそうになっており、今にもそこから抜け出そうだ。


「まずい……!」


 ジークは眉間に皺を寄せる。


 しかし、天はジーク達を味方した。


 日が昇ったのだ。


 あたりが少しずつ明るくなっていく。


 日の光はジーク達を照らす。


 勿論、魔物も平等に、照らす。


 すると、魔物の動きがだんだん力無いものになっていく。


 どうやら、日光に弱いというジークの仮説は当たっていたようだ。


 ジークは小さく息を吐くと、魔物に近付く。


「アイツの両親や、沢山の人々を殺し、アレンや団長を傷付けて。お前の罪は重いぞ」


 ジークはそう呟くと、大剣を振り下ろし、魔物の体を叩き斬った。


 魔物は血飛沫を上げ、そのまま動かなくなった。


「……終わった、な」






――……


「あーあ。失敗ね」


 ちょうどその頃、村の外で日の光を浴びながら呟く女性が居た。


 ポニーテールに結った、サラサラの金髪を風に遊ばせている。


「それにしても、まさか勇者がまだ生き残っていたなんて……予想外だったわ」


 そう言いながら、黒いパラソルを広げる。


 パラソルを握る右手の甲には、緑に輝く宝石。


 その輝きだけを残して、彼女は静かに森の中に姿を消した。


「まあ、おかげで楽しめそうだけどね……フフッ」






「三人とも! 無事!?」


 魔物退治を終えた三人のもとに、カノンが駆け寄る。


「カノン! どうしてここに……」


「わ、わたしが! お願いしたの……!」


 ジークの問いに答えたのはカノンではなかった。


 視線を下に下げると、トゥラがカノンの後ろに隠れていた。


「お兄ちゃん達がピンチだから、助けてって……」


 トゥラは、ジークに言われて逃げた後カノン達のもとへ行き応援を頼んだらしい。


 カノンもそれを聞いて、共に駆けつけたと言う訳だった。


「そうだったのか……ありがとうな」


 ジークは優しくトゥラの頭を撫でた。


 すると、トゥラは嬉しそうに笑うのだった。


「さて、傷の治療をしますか! 二人とも酷くやられましたね……!」


 カノンは早速アレンとダリグに治癒魔法を発動させる。


「っはあ……ありがとう、カノン」


「ハハ、もう駄目かと思ったぜ……」


 痛みが消えていく感覚に、二人はフッと息を吐く。


「……酷い傷だけど、皆生きていて良かった」


 カノンもそう言って安堵の笑みを浮かべる。


 待っている間、ずっと三人のことを心配していたからだ。


 無事とは言えないかもしれないが、三人が生きていて、本当に良かった。


 カノンは心からそう思っていた。


 傷の治療も終わった頃、住民達が避難していた建物から出て様子を見にやって来た。


 そして、真っ二つになり絶命している魔物を見て、歓声を上げた。


「凄い、魔物が死んでいるぞ!」


「奇跡だ、奇跡が起こったんだ!」


「女神様は私達を見放してはいなかったのね!」


 アレン達はそんな住民達を見て、自分のことのように嬉しくなった。


「皆さん、どうもありがとうございます。おかげさまで我々は救われました!」


 村長と思われる老人が、アレン達のものに歩み寄る。


「いえ、僕達は当たり前のことをしただけですよ。ね、ジーク?」


「ああ。困っているのを見過ごすなんてできないもんな」


 そう言ってアレンとジークは笑った。


「しかし、クルティの自警団の皆さんでも倒せなかったのに……皆さんは一体何者なのですか? まだまだお若く見えますが……」


 自警団でも、と村長が言うと、ダリグはきまりが悪そうに頭を掻く。


 そして、それを誤魔化す為かアレンの肩を掴み言った。


「彼らは勇者ご一行ですぜ、村長さん。この少年は、俺と戦って勝利し、さらにはこの魔物まで倒しちまったんでさ!」


 ダリグの言葉を聞くと村長は驚いたように目を見開いた。


「勇者……!? 勇者とは、あの伝説の勇者様でありますか……!」


「はい。僕は四十年前に魔王を倒した勇者ガイアの孫です」


「なんと……! あのガイア殿の!」


「! 祖父を知っているんですか!?」


 アレンは村長の言葉に思わず身を乗り出した。


 アレンの祖父、ガイア。


 四十年前に魔王を倒した勇者。


 彼はアレン達親子と共に暮らしていた。


 アレンとも仲が良く、アレン自身、彼を誇らしく思い、大好きだった。


 寝る前、いつも語ってくれた冒険譚を今でも覚えている。


 幼い頃病弱で、あまり外に出られなかった自分にとって、それはとても輝いて見えた。


 しかし、彼は十年前――魔法が復活する直前、姿を消した。


 アレンはとても悲しくて、寂しかった。


 そして、ずっと彼の消息を気にしていたのだった。


「ええ、ガイア殿はこの村の救世主なのです」


 村長は語り始める。


 この村は、かつても魔物によって壊滅の危機に晒されていたらしい。


 しかしそんな時、村を訪れた勇者と名乗る若者ガイアが、魔物を倒し村を救ったそうだ。


 村長はそれを忘れられず、今も目を閉じれば思い出せるほど、その雄姿を鮮明に覚えているらしい。


「祖父も、ここを訪れていたんですね……」


 アレンはぽつりと呟く。


 なんだか、祖父が語っていたのと同じ道を歩んでいるのだと思うと、少し照れ臭いような、くすぐったいような。


 けれど、悪い気はしなかった。


 寧ろ、嬉しいと感じた。


「またも勇者様に救っていただけるなんて……この村はなんて幸運なんでしょう!」


「勇者様万歳! 勇者様万歳!!」


 村人は、勇者を称え声を上げる。


 アレンは少し照れくさそうに頬を掻いた。




 


……そんな中、ジークは何処か違和感を感じていた。




 


その日の昼過ぎ、アレン達は次の街、ジュビリアムの街を目指してミネの村を出た。


「勇者様ー! ありがとうございましたー!!」


「住民一同、応援しております!」


「必ずや、魔王を倒してくださいー!」


「お兄ちゃん達ー! わたし、精一杯生きるねー!!」


 ダリグやトゥラ、村長ら住民は、アレン達の姿が見えなくなるまで、勇者を称え、応援する声を送っていた。


 アレン達も、村が見えなくなるまでその声に応え手を振り続けた。


「なんだか私、すごくいい気分です」


 村が見えなくなった頃、カノンは笑顔でそう言った。


「うん、住民の人達も喜んでくれていたしね」


「それに、勇者様のおじいさんの手掛かりも掴めましたし! 勇者って、やっぱり凄いんだなぁ……!」


「そうだね。僕も、勇者になって良かったって思ったよ」


「……」


 楽しそうに話す二人。


 しかしジークだけ、表情が何処か暗かった。


……何が勇者になって良かっただ。


 幼い頃は怖いから勇者になんてなりたくないって泣いていたのに。


それに、あの作戦を考えたのは俺で、実際魔物を倒したのは俺なのに。 


 ……勇者っていうだけで。


「……ジーク?」


「!」


 アレンの呼び掛ける声でハッとする。


「あ、ああ……どうした?」


「あんまり顔色が良くないように見えたから……大丈夫?」


「……大丈夫。すまないな、心配させて」


「ううん、無理はしないでね」


「ああ」


 アレンが少し離れてから、良くない考えを振り払おうと、軽く頭を振る。


 俺、何考えてるんだ。


 勇者とか、そういうの関係ない。


 アイツは大切な親友で、仲間じゃないか。


 変なこと考えるな。


 そう自分に言い聞かせ、ジークは二人に駆け寄った。



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