M17. 平原の村・ペルティカ
「あ、ソーシさん!見えてきましたよ!」
そう言ってロディーナが指差す。平原の真ん中に屋根が赤い色で統一された画一的な建物群が並んでいる。画一的ながら、それが逆に個性となり周りの風景から村が浮き出て見えるほどの存在感を醸している。
村の周囲は丸太でグルリと覆われており強固な印象だが、門は設けられていない。いや、設けられていないというよりは設置をする途中といった雰囲気だ。そのせいで、平原のど真ん中にあるにも関わらず、門の守りが無いというのは少々心許なく思われた。
「おぉー!凄い!平原に赤色の建物って目立ちますね!凄い迫力です!」
「恐らく、交易で町や村を行き来する住民の為の目印としての意味もあるのでしょう。あの色であれば私たちのような旅人やルーディオにとってもわかりやすいですから。考えられた良いアイデアですね」
「なるほど!確かに!…それにしても、結構早く着きましたね?あそこから意外に近かったのかな」
「ふふ、そうかもしれませんね。村に着いたらまずは宿屋を探しましょうか」
実は途中休息を取ってからかなりの時間が経過していたのだが、ロディーナは黙っていた。
ボーダーチューナーの旅は孤独である。魔物の討伐を目的としたルーディオと音素の調律を目的としたボーダーチューナーが一緒に旅をすることはほとんど無い。ロディーナもその例に漏れず、一人で旅をすることが多かった。旅の道連れがいるという今の状況はロディーナにとっては何よりも新鮮で楽しくあったのだ。
「さて、着きましたけど…」
爽志は妙な違和感を覚えた。村としては人口も多く、立派に栄えているように見えるのだが、村人たちはどこか生気が無い。ロディーナもそのことに気付いたようだった。
「何だか…元気がありませんね?」
「やっぱり、ロディーナさんもそう思います?」
「はい、何となくですけど…」
二人は少し迷ったが、そろそろ夕方が近い。このままここで過ごしているわけにはいかないと、暗くなる前に村で宿屋を探すことにした。村人に話し掛けてみることにする。
「あそこにいる人に聞いてみましょう」
他の村人に比べると比較的元気に見える若い女性に声を掛けてみた。
「すみません。この村に宿屋はありますか?」
爽志の問い掛けに女性が反応する。少し警戒をされたように感じたが、ロディーナを連れているのを確認した女性は警戒を解き、宿屋の場所を教えてくれた。なんてことのないやり取りだったが、女性の目元にクマが出来ていたことに二人は気付いた。
「なんだか、疲れているような感じでしたね…」
「そうですね。この村の人たち皆そうなんでしょうか」
「私もここには来たことが無いので何とも言えません…。
とりあえず、宿屋に向かいましょうか」
「はい、わかりました」
村の入口から少し歩くと宿屋があった。村の宿屋ということだったが、思っていたよりも大きく、二人が宿泊するには十分だと思われた。二人は中へと入っていく。宿屋の中は必要最低限の家具を置いただけで殺風景と言って良い様子だ。カウンターには人がおらず、ベルが設置してあった。人がいない場合はこれを鳴らして呼べということだろう。
―――リーン―――
ベルの金属音が響く。しばらく待ってみるが、人が出てくる様子は無い。もう一度鳴らしてみる。
―――リーン―――
今度は奥の方でゴソゴソと音がする。どうやらベルの音に反応して何かが動いたらしい。そのまま少しすると、音の主が奥からゆっくりと伸びをしながら出てきた。
「あ~、すまないね。…ご用件は?」
「…え?はい、こちらに宿泊をしたいんですが」
「…宿泊?ここにかい?」
「は、はい…。勿論そうです」
見た感じは中年という頃合いで、少々くたびれた宿屋の主人らしき男はおかしなことを言ってくる。来客が宿屋のカウンターを訪ねてきたからにはほぼ間違いなく、宿泊したいという用件だろう。
「まさかこんな時に?…もしかして、噂を知らないのか?」
「噂…?何のことでしょう?」
噂とは何のことだろうか。少なくともロディーナは聞いたことが無かった。ここに来る道中では人に会うこともなかったし、勿論、爽志も同じだ。見当もつかない話に二人の頭にクエッションマークが浮かぶ。
「なんてタイミングの悪い…。…いや?むしろ良いのか…?」
宿屋の主人は独り言のように呟いている。ふと、何かに思い至ったようで嬉々とした表情で二人に話し掛けてきた。
「あんたたち!宿泊するのかい?!」
「は、はい。是非お願いしたいんですが、もしかしてお部屋が無いのですか?」
「いやいや!部屋はあるよ!すぐ用意するからちょっと待ってくれ!」
そう言うと、一度奥に引っ込んでから急いで部屋の鍵を持ってきた。
「部屋は一つで良いんだよな?」
その言葉に爽志とロディーナは慌てて
「別々でお願いします!」
と、声を揃えて答える。主人はその勢いに若干気圧されたが、わかったという雰囲気でもう一つ鍵を持ってきてくれた。
「そいじゃあ、案内するよ。こっちだ」
宿屋の主人に二階へと案内される。客室は思っていたよりも立派なもので、村の通りが見渡せる好立地だ。宿屋の主人は二人を案内すると
「では…ごゆっくり!」
と、言って慌てて宿屋を出て行ってしまった。二人はポカンとした顔でそれを見送り、不用心ですね、などと話してお互いの部屋へと入った。
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