M15. 旅立ち
夜が明けて次の日。爽志はジュゼィの家の2階に宿泊させて貰っていた。
―――チリン チリン―――
ジュゼィの家の呼び鈴が鳴る。爽志はその音で目を覚ました。どうやら来客らしい。
「ジュゼィさーん、ソーシさーん。いらっしゃいますかー?」
ロディーナの声だ。ハッキリとした時間はわからないが、太陽の位置から察するに午前中だと思われる。ジュゼィが応対したようで下の階からかすかに会話が聴こえてくる。爽志は呼ばれる前に起きることにした。サッと身支度を整えて、階段を降りていく。
「ジュゼィさん、ロディーナさん、おはようございます」
「あ、爽志さんおはようございます。あ、ごめんなさい!起こしちゃいました?」
「いえ!今起きたところです!ベストなタイミングでした!」
「そうですか?それなら良かったです」
「もう出発ですか?」
「いえ、一度村長さんのお宅に顔を出してからにしようと思っています」
「わかりました。…そうだ、もし時間があるならクレアさんのところに寄っていっても良いですか?コイツのこともあるし、出発前に挨拶しておきたいんです」
爽志はチャクラムを取り出した。クレアにレポートしてくれと頼まれたのだ。このまま黙って出て行くわけにはいかない。一言断ってから出発したかった。
「勿論良いですよ。村長さんにご挨拶したらクレアさんのところに行きましょう」
「ありがとうございます!
ジュゼィさん、色々とお世話になりました。また戻ってきた時にはご飯食べさせてください」
「ははは、その時はほどほどに頼むよ。…それじゃあ、気を付けて行ってくるんだよ」
「はい、行ってきます!」
爽志は深々と頭を下げた。見も知らぬ自分などに良くしてくれて感謝しかない。自分だったらここまで人に優しく出来るものであろうか。爽志は自分もこうありたいと思いながらジュゼィに手を振った。
ほどなくして村長宅へと到着する。扉をノックすると、すぐに反応があった。
「おぉ、よく来たね。…そろそろ出発するのかい?」
「はい。出発前にご挨拶をと伺いました」
「わざわざありがとう。厄介ごとを頼まれてくれて、君たちには感謝しかないよ」
「良いんです。私にはちょうど良かったですから…」
爽志に気を遣うようにロディーナは言った。爽志は慌てて口を挟んだ。
「俺のことは気にしなくっても良いですよ!この世界のことも知りたくなってきましたから!」
「…そうか。では、餞別というには粗末なものだが、良かったらこれを持って行ってくれ」
ローグはそういうとジャラジャラと音のする革袋を取り出した。それをロディーナに手渡す。受け取ったそれはズシリと重い。
「なんですか?これ」
「旅費だよ。私の依頼で旅をするんだ、それくらいのことはしてやりたいと思ってね」
「そ、そんな…。こんなのいただけませんよ」
「良いんだよ。昨日の調査のこともあるし、むしろこれでも少ないくらいだ。遠慮なく受け取ってくれ」
「村長さん…。ありがとうございます…!」
「おっと、そうだ!大事なものを忘れていたよ。」
ローグは手紙のようなものをロディーナに指し出す。紹介状と書いてある。
「これはなんでしょう?」
「ソルサウンディアへの紹介状だ。いざ報告をしに行ったら門前払いでした、なんてことがあったら困るだろう?以前、この村にソルサウンディアのサブコンダクターが立ち寄ったんだが、その時に親しくなってね。私からの紹介ということであれば、いくらか気を回してくれるのではないかと思う」
「お気遣いありがとうございます。有効に使わせていただきますね」
「うむ、頼んだ。そして、ソーシくん。君の状況が好転することを祈っているよ」
「村長さん、ありがとうございます。じゃあ、これで失礼します」
「では、行ってきます」
二人は村長宅を後にした。そして、そのままクレアの道具店へと向かう。爽志は道すがらこれからのことを考えていた。緊急とはいえ、女性と二人旅をすることになるのだ。これまでの人生でそういうシチュエーションに遭遇することがなかったため、どうすれば良いのかと今から悩んでいる。
(と、とにかく紳士的に行けば良いよな…?先にドアを開けてあげたり、水たまりにハンカチを被せてあげたり…後は…なんだ???)
「ソーシさん?」
「だぁあああ?!な、なんですか?」
「い、いえ、道具店に着いたのですが…」
紳士とは何かをグルグルと考えていたらいつの間にか着いていたらしい。爽志は慌てて頭を切り替える。
「あ、そ、そうでしたか!ク、クレアさんはいるかなぁ~???」
「声を掛けてみますね。
クレアさーん、いらっしゃいますかー?」
ロディーナはそう言いながら店内へと入っていく。店内は昨日と特に変わっていないようだ。クレアを探すが、奥のカウンターには見当たらない。もう一度声を掛けてみると、奥から声が返ってきた。
「はいはーい、今出るわ。…あら、あなたたち。ちょうど良かったわ」
クレアは意味深な含み笑いを浮かべている。いちいち絵になる仕草をしてくれるものだなぁと爽志は思った。
「な、なんですか?」
「ソーシくんにちょっとね。ほら、アレ出してくれる?」
「?ア、アレって…?」
「もー、鈍いわね。チャクラムよ、チャクラム」
「あ、あぁ、はい。…どうぞ」
爽志はチャクラムを差し出した。クレアはそれを受け取ると、奥のカウンターで作業を始めた。せかせかと手先を動かしながら爽志に話し掛ける。
「あなたたち、もう村を出るんでしょ?」
「あ、はい、そうなんです。だから、クレアさんに挨拶をしておきたくって」
「なるほど~。わざわざありがと」
「あの、レポートのことなんですけど…」
「あぁ、それならここに戻った時で構わないわよ」
「え?!でも、いつここに戻れるかはわからなくって…」
爽志にとっては自分が何故この世界に来たのかを知るための旅だ。自分が置かれている状況、元の世界に帰ることは出来るのか。クレアの厚意は有難いが、それがすぐに判明する保証はない。レポート依頼を引き受けたものの、いつ戻れるかわからない状況ではクレアに申し訳がないと考えていた。
「わかってるって~。別に急いじゃないからいつでも帰ってきなさい」
クレアはあっけらかんとしている。何を言われるかとヒヤヒヤしていた爽志は何だか肩透かしを食らった気分だ。
「でも、すぐ近くで面白いものが見れないのは残念かもね」
「面白いものって…」
「だって、呪いのネックレスと未知の機械が融合して新しいアイテムになるなんて話、聞いたことないわ。あーぁ、間近で見ていたかった…」
クレアはからかうような軽口を言った。しかし、それは爽志を後ろめたい思いにさせないためのクレアなりの気遣いであるように思えた。
「と、言うわけで、はい!」
作業を終えたクレアはチャクラムを爽志に渡した。すると、何やら紐が付いている。
「これ、紐…ですか?」
「そう。融合したらネックレスじゃなくなっちゃったから、ちゃんと首から下げられるようにね。いちいち仕舞ったりするの面倒でしょ?無くしちゃう可能性だってあるし、これから旅するならあった方が良いと思ってね」
「…ありがとうございます!これ良いです!」
「そりゃそうよ~。私、クレア・ランプロンの特製なんだから。それにどんなアイテムなのかわかないうちに落とされちゃかなわないからねぇ~?」
「はは、ですね。またここに戻って来る時には立ち寄らせて貰います!」
「…そうね。二人ともしっかり頼んだわよ。今回みたいなことが頻発すれば、こんな小さな村、ただじゃすまない…。原因を究明して、皆の不安を取り除いて欲しい」
そうだ。これは二人の問題だけではなく、この村全体の問題でもあるのだ。ギルドに人員を派遣して貰うためにも、今回のことはしっかりと報告せねばならない。クレアの真剣な眼差しに二人はより一層気を引き締めた。
「わかりました。この村のためにも頑張ります!
…そうだ、ポーションをいくつかいただいても良いですか?」
「勿論よ。まいど~!」
早速村長から貰った旅費でポーションを買い込んだ。そして、二人はクレアの店を後にする。いよいよプローロ村を出発する時が来たのだ。ここからは正真正銘の二人旅。どんな危険が待っているかもわからないが、爽志はまだ見ぬ世界へ胸を高鳴らせていた。
「それじゃあ、ソーシさん。行きましょうか!」
「はい!ロディーナさん、お世話になります!」
「ふふ、こちらこそ!」
二人はプローロ村に別れを告げ、響楽団(ギルド)がある町、アルファベースへと出発した。
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