♯84 アドバイザー

 さらに翌朝。でち子と一緒に朝食を準備していると、レンが2階から下りてきた。


 「……二人とも、おはよう」


 あくびをかみ殺してから、以前と変わらない挨拶をしてくるレン。


「え、ええ、だいじょ……」

「今日は朝から天気もいいね。

 昨日の雨は酷かったから、もしかしたら雨漏り修理の依頼が多いかもしれない。忙しくなるかも」


 ――意外に、一晩で元に戻った。心配のし過ぎだったか。


 くいくい。足元からでち子がエプロンを引っ張ってくる。何か言いたそうなので、しゃがんで耳を傾けてやる。

 そうしたらでち子は小声で耳打ちしてきた。


「ちょっとレン、変じゃないでちか?」

「そう? 初めて会った時からレンはあんな……」


 そこまで言って気づいた。

 そうだ。最近では俺やでち子を始め、色んな人と打ち解けるようになっている。

 だけど今のレンは、意欲的に働こうとする以外、出会った頃のあいつと似ている。

 穏やかに優しく話すけど、どこか、こう、ちょっと距離を置いているっていうか。打ち解けて話しているようで、実際には打ち解けていないっていうか。


 本当に、俺に出来る事はないのか。

 …………。


(どうして、あなたって自分独りで解決しようとするのかしら?)


 俺の頭の中に、昔のパティの声が響く。


 ――どうしてって、どうしようもないだろう。俺には……。


(頼る人なんて沢山いるじゃない。

 ここは、あなたの前世じゃ無いのよ。パティの世界。今のあなたがいる世界。それを忘れないでよ)


 (昔の)パティがそう言った。

 そうだな、環境もずっと良くなったことを忘れていた。今の俺には心強い味方がたくさんいる。

 じゃあ、どうするか……。



「ちょっと、でち子!」

「何でちか?」


 でち子を呼ぶと、すぐにやって来た。


「私、今日はちょっとやることあるし。

 それに今のレンは、どこか放ってはおけないから、今日一日は仕事を教えてもらう、って名目で着いててもらえない?」

「『せんぷくちょーさ』ってヤツでちね!」

「違うから。難しい言葉を無理に使おうとしなくていいから」


 なんとも、おませさんな年頃だ。


 レンの方もなんとか説得して、二人は今日の仕事に向かっていった。




「さて」


 二人を見送ってからインクスを取り出し、呼び出したのは母さん。


『フランちゃんはどう? 風邪なんかひいてないかしら?』


 でち子が無事だったことは、帰ってすぐに連絡した。だから母さんは普通に話を投げかけてきた。


「うん、元気元気。やる気も一杯で、今日はレンについて行った」

『そう、良かったわ……』


 母さんは、心からほっとしたようだ。


『で、今日は何の用かしら? 昨日フランちゃんの無事を伝えたんだから、他の話があるのよね』


 流石、母さん。話が早くて助かる。

 なので俺は、〈竜の巣〉であった事、レンが告白した事を隠さず話した。


「母さん、あのね。母さんだから信頼して話すんだけど……」




『そう。レンちゃんも大変だったのね』


 母さんはしっかりと聞いてくれた。


『それで相談・・ということは、あなたはレンちゃんに何かをしてあげたいのね。どうしたいの?』

「それが分からなくて、聞こうと思ったの。

 レンは『自分は、あの時どうすればよかったのか』と聞いてきた。

 でも私は『過去を振り返っても仕方ない。前向きに頑張ろう』というような事しか言えなくて……」


 思えば、あの返しはマズかったな、と思う。けど何がマズかったのかが分からない。むしろ俺の方が『どうすればよかったのか』を教えてほしいぐらいだ。


『ふむ。私が思うのは……』


 そんなマヌケの話を、母さんは真剣に考えてくれた。やっぱり頼れる母さんだ、ありがたい。


ねぎらいの言葉をかけてあげるべきだったんじゃあ、ないかしら。『大変だったね』『辛かったのね』って。あなたの話に出てこなかったから、そう思ったんだけれど。実はちゃんと言ってたの?』


 思い返す。……言って、なかった気がする。


『あなたも話の重さに釣られて、動転していたのね』


 母さんのフォローは嬉しい。

 だけど冷静になった今の自分なら、言うべきだったと分かるだけに辛い。


『でも、それだけが理由じゃないでしょう。『辛かったね』という一言だけで解決するようなものなら、レンちゃんだって過去をここまで引きずらないと思うの』


 ああ、俺もそう思う。


『多分、だけれどね』


 母さんは俺のために本当によく考えてくれている。そしてレンのためにも。

 きっと、でち子が悩んだ時にも助けになってくれるだろう。

 転生して、この人の娘になれて、本当に良かったと思う。


『レンちゃんはきっと、あなたに何か言ってもらいたかったんじゃあないかしら?』

「何を?」

『何かを。母さんには分からないわよ。普段のあなた達を知らないんだもの』


 ……まあ、レンと日常を送っていない母さんに分かって、俺に分からないんじゃあ、俺が鈍感ってことになる。

 ラブコメ作品の鈍感主人公みたいには、なりたくないな。そう思って自分なりに考える。


「レンは私に何かを言ってもらいたかった……か。

 私に何かを期待していた、ってこと?」

『そうかも知れないわね』

「レンを期待させるようなことを、したかなあ?」


 今までを思い出しても、思い当たらない。


『ひょっとしたらレンちゃん……いえ、クリヴィアさんについての情報を探る必要があるかも知れないわね』

「いや、レンは過去をフィル様に奪い取られたのよ。誰も覚えてないに決まってるじゃない」


 母さんがウィンクしてきた。……何か考えが有るというのが分かる。


「つまり、どういうこと?」

『頭を働かせなさい、パティ。神様が〈クリヴィア〉の名前を取り上げ、代わりにその立場でいたと言うんなら……』

「そうか、〈クライブ〉さんの過去を探ればいいのね!」

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