第3話 道化師、交流する
身ぐるみを剥がされて拉致されたと思ってたけど……とんでもない。
これは多分、異世界転生と呼ばれる事象だ。
つまりあの時、ボクは急性の心臓発作か何かで死んだんだ。
そしてなぜか、この世界に来た。
でもさっき馬車の鏡で見た時、姿はそのままだった。玉乗りをした感じも、まったく違和感はない。
地球で死んだボクは、姿形をそのまま、異世界に転生したと……。
まったく意味がわからない。
わからないけど、事実は事実だ。夢……ではなさそうだし。
現実と推測を擦り合わせ、整理する。
と、騎士の1人が励ますように肩を叩いた。
「あー……あんちゃん、あんま気を落とすことはない。旅人が賊に狙われるのはよくあることだ。身ぐるみは剥がされたが、命があるだけいいだろ?」
「……うん。はい」
カップに入ったリンゴジュースモドキを飲み、気持ちを落ち着かせた。
暫定的に転生とし、死んで別世界のここに来た。
ならこっちで死んだら、地球に帰れるのだろうか。
……なぜかはわからないけど、次死んだらこんなことは起こらない気がする。
予想ではなく、予感。死んだら、次はないだろう。
そっとため息をつき、空を見上げる。
転生したものは仕方ない。ここで生きていくしかない。
幸いにも、ボクの培ってきた技術はこっちの人も喜ばせることができる。この人たちの言うとおり、旅の道化師として生きるのも手か。
満天の星空を見上げていると、騎士のおじさんたちが立ち上がり、跪いた。
どうやら、あの女の子が戻ってきたみたいだ。
「あ! こちらにいらしたのですねっ」
「うん。みんな、話す。楽しい」
「それはよかったですっ。さあ皆さん、今日はもうお夕飯にしましょう」
「「「ハッ!」」」
おじさんたちとメイドさんが、焚き火の周りで夕飯の準備を始める。
ボクも手伝いくらいしようかな。助けてくれたんだ。料理くらいするさ。
置いてあった包丁を手に取り、名前も知らない魚を捌いていく。
形が同じだから、同じように捌いていいか迷ったけど……よかった。普通に捌いていいみたい。
俺の手さばきに感心したのか、女の子やメイドさんは目を見開いて手を叩いた。
「まあっ。道化師様、凄いですっ。うちのシェフよりもお上手……!」
「簡単。慣れ」
「旅人さんはなんでも自分でできるとお聞きしていましたが、本当なのですね」
旅人じゃなくても、地球ならある程度料理をするなら、魚を捌くくらいはできる。
女の子の言葉どおりなら、多分この子は包丁すら握ったことないだろうけど。シェフやメイドがいるようなお家柄の出身みたいだし。
馬車には食材だけじゃなくて、調味料も揃ってるみたいだ。
ほとんどわからなかったけど、塩があるのはありがたい。魚の臭み取りにもなるし、味付けにも使えるから。
それに多分これが小麦粉で、こっちがバター。油もあるみたいだ。
これだけの荷物を持って、この人たちはどこに向かうつもりなんだろう。
鉄板で油とバターを熱し、小麦粉をまぶした魚を乗せる。
皮目の焼けるいい音だ。芳ばしい香りも漂い、騎士のおじさんが腹を鳴らした。
「美味そうすぎる……」
「めつちゃいい匂い……!」
「あんちゃん、これなんて料理だ?」
「ムニエル。魚料理。おいしい」
どうやら、こういった料理はないらしい。地球で学んだ料理を振る舞うのも、珍しくて面白いかも。
人数分の料理を作ると、メイドさんが作っていたスープもちょうどできあがったみたいだ。
騎士たちは外で見張りをしながら食べ、俺は女の子に連れられて馬車で食べることに。
なんか、みんなが仕事してる中、こうして室内で食べるなんて、申し訳ないな……。
「これが、道化師様の作ったムニエール……黄金色で、なんと美しい」
そんなに喜ばれると、ちょっと照れる。
窓から見る限り、騎士のみんなもおいしそうに食べてくれてるし。
「お嬢様、念のため鑑定魔法を」
「そうですね。お願いします」
……鑑定? 魔法?
メイドさんがムニエルに手をかざす。
次の瞬間──メイドさんの手が淡く光り、ムニエルも光が包み込んだ。
「なっ……!? こ、これ、光、何……?」という俺の疑問に、メイドさんが答える。
「魔法ですよ。見るのは初めてですか?」
「ま……まほ、う……?」
「……まさか、魔法も知らないので?」
怪しむような目を向けられ、慌てて首を横に振った。
魔法は知ってる。知ってはいるけど……え、魔法って、あの魔法? アニメとか映画でよく見る、あれのこと?
ま、まあ、ドラゴンとかがいるなら、魔法もあるとは思うけど……ほ、本当に?
呆然としている間に、メイドさんの手の光が淡雪のように消えた。
「毒物は混じっておりません」
「ありがとう」
女の子はナイフで魚を切ると、物珍しそうに口に運んだ。
「! ほわあぁ〜……! とっても美味しいです……! お2人も、早く食べてみてください……!」
「では」
「はい」
2人のメイドさんもムニエルを口に運ぶと、目を見開いてボクを見た。どうやら気に入ってくれたみたい。
女の子は興奮したように一気に食べ切ると、目を輝かせてボクの手を握った。
「と、とっても美味しかったです! ありがとうございます!」
「よかった。お気に入り?」
「はい! お気に入りになりました!」
女の子はボクの手を握ったまま、何かに気付いたのかハッとした顔になった。
「わ、私としたことが……いろいろなことに興奮してしまい、自己紹介がまだでしたわ……!」
あ、そういえば……ボクもようやく話せるようになったのに、自己紹介を忘れてた。
女の子は自身の胸に手を当てると、ゆっくりとお辞儀をした。
「私はリリナ・フォン・アーデラル。リリナとお呼びください」
「り、り、な?」
「はい。リリナです」
リリナ・フォン・アーデラル、か。お嬢様って呼ばれてるし、アーデラルっていう家は相当に大きいのかも。
覚えておこう。
「それで道化師様。あなた様のお名前は?」
「……ボク、倉雲道也。ミチヤ・クラクモ。ミチヤ、呼んで」
「ミチヤ様……はい、わかりました!」
ようやくお互いに自己紹介ができた。
リリナは満面の笑みでミチヤ様、ミチヤ様と連呼している。
ボクなんてそんな大した人間じゃないから、様なんて付けなくてもいいのに……まあいいや。
さて、こっちに来てから何も食べてないから、お腹ぺこぺこだ。ボクもいただいて……。
ムニエルに手をつけようとした直後、外が一斉にザワついた。
「ガルルルルルルルッ──!」
「¥、¥+7$だ! ユニウルフが出たぞ!」
「戦闘準備ー!」
──え、何?
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